第13話 日常の象徴
翌日、連合軍はローラの街から引き揚げた。
帰り際、街の外には見送りに来た住民達が軍の姿が見えなくなるまで感謝の声援を送り続けていた。
それをフィーダ達エルフは誇らしげに感じていた。フィーダは森の外に出るのは二度目だったので、さほど真新しさは感じなかったが他の二人、特に一番若いラフィムは強い刺激を受けて、しきりに帰ったら村のみんなに今回の出来事を話したいと捲し立てている。若者にとって新しい事を知るのは大きな喜びだ。
「街って良い所だよ。また行けたらいいなー。今度はさ、ユーリマも連れて行ってあげたいよ」
「それはもう少し人間や街に詳しくなってからだぞラフィム」
「フィーダだってナディさんを街に連れて行ってあげたいって思わないの?」
若い二人はお互いの嫁の話題で盛り上がっている。どちらも街の活気や森では手に入らない物を伴侶に見せてやりたいと思っているが、同時に人間や森の外がいかに恐ろしい物で溢れているのかも今回の従軍で知った。
ラフィムもギルス人兵士がローラの街でどのような事をしてきたのか、そのギルス兵士を大勢殺したのに加担したのも理解して受け止めている。その時以来、何度もギルス兵士の死体が出てくる夢でうなされているが、それでもこれから森を出て人や亜人と積極的に関わっていく事が必要と思っている。
そこはフィーダも同意見だが、意見が割れるのは本人の気質と若さの問題か。人間換算で言えばフィーダの方が七、八歳は年上なのだから、より危険に対して敏感に、より慎重になるのは仕方が無い。
そしてエルフとは別に、ニコラは今更ながら村に置いて来たセレンに再会した時にどう声を掛けていいのか考えていた。
戦場に行かせたくなかったとはいえ、挨拶もせずに置いて来てしまった事を、それなりに気にしている。女の機嫌を取るには贈り物が相場と決まっているので、レンヌの街で何か買って帰えるべきか考えていた。
各々は未だ戦場の殺戮に対する葛藤を完全には消化し切れていなかったが、既にその心は日常へと切り替わっていた。
□□□□□□□□□
連合軍は何事も無くレンヌの街に戻り、そこで軍は解散となった。軍そのものの被害は極めて軽微だった事を喜び、実質的な司令官のピエールの最後の演説で、また轡を並べて戦えることを心待ちにしていると締めくくり、彼等はそれぞれ自分達の領地へと引き上げて行った。
ニコラやエルフ達も街で軽く土産を買ってから森に帰るつもりだったが、その前にピエールが気を回して、全員に色々な土産を持たせてくれた。砂糖を使った菓子や酒、子供向けの玩具に女性用の香水や化粧道具など、自腹で結構な数のお土産を用意してくれた。彼なりの感謝の気持ちという事だろう。こうした細かく気の利く人柄が多くの女性に好まれるのかもしれない。
一行はギルスから奪った馬車に沢山の土産を載せて故郷へ堂々と凱旋した。
それとジゼルはレンヌの街に残った。布教活動はまだ途中だが、ニコラはセレンを迎えに行ったら、すぐに帝都に戻るつもりだったので、再会を邪魔したくないと言って、ポルナレフの邸宅で行軍の疲れを癒やしていた。
森の前は平穏を保っている。兵士達におすそ分けとして土産の一部を渡し、留守中に何があったのか尋ねると、兵士達はニヤニヤしながらニコラ達を見ている。そして兵士の一人が我慢出来ないと言って、笑っている理由を教えてくれた。
「皆さんの奥さんや子供達が毎日ってぐらい崖で遠くを眺めているんですよ。中には崖から降りて来て、俺達に誰か来なかったかわざわざ聞いたり。いやー愛されてますね。特にセレンちゃんが一番長くここらをウロウロしてましたよ。というかさっきまでここに居ました」
「だそうだ。良かったなニコラ。セレンは怒ってないみたいだぞ」
フィーダのからかい交じりの言葉に、ニコラは横を向いて鼻を鳴らした。決して恥ずかしかったわけではない。が、少し安心したような顔だったのは全員にバレバレだった。
教えてくれた兵士達に一応の礼を言ってから、ニコラ達はラフィムがお願いした風の精霊によって崖上まで運んでもらう。
森を抜けて村が見えてくると、こちらに気付いた村人達が大騒ぎで駆け寄ってきた。そして誰もが『怪我は無かったか。無事に帰ってきて良かった』と男達の帰還を喜んだ。
フィーダとラフィムには伴侶が駆け寄り抱き着く。サルマンにも彼の子供達が抱き着いて久しぶりの父親に甘え、奥さんも今日は御馳走にすると言って張り切っている。
ニコラにもソランやカリダのような懐いている子供が駆け寄る。それにセレンやソランの父であるシャイドも無事の帰還を祝ってくれた。しかし、肝心のセレンの姿が見えないのはどういうことだろうか。
「姉ちゃんならさっきまでそこにいたよ。兄ちゃんのかえりをずっとまってたんだけど、なんでいないのかな。おしっこでもしてるのかなー?」
「なにいってんのよ。セレンさんはお兄ちゃんにあうのがはずかしいの。女の子はふくざつなのよ」
カリダはソランに女心が分かってないと駄目出しする。まだ人間年齢五歳ぐらいの子供にそんな事を言っても分かるわけがない。彼女は単にお姉さんぶりたいだけだろう。
セレンもニコラと同様に挨拶をせずに会えなくなった事を悔やみつつも、いざ会えるとなると、どう顔を合わせていいか分からないという事だ。
仕方が無いのでニコラがセレン名を呼ぶと、村人達もセレンがそばに居ないか探してくれた。
ほどなく人垣を割って母親のレイラがセレンを連れて来てくれた。
「ごめんなさいね、この子ったらニコラさんにどういう顔をして会えばいいのか分からないって駄々をこねちゃって」
ずずっとニコラの前にセレンを差し出すも、彼女は未だ己の伴侶の顔を直視せず、顔を背けたままだ。
ニコラは背けた顔の方向に移動すると、セレンはさらに反対方向に顔を向ける。そこでニコラもまた移動して首が曲がらない角度まで移動するも、今度はセレンは身体ごと向きを変えてしまって、意地でもニコラの顔を見ないつもりだった。
村人達は二人のやり取りが余程面白かったので誰もが笑い合う。
そしていつまでこうしていても埒があかないと思ったニコラは両手でセレンの顔を挟んで強引に顔を合わせた。
お互い十日以上見ていなかった伴侶の目をじっと見続け、先にニコラが口を開いた。
「ただいま。挨拶もせずに出て行って悪かった」
「―――――おかえり。あたしこそゴメンね。ニコラが居ないと寂しかった」
「俺もお前の顔を見て安心した」
たったそれだけの短い会話だったが、確かな絆を育んだ二人にはそれで十分だった。
ニコラにとっての戦争という名の非日常が終わり、ようやく日常に戻った瞬間だった。
□□□□□□□□□
帰還した翌日、二人は村を離れてレンヌの街に戻る事にした。本当はもう少し村に居たかったが、出来るだけ早く帝都に帰還する事を考えると急がねばならない。
セレンの家族をはじめ、村人達は別れを惜しんだが、今生の別れというわけでは無いし、今後も特産品をどんどん作るので定期的に取りに来るよう約束して二人を送り出した。
今は試験的に作った琥珀や水晶の装飾品の一部や、森で採れた何種類もの香料と香草を土産に貰った。これはまだ商人には卸さない。ニコラにはより効果的に世に売り込む算段が頭の中にあった。
御者を務めるニコラは寝不足で目も充血している。今も欠伸をかみ殺して居眠り運転しないように気を付けている。
昨日の宴会で散々に村人に飲まされたが、その程度で酔うほどロシア系のニコラが柔な鍛え方をしていない。寧ろ強い蒸留酒に慣れていないエルフの悉くを酔い潰したぐらいだ。今頃エルフの男達は二日酔いで死ぬほど後悔しているに違いない。
寝不足の理由は別にある。馬車の後ろで眠っているセレンだった。彼女は寝不足と疲労でひたすら眠り続けていた。何故眠いかなど分かり切っている。戦場から帰って来た若い男を迎える女のする事は一つだけ。おかげで夜明け前まで嬌声が止むことは無かった。
ちらりと後ろを向いて、セレンの寝顔を確認する。極めて整った顔立ちでありながら子供のように涎を垂らして無防備に眠る姿が愛おしい。出来れば戦場になど行かず、ずっとそばで眺めていたいと思うが、おそらくそんな願いは聞き届けてもらえないだろう。
攻め入ったギルスに対してボルドは報復を試みるだろうし、ギルスが何を思って時間稼ぎをしたのかも未だ分からない。分からないが、戦乱の兆しと見て間違いはない。そこに騎士である自分もまた無関係ではいられない。
(いっそ、騎士を辞めてデウスマキナを国に売り払った金で土地を買って、セレンと畑でも耕せれば)
そんな別の生き方を夢想するも、今更全てに背いて無関係を決め込むには遅い。何よりセレンの故郷を放って全てを忘れるなど出来るはずが無かった。
背負う物が増えるのも良い事ばかりではない。だが、身一つよりは生き甲斐があって良い。ニコラは自分をそう納得させた。
二日後、レンヌの街でニコラの予感は的中した。
ボルドは新たな戦乱へと身を投じた。




