第12話 捕虜の尋問
ローラの街を奪還して三日が経った。その間は全員が何かしらの仕事があった。
ギルス兵に処刑されて晒された住民の葬儀、そのギルス兵も死体となった今では埋葬対象だ。住民達は複雑な想いを抱くが、百人分もの死体を何もせずに放って置くと疫病の元にもなるので渋々ながら無縁仏として弔った。それにギルス人はボルドの国教のジュノー教を異端と嫌っている。その嫌いな形式で葬式を挙げられるなど最高の嫌がらせに違いないと、住民は互いに笑った。そうでも思わないと散々に好き勝手した憎悪の対象と折り合いを付けられなかった。葬儀にはジゼルも進行役として参加した。
当然生きている兵士は住民達の憎悪に晒され続けた。捕虜として閉じ込めてある家に罵声を浴びせ、石を投げるのは当たり前。中には油を用意して家ごと焼き殺そうとする者も居たため、急遽動かせない重傷者以外の百五十名を超える兵士はポルナレフ領へと移送した。輸送には彼等が使っていたデウスマキナの運搬車が使われた。
それと破壊し尽くした工廠やその近辺の家々は早々に瓦礫を撤去して、元居た住民のために簡単ながら屋根付きの仮住まいを用意した。掘り起こしたデウスマキナは街の外に警備付きで移動してある。一騎を除いてどれも修理は必要だったが再利用出来る程度の損傷だったので、後日大型工廠のあるレンヌの街か、帝都の国営工廠に移送する予定だった。ちなみに修理の必要のない一騎はニコラがニトログリセリンを使って破壊した騎体だ。流石に上下半身に別れたような騎体は修理するより部品取りに回した方が早いと、同行していた技師に判断された。
残った騎体は全て今回の奪還戦に参加した貴族の取り分として配分される。援軍を二騎出したポルナレフが二騎、一騎自前で持ち込んだ領主が一騎貰い、連合軍に兵糧や金を出した二つの男爵家に一騎ずつ配分した。この男爵家はデウスマキナを持っていなかったので、ようやくデウスマキナを手に入れられて感無量といった様子。この大陸においてデウスマキナを有する事は土地や財力以上に貴族のステータスだった。
残る二騎は一応一騎撃破して戦果を挙げたオーベル家の取り分と、本来参加義務の無いニコラとエルフ達への謝礼として配分された。と言ってもニコラ達の場合、エルフが貰っても使い道が無いのと、ニコラが近衛騎士の身分なので最終的に帝国に寄進する形になるだろう。まあ帝国とて鬼ではないので、デウスマキナ一騎分に値する対価とは言わないが、それなりに見返りは用意してくれると大方は予想していた。
ちなみにニコラに割り当てられた騎体はクラウディウス家の『ニクス』である。高位騎体ゆえに乗り手を選ぶ騎体はニコラ以外に適合者が居なかったのだ。同じ家に伝わるヘリウスに適合するニコラなら、もしかしたら適合すると試しに乗ってみると無事に適合した。余程ニコラはクラウディウスと相性が良いらしいと他の貴族が呆れとも感心ともつかない笑いを零していた。
そして一番の問題は何故宣戦布告も無しにギルス共和国がボルドに攻め入ったか。それを捕虜にした指揮官や騎士から聞き出す事だったが、生憎と成果は上がっていなかった。生き残っていた指揮官や騎士は貴族、何かしら知っていると思ったが、誰もが共和国元老院評議会からの命令としか聞いていないと口を揃えていた。おまけに明言はしなかったが異議を唱えた場合、国への背信行為として討伐対象にすると脅しをかけられたらしい。
つまりどのような意図があって侵攻したのかすら分からない。こうなると援軍や失敗した場合の後続部隊があるかどうかさえ定かでなく、警戒を解くくわけにはいかなかった。
ただし、騎士の一人が総指揮官のペレス=クラウディウスなら何か知っているかも知れないと洩らしていたので、彼が意識を取り戻すのを待たねばならなかった。幸い彼は腕は失ったが自分で失血を抑えていたので生きている。意識が無いのが心配だったが、三日目の夜に彼は目覚めた。
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ペレスが目を覚ますと、見知らぬ天井が薄暗い視界に入る。反射的に身体を起こそうとするも、激痛と気怠さであっさり起きるのを止めた。痛みによるうめき声を出さないのは単なる痩せ我慢だ。
痛みに耐えながらせめて首だけでもと動かす。周囲を見渡せば、何人もの包帯を巻かれた怪我人が寝台に寝かされている。中には見た事のある顔も居る。この時点でペレスは自分がどのような立場なのかを理解した。
諦観の中、忙しく動き回り、怪我人の介抱をする尼僧が見えたので、どうにか声を出して近くに呼んだ。
「傷が開くのでまだ動かないでください。何か欲しい物はありますか?」
「水を…喉が焼けるように痛む」
腕が動かないので、黒髪の若い尼僧に手ずから水を飲ませてもらった。そもそも片腕が無かった事を今更ながら思い出して、一気に喪失感に苛まれた。永遠に失われた左腕が痛みを訴え、その痛みが己を攻め立てているように感じられた。
その痛みを振り払うように何か他の事を考えようと周りを見渡す。と言っても見えるのは自分と同じ怪我人と若い尼僧ぐらいだ。
「――――思い出した。君は確かボルド皇帝の姪だったか」
「今はただの看護の尼僧です。今、人を呼んできますので、もう少し休んでいてください」
彼女は外にいる男と短く言葉を交わしてから看護に戻る。ペレスの包帯を外し、蒸留酒を染みこませた布で身体を拭き、包帯を取り換える。ペレスはその一連の作業をずっと側で見ていた。
そして包帯の交換が終わったのを見計らい、意を決して彼女に訊ねる。
「君は私が、いや、私達ギルス人が憎くないのかね。何を考え、我々の命を救う?それも皇族がだ」
「私はジュノー様より授かった教義のままに行動しているだけですわ。ジュノー様は全ての生きとし生けるモノの生命を祝福する。それが他国人であれ殺人者であれ、生きているのであれば救うのが尼僧である私の務めです」
「では皇族としては?」
「………無辜の民を徒に傷付けるのは不愉快です」
ペレスは半分は同調した。自身も自国の民を無残に殺されれば彼女と同じように相手を憎む。
そしてもう半分は否定した。自分が殺したのは下劣な亜人と反抗的な人間。どちらも上位者としての振る舞いとして必要な行為だ。それを咎めるのは女子供の道理であって、騎士として領主として何ら恥ずべき事ではない。
この問答は永遠に平行線なのは分かり切っている。だからペレスもこれ以上は何も言わない。
「――――ですが、今の私は皇族ではなくただの尼僧のジゼルです。教義に従い救うだけですわ。それが、それこそが私にとっても救いですから」
「…そうか、手間を掛ける。それと、ただのジゼル嬢に感謝を」
それっきり二人は言葉を交わす事はなく、ペレスは再び床に就き、ジゼルは別の患者の看護をはじめた。
救護所の平穏が破られたのはそれから数分後だった。入って来た男は二人。一人目は中年、もう一人は若い大男。ピエール=ポルナレフとニコラだった。
ニコラは入口のそばの壁に張り付き、ピエールはペレスの寝台の傍にあった椅子に腰かけた。ペレスは目を開けて首だけ彼の方に動かした。
「ペレス=クラウディウス伯爵、お加減は如何か?」
「悪くないですな。ジゼル嬢の献身が身に染みる」
本当は話すだけで痛みが酷いが、それを素直に言うほどペレスは素直でもないし、可愛げがあるわけでもない。男として精一杯の虚勢だった。
「そうか、それは良かった。だが、今から不躾な質問で気分を害されるのを許してほしい」
「尋問かね。さしずめ壁に居る男は拷問役かな?」
「俺は専門家じゃないんで、そんな高度な知識と技術は持ち合わせていませんよ。拷問は医者並みに人体に精通していないと、間違って殺してしまうか、精神を壊してしまう。素人の拷問を受けたいですか?」
「素人だろうが玄人だろうが拷問は御免被る。いっそ素直に処刑してくれた方がマシだよ」
皮肉を皮肉で返されたペレスは肩をすくめた。ニコラも皮肉自体は何とも思っていなかったので、それっきり二人は言葉を交わさない。代わりにニコラはギルスの負傷者を看護してくれるジゼルを労い礼を言う。彼女はこれが自分の責務だと謙遜したが、ニコラに気遣われた事は満更でもなかった。
「では素直に話してくれると私達も非常に助かる。何せ街中に貴方達を殺せと叫ぶ民が溢れていてね。せめて情報を聞き出してからと時間を稼いでいるが、あまり長くは持たない」
「ならばなおの事話せない。うっかり話してしまえば、それこそ用済みになって殺される」
「だからオーベル家の者は同席させなかった。この場に彼等が居たら、話した後に貴方を殺していただろう。仮にもギルス貴族を私怨や私の一存で殺す事は無い。ここにいる騎士や指揮官を含めて帝都に送り、陛下のご裁定を乞う。それがボルド帝国の法だ」
ペレスは鼻を鳴らした。それは明確な拒否の感情を示していた。自分は誇り高いギルス人の伯爵だ。祖国の法や元老院評議会の決定なら粛々として従うが、皇帝とはいえ他国の君主に裁かれる謂われは無い。拷問なら好きにやれ、怒れる暴徒に投げ込みたければ好きにすればいい。諦観ではなく誇りを胸に、ピエールを拒絶した。
しかしピエールはそれを意に介さず、ごくごく簡単な返事で構わないと否定した。
「共和国から助けが来ると思うかね?」
「―――さて、それは評議会が決める事だ」
「つまり伯爵には知らされていないと?そもそも貴方の要求は貴方個人の家の利益であって共和国全体の利益にならない。にも拘らず他の騎士は貴方に従い我が国に攻め入った。どうにもちぐはぐな動きだ」
ピエールの疑問はボルドの人間なら誰もが感じていた物だ。普通ならデウスマキナ八騎あれば、この地の倍は攻め落とせる戦力になる。そんな大戦力が要求するのが一貴族の身柄と金など、道理が通らないし誰も納得しない。だからこそピエールには見えてくるものがあった。
「貴方は最初から交渉する気が無かった。我々ボルドと交渉するふりだけしていればよかった。狙いは時間稼ぎですか?何の時間を稼ぎたかったのか分からないが、この地、いやどこでもいいからボルドの目を引き付けておきたかった」
ペレスは沈黙した。時として沈黙こそが雄弁に物を語る時がある。
「八騎もデウスマキナがあれば交渉などせずに、さっさと次の街を攻め落として、より大きな領地を奪ってしまえばいい。それをしなかったのは、より深くボルドに入り込んで孤立したくなかったから。尤も最初から援軍の当てがあればその限りではないが」
そもそもピエールは敵地に侵攻するデウスマキナ八騎に従う兵士が三百は少なすぎると思っていた。
確かにデウスマキナは並ぶもののない最強無比の戦闘兵器だが、それだけで他国の土地を奪い取る事は出来ない。土地の占領とは家屋一つ、農場一つに至るまでくまなく支配下に置いて初めて完遂される。それには莫大な人員が必要になるが、三百程度ではこの街一つ支配下に置くのが精々だ。
後続の兵が大挙して押し寄せればそれも可能だが、それなら交渉などせず、さっさと次の街や村を攻めて先に要所を抑えた方が効率が良いのではないか。それをしなかったのも援軍が期待出来ず、ただただ時間を稼ぐつもりだったのであれば色々と納得する。例え交渉が振るわなくとも、時間を浪費させ続けた後、穏便に撤収すれば元老院評議会の命令は遂行した事になる。
以上を熟考したピエールはおそらく、援軍は無く、ただの囮役としてペレス達ギルス軍が侵攻したと結論付けた。
それを反論せずに無言で聞き続けたペレスがようやく口を開いた。
「私が息子や甥の奪還の為に、言葉巧みに議会を丸め込んで騎士を良い様に使っているとは思わないのかね?」
「武の名門であるクラウディウスは戦場で謀を嗜むが、街中の、それも味方に対して行わない。国は違えど何十年と隣人として付き合いのあるポルナレフならそれが分かる」
ボルド帝国建国以前よりポルナレフとクラウディウスは様々な理由で対峙し、時に争い死者を出す事も珍しくなかった。それを隣人付き合いの一言で済ますピエールも十分に武門だ。だからこそペレスの腹の内をそれなりに読める。
ペレスには敵同士でありながら、自国の貴族より腹の内が分かり合っているのが、どうにも理不尽と思えてならなかった。そしてここまで腹を見透かされては否定した所で無意味と悟り、全ては話さなかったものの、自分達があくまで囮としてボルドに攻め入った事は告げた。
「交渉でそれなりに時間を引き延ばし、息子達が帰ってくれば最良だった。よしんば交渉が決裂して我々の倍の兵力で奪還しに来るなら大人しく退去していたよ」
尤もたった数日で、それも半数のデウスマキナで一方的に負けるとは露ほどに思っていなかったと、力無く呆れたように呟く。その時、ペレスはニコラと目が合った。
生身でデウスマキナを破壊する常識外の怪物。ペレスも情報収集は怠らなかったが、騎士になったニコラが地方領主と共に参戦するとは思っていなかった。精々、増援の一人として参加するぐらいしか予想しておらず、それが敗因になるとは。パトロクスもアキウスも、そして忠臣のペイドロスも別の騎士に倒された。つくづく、クラウディウス家を祟ってくれる。
それはさておき、ここにはギルスの増援が来ないとなれば、長居をする必要はなくなった。これならばデウスマキナを張り付けておく必要はない。オーベル家のデウスマキナ二騎で防衛は十分だ。
後はペレスを含む重傷者をどうするかだ。下手に動かすと傷が悪化しかねないが、このまま置いておくと怒り狂った住民達に血祭りに挙げられる。それに、ここよりは大きいレンヌの街で本格的な治療を受けさせた方が治りが早い。
治療に当たってもらっている従軍した医師やジゼルに意見を求めると、全員峠は超えており、数日程度なら馬車の移送にも何とか耐えられると、渋々ながら認めてくれた。彼等もこの環境での治療には限界を感じていたのだ。
最低限知りたい事は聞き出したピエールは明日負傷者の移送の段取りをする為に救護所を出て行った。ニコラも介抱の邪魔をしないように、ジゼルを激励してから辞した。




