第11話 血の応酬
フィーダによって放たれた矢は一直線に突き進み、仰向けに寝かせてあるデウスマキナの胸部へと到達した。鏃を外して先端にガラス瓶を括りつけた矢は重く、腹を狙った本人の想定からは幾分外れたがニコラからすれば誤差でしかない。強固なアダマンチウムの装甲にぶつかって砕けたガラス瓶の中のニトログリセリンが衝撃で爆発し、爆音とともに急激な圧力を生んで周囲で作業をしていた技師も兵士も器具も、何もかもお構いなしに薙ぎ倒した。
今まで体験した事の無い轟音と衝撃波に現場は阿鼻叫喚。誰もが冷静な判断を下す事が出来ず右往左往するばかり。50mは離れていたフィーダもラフィムもあまりの轟音に恐れおののき、ひっくり返りそうになったが、ニトログリセリンを持っていたフィーダはニコラが受け止めたので転ぶ事は無かった。
「フィーダ、一旦落ち着け。落ち着いたら、二射目を頼む」
「あ、ああ。少し待ってくれ」
落雷に匹敵する轟音で精神を掻き乱されていたが、ニコラの言葉と前もって音の正体を知っていたおかげ、そして狩人はいついかなる時でも冷静に獲物に近づく術を心得ている。落ち着きを取り戻すのは早かった。
散乱した篝火の火に照らされて見える、ぐったりと横たわる無数の人間をなるべく見ないように精神を集中させ、もう一騎の方に矢の狙いを定めた。
二本目の矢は狙い通り、開口した腹部に直接吸い込まれた直後に爆発した。今度の爆発は先程と違い、金属が裂ける不快な音と同時に二種類の爆音が届く。
ニコラは念のために持ってきた多目的ヘルメットの暗視装置を起動させて騎体周辺を観察する。一本目の矢が当たった騎体はさほど傷付いていないが、もう一騎の方はそうならなかった。騎体の腹部から無残に真っ二つに裂けて上下半身が別れていた。おまけに上半身が吹っ飛ばされて工廠の壁を破壊して突っ込んでいた。
流石に二度目だったので今度はフィーダもラフィムも落ち着いていたがギルスの兵士達はそうもいかず、死傷者は勿論、無事な者も右往左往して統制が取れていない。それを逃すつもりのないニコラ達はさらなる追撃をする。
今度はフィーダは矢を二本同時に弓に番える。狙いはデウスマキナの上半身が突っ込み、大穴の空いた工廠の壁。放たれた矢はどちらも狙い通り穴へと消えた。
次の瞬間――――工廠は吹き飛んだ。比喩ではない、文字通り建物全てが吹き飛んで瓦礫の山に変わってしまった。中に入っていた二騎のデウスマキナも、作業していた技師達も全てが瓦礫に押し潰された事だろう。これでしばらくは手が出せないはず。
「で、この後はどうする?まだ矢は二本残っているぞ」
「さて、どうしたものかな。最大の脅威だったデウスマキナは無力化した。それにこの状況で組織的な軍事行動も執れないだろう。外のデウスマキナはポルナレフ達に任せておけばいい」
全軍の内、ニコラ達だけで半分を潰したのだ。義理分は果たしてなおオマケが付く。精々事態を知って救援に駆けつける兵士が纏まった数だったら、そこにもう一度ニトログリセリンを放り込んでふっ飛ばせばいい。
「とりあえず暗がりで行動するのは危険だから、夜明けまでここで待機だ。状況が動けば後は臨機応変に対処しよう」
「あいよー。何かあったら僕に言ってね。あ、見つかって矢が飛んで来るかもしれないから、風の精霊に護ってもらうよ」
ラフィムは風の精霊に頼んで矢を防ぐ風の防壁を作ってもらった。この場を動かなければ安全らしい。
この後、近くの家を寝床にしていた兵士達がおっとり刀ですっ飛んできたので、三十人ばかり纏まっていた所に矢を一本撃ち込んで全員吹き飛ばした。それ以降は誰も現場には近づこうともしなかった。
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夜が明けて、世界が明るくなるにつれて惨状が露わとなる。工廠は全壊し、デウスマキナと共に瓦礫の山。周辺には足だけとなったデウスマキナが転がり、傍には死体なのか気絶しているだけなのか分からない兵士の身体が無数に転がっている。
その有様を見たフィーダとラフィムは吐いた。自分達が生み出した死を受け止め切れず感情を処理しきれなかった。いざとなったらニコラが感情抑制剤を打ち込むつもりだったが、そこまではいかなかったらしい。普段から狩猟をして命を奪っている狩人だから少しだけ耐性があったのかもしれない。
吐くだけ吐いて気が治まった二人は幾らか平静を取り戻した。
そして、そこに近づく一団がある。武装していたのでニコラは精神不安定な二人に隠れるように言い残して、屋根から降りた。
「何者だっ!ギルスの兵か!?」
「違う、ボルドの近衛騎士ニコラ=古河だ。そんな質問をするとなると、この街の人間か?」
近衛騎士の肩書を出すと兵士達がざわつく。敵対する意思が無い所を見ると、まずギルスではない。そして一団を率いた先頭の四角い顔の四十歳前後の男が名乗り出た。初対面だが顔に見覚えがある。ここの貴族のドルフ=オーベルに顔が似ている。多分親戚だろう。
「失礼した、私はシリル=オーベル。この地を治める領主だ。貴殿は我々を救う援軍でいいのか?」
「ええ、そうです。領主殿の弟のドルフ殿と共にギルスから街を解放する為に来ました。ここは俺達が、街の外では四騎のデウスマキナがギルスのデウスマキナを討ち取っている事でしょう」
「なんとぉ!聞いたか皆の者!これで勝ったも同然ぞ!コガ殿、よくぞ我々の窮地を救ってくれた!感謝する」
感激の涙を流してニコラに抱き着く。中年男に抱き着かれも嬉しくないが仕方が無いので我慢した。
それから兵士達は周囲の惨状に顔を顰めながら、死体やまだ生きている者を捕らえて片付けに回った。安全と判断したフィーダ達も屋根から降りて来ると、こちらもシリルがエルフ達の自発的な助力に感激して彼等に抱き着いた。どちらも嬉しくなさそうだった。
さらに良い事に、街の外から騎体の拡声器でポルナレフやドルフの勝利宣言が聞こえてきた。あの様子ではギルスを全騎倒せた事だろう。
その頃には街の住民も家から出て街中でギルスが倒された事を大声で喜んだ。
勝利宣言を聞いて待機していた案内役のポルコとサルマンもやって来て、無事だった事を喜んだ。サルマンは全壊した工廠や転がっている死体を見て、自分が何という物を作ってしまったと悲しんだ。彼も戦いと殺戮を好まないエルフとして、自分が仕出かした事への強い悔恨を感じていた。
その上、各地で悲鳴や泣き叫ぶ声が無数に聞こえた。どうやら投降した兵士や抵抗を続ける兵士が街の住民に私刑を喰らっている声だ。その声を聞いたフィーダやラフィムはぎょっとした。
「おい、あの声は」
「戦争の嫌な所だよ。怨みを晴らそうとやり返されているんだ。ギルスがもう少し慈悲深ければこんな事にはならなかったのに。フィーダやラフィムが気にする事じゃない」
無駄に怨みを買うような真似をしたせいで報復は苛烈な物になるだろう。中には暴徒と化した群衆から命からがら逃げてきて、こちらに助けを求めるような血まみれの兵士もいた。昨日まで絶対暴君として振る舞っていたが見事に立場が逆転している。シリル達も助けるのは嫌だったが、投降した以上は捕虜として扱わねば恥になるので嫌々ながら住民を止める役を担っていた。
血の報復が一段落する頃、ドルフやピエールが合流した。ジゼルの姿が見えないのは血の報復を見せない配慮だろう。彼女は陣を構える農村に留まっていた。
外の戦いは始終ボルド側に優位に働き、デウスマキナも全騎中破ないし小破判定程度の被害はあったが損失は無かった。街の中から連続して轟音が鳴り響き、その上奇襲を受けて動揺してしまい、おまけにこちらは一騎討ちを避けて常に二騎が組んで一騎ずつ仕留めたおかげで難なく勝てたらしい。そしてニコラ達が無傷で領主のシリルと一緒に居る姿を見て喜んだ。
無事を確認すると、他の貴族達は街に隠れていそうなギルス兵士を探しに行き、ここに残っているのは後始末をする兵士とシリルやピエール、あとはニコラとエルフ達ぐらいだ。
「勝ったのはいいが、随分派手に壊したな。このデウスマキナなど身体が半分無くなってるじゃないか」
「大事なのは増援を遅らせない事と人的被害を出さない事ですから。建物も後で直せば済みますよ。まあ、直すのはこの街の人達でしょうけど」
「その程度の苦労でギルスの鬼畜共が排除出来るなら喜んで壊してくれて構わんさ。領地に住む全ての民を代表して礼を言わせてもらう」
壊れた工廠を前にピエールがニコラ達の暴れっぷりを揶揄するも、当のニコラは素知らぬ顔だ。領主のシリルも街の被害がこの程度で済んでくれてありがたいと感じている。それこそデウスマキナが街の中で暴れ回ったらどれだけの被害と死者が出るのか想像したくもない。それを思えば死者がギルス側だけで済んだのは幸運だ。
とはいえニコラも壊したまま素知らぬ振りをするのは街の住民に悪いと思って、瓦礫の撤去作業を始めた。ラフィムも精霊に頼んで瓦礫を動かしてもらい手伝っている。こういう時こそタクティカルアーマーが真価を発揮する。ちょっとした重機のように次々と丸太や石材をひょいひょい運び、精霊によって瓦礫が勝手に浮く様は事情を知らない者から見たら信じられない光景だろう。
瓦礫をどんどん撤去していくと、段々デウスマキナや中に居た技師や兵士が姿を現す。人間の方は大半が瓦礫に潰されて挽肉になっているが、中には騎体の影に居て難を逃れて生きている者もいる。それらは一旦薬師のサルマンに診てもらって手当てを受けてから兵士に引き渡された。
「おっ、このおっさん左腕潰されてるけど生きてるな、悪運が強い。って、あれ?」
「どうしたニコラ。そいつが気になる―――ん?こいつ見覚えがあるぞ」
黒い騎体『ニクス』の傍で瓦礫に潰されても、なお生きていた中年男を引っ張り出したニコラとフィーダが、男の顔に見覚えがある事に気付いた。
「こいつもしかしてペレス=クラウディウスか。息子や甥に似てる」
「何だと?ちょっと見せてくれ」
ニコラの言葉に離れていたピエールとシリルが半死人の中年男の顔を覗き込む。国は違えども隣の領主として面識のあった二人は驚きながら彼をペレス=クラウディウスと断定した。
意図せず敵の総大将を捕らえて、戦いが終わった瞬間だった。




