第14話 皇帝への献上品
レンヌの街に戻ったニコラとセレンをポルナレフの兵が出迎える。当主のピエールから屋敷まで来るように命じられていた。
二人はそのまま屋敷へ赴くと、ピエールから封蝋付きの書状を渡された。差出人はフランシス=メレス近衛騎士団長。この時点で楽しい話ではない事を察した。それとジゼルは既に帝都に経った後だった。
ニコラは手紙を読む。格式張っていて、まだこの国の言葉に慣れていないので読み辛いが内容は理解した。
「なんて書いてあったの?」
「独断で従軍したのは騎士団からの命令と言う形で遡って指令書を作るから、オーベル領の一件が終わったら、さっさと戻って来いと。それと騎士団に出陣命令が下されるかもしれないそうだ」
「えー、また?人間ってどうしてこんなに戦ってばっかりなのよー」
人間の数倍の寿命を持ち、狩猟と自衛以外で命を奪わないエルフからすれば、この数か月で何度も戦いをする人間の飽くなき闘争心に呆れを感じても仕方が無い。それにはニコラもピエールも同意するが、今更ウダウダ言ってもどうにもならないので粛々と現状を受け止めるしかない。
「家にも帝都から皇帝の使者が書状を持って来た。ギルスが北の国のベルストに攻め入ったから、緊急事態で手が出せない。援軍は出せないが、騎士コガを好きに使っていいから各々の裁量でオーベル領は何とかしろ、だそうだ。とっくに何とかしたと知ったら使者は顎が外れそうなほど驚いていたよ」
ピエールがほんの少し皮肉の籠った笑みを浮かべて唇を釣り上げる。彼のような帝都から離れた辺境の貴族にとって中央の無茶ぶりには慣れているのだろう。しかし今回は事実上ニコラを戦力として貸し出したのだから、全く手を貸さなかったわけでは無いと体裁を取り繕っているので抗議する程でもない。事実、ニコラが居なければ連合軍はオーベル領を奪還する事すら相当に難しかったと言わざるを得ない。帝国はオーベルの為に十分に働いたと言い張れた。
「ふーん。で、ベルストってどこ?北の国?」
この大陸の事をあまり知らないセレンが疑問を投げかけたので、ピエールは使用人に地図を持ってこさせた。
広げた地図の北部の中央を指刺す。北東部のガルナより一回り大きな囲いは南西のギルスと南東のボルド両方、そして東西二つの小国。計四つの国に面していた。
「ここがベルスト。見てのとおり四つの国に囲まれた交通の要衝だ。おかげで大陸では古くから交易国家として栄えていた。特に近年はギルスとボルドの対立で、大陸中央部の路が好まれず、余計に人と物が流れるようになった」
「つまりどこの国にも行きやすいから利用しやすく中立を保ちやすい国だと?」
「その通り。明文化された条約ではないが、どの国もベルストには攻め入らない暗黙の了解があった。かの国も最低限の軍備しか持たず、周辺国に領土的野心を示さない事を交易拠点と情報交換の場として提供する事で証明し続けた」
ピエールの言葉の端々にはギルスの理解出来ない思惑に対する困惑が滲み出ている。先日の宣戦布告無きオーベル領の占領といい、今回の突然のベルスト侵攻といい、何がギルスをそこまで突き動かすのか。
ともかくギルス上層部の考えなど分かりようもないので、ピエールは領地や周辺を警戒しつつ防備を固めるだけ。急ぎの帰還命令も、もしかしたらベルストから救援要請が来るかもしれないとの備えだろう。ニコラも一騎士には政治的に出来る事が無いので、帝都に戻る事が先決だった。
今日は屋敷に部屋が用意されていたので、二人は厚意に甘えて泊めてもらった。おまけに帝都までの食料も用意してくれていた。至れり尽くせりである。
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六日後。ニコラとセレンは予定通り帝都に戻って来た。そのまま城へと赴き、騎士団の執務室で書類と格闘しているフランシスに面会した。二人の顔を見たフランシスは喜びを隠さず、整った顔をほころばせた。
「君が居ると心臓が幾つあっても足りないぐらい驚かされる。が、おかげでこの非常時に貴重な戦力を抽出せずに助かったがね」
「団長の了承を得ず、勝手に参戦した事は事実ですので処分は覚悟していました。むしろ、寛大な処置に感謝致します」
二人はお互いの立場と事情を理解し合い笑う。フランシスもニコラが私情や功名心で勝手な行動をとったわけでは無いのは知っている。だが、それで無罪放免は組織の規律が保てない。これを許せば手柄を立てようと他の騎士が独断専行を行うだろう。だからフランシスは援軍の命令書の決裁の日付を弄って、ニコラが帝都を経った日に発行した事にした。管理職だからこそ出来る裏技だった。
その上、領地奪還に多大な功績を挙げ、さらにデウスマキナを一騎調達したのだから戦功に報いる処分は当然だった。
簡単な事情聴取の後、二人は解放された。騎士団にはまだ出陣の命令は下されていないが、何時でも戦えるように準備を整えておくよう命令が下った。
ニコラはそのまま皇帝に謁見の申し込みをしておいた。普通、見習い騎士が皇帝に会わせろと言ってそのまま通るはずがないが、皇室直轄領の代官も兼ねているので、一時間後に謁見が許された。
その間、暇だったので騎士達に帰還の挨拶回りなどをしていた。生憎とノンノは現在事務仕事をしていて見かけなかった。
挨拶が終わるとちょうど良い時間なったので、二名は皇帝ローランに謁見する為に控室で待たされていた。
現在、皇帝は玉座ではなく執務室で書類の決裁をしているらしい。待たされている間、すぐに会えない煩わしさをセレンは愚痴るが、ニコラが『仕事中に時間を作ってもらうのだから当然』と集団の常識を教えて宥めた。
事前に連絡を入れてあったので、五分程度待たされただけでニコラとセレンは執務室に通された。
執務室はかなり広く、ニコラ達の家の三倍ぐらいの空間だ。その部屋の最奥にぽつんと執務机が置かれ、離れた場所には秘書官や事務官用の机もある。他には壁際や至る所に書類棚が据えられている。仕事用の部屋なのだから当然だが生活感が無い。
部屋の主であるローランの姿は見えない。周囲を見渡すと、仕切りの無い隣の部屋に彼は居た。今は休憩中なのか、湯気の立つカップを持ちながら窓から街を眺めていた。
ニコラは十歩離れた位置で膝を着いて頭を下げた。セレンもそれに倣って膝を着いている。
「突然申し訳ありません。皇帝陛下におきましてはご機嫌麗しゅう」
「構わんよ。帝国の為に命懸けで働いた臣を労うのが皇帝の仕事だ。それに弟や姪の友人と語り合うのも悪い事ではない」
顔は見えなかったが、声のトーンから少し疲れが、しかしどこか楽しそうな感情が乗っているようにも思えた。やはり仕事が忙しのか。
ローランはニコラ達を立たせて、そばのテーブルの席を勧める。皇帝と同席するのはジゼルの時にもあったが、公式の場では初めてだった。実は結構緊張している。
女中から出されたお茶と茶菓子。ニコラは茶に少し口を付け、セレンは予想通りバクバク菓子を食べていた。
「さて、要件は献上したい物があると聞いている。ギルスから鹵獲したデウスマキナか?」
「そちらもですが、陛下に直接見て頂きたいのはこちらです」
ニコラは懐から二つの袋を取り出し、ローランの前に差し出す。開けてみると、一つは植物の実、もう一つは水晶だった。どちらも手に取ってじっくりと観察する。
「質の良い水晶だな。植物の実の方は甘い匂いがする。香料か何かか?」
「はい。どちらもエルフの森で採れた品です。こちらを献上したいと思い、お時間をいただきました」
「モグモグ。それ、粉にしてお肉にかけると美味しいよ。甘いからお菓子にも使えるかもね」
「香料は初めて見るが、中々良い物だな。それに水晶の方も荒い造りだが大粒で透き通っている良品だ。つまりお前はエルフとその村がデウスマキナの部品以外にも護る価値があると言いたいわけか」
ローランはニコラの考えをおおよそ言い当てた。流石に一国の主ともなれば、ニコラの考えぐらいすぐさま見抜く聡明さを持ち合わせている。
現状エルフの村はボルドの庇護下に置かれている。それらの費用はニコラがギルスから強奪したデウスマキナの貸し出し料で賄われている。つまりニコラが払っているだけでエルフはボルドに対して何も貢献していない状態だ。今の所それは問題視されていないが、ニコラがいつまでも生きていられるわけではない。確実にエルフ達より先に死ぬ。だからその前に、自分達で金を稼いで税を納める習慣を根付かせたかった。
以前、皇帝秘書官のランス=ダリアスが主張したように、帝国も高額納税者や価値のある物品を生み出す村を無碍に扱ったりはしない。エルフの村を護る事は他国に利を与えず、帝国を富ませるのだと目に見える形で喧伝するのがニコラの思惑だ。
「ご慧眼恐れ入ります。これはまだまだほんの一部ですので、今後も帝国に提供し続けられると愚考します。後はもし陛下がよろしければ、家臣の方々にもエルフの村の産出品と仰って頂ければこの上ない箔となります」
「なるほど、商売の基本を良く知っている。皇帝の私が良品と認め他の者に教えれば、自然と好まれ価値が上がる。物自体も良品なのだから謀るわけでもない。上手い手を考える」
「ねえ、どういうこと?」
「商品の価値はただ良い品だけじゃなく、使う人や品を褒める人によっても上がるって事。それに、陛下が身に着けていたり、好んで食べると、他の貴族が自分も真似しようとして同じ商品を欲しがる。だから商人が値を上げても、客は構わず高くても買おうとする。
お前が今全部食べた皿のお菓子と水晶一個と交換していたのが、陛下が褒めた事で価値が上がって、皿三枚分と水晶一個と交換になる事だってよくある事だ」
「なにそれ、凄い面白い!」
地球の言葉であるプレミアがこれにあたる。単なる量産品でも著名人が愛用していたと分かると、途端に価値が跳ね上がる事は珍しくない。安い量産品のスポーツ用具とてスター選手の愛用品となれば恐ろしい価値を生み出す。
使う側の権威が高ければ高いほど人気が生まれ、価値が上がる。まして皇帝という最高権力者が身に着けているとなれば付加価値は計り知れない。
ニコラもまだ米農家の息子だった頃、家で収穫した米を如何に高く業者に買ってもらうかで頭を悩ませる両親の姿を見た事がある。味の向上には限界があり、代わりに縁起を担いだり栄養価を強調したり、あれこれ高く売る宣伝を考えていたのをよく覚えている。
実際、品の品質はどれも良いのだから詐欺ではない。如何に客の購買意欲を高めるかは商人の器量の範疇だ。
「まったく、皇帝を宣伝に利用するとはな。おまけに誰も損をせず悲しまないから咎められぬ。あくどい騎士もいたものだ。まあ、いい。お前には以前ジゼルの事で埋め合わせをすると約束した。少しばかり手助けしてやろう」
「ありがとうございます陛下。今後もエルフの方々と共に帝国の為に励みます」
鷹揚に笑うローランに、ニコラは深々と頭を下げた。特産品の価値はこれで保障されたような物だ。後は献上する品以外をどうやって商人に売り捌くかだが、それは今度考えればいい。
目的を果たせたニコラは、仕事の溜まっているローランに遠慮して早々に退出しようとしたが、当人からもう少し休憩したいから世間話に付き合えと言われた。それでギルスとのオーベル領での戦いなど、最新の情報を世間話として伝えてから退席した。
セレンはその間、女中にお菓子のお替りを貰っていた。




