08. お相子
異世界へ来て二週間。不覚にもまたやってしまった。私はまたベッドで寝ている。布団ではなくベッド。そう、ここはクロードさんの部屋だ。
今日は土曜日でクロードさんは休日。そしてクロードさんが休みの日は、私も魔力使用の練習は休むことになっている。朝はゆっくり出来るから、昨晩は少し夜更かししても大丈夫だろうと、夕食後にクロードさんが借りてきたDVDで映画鑑賞することにした。
異世界へ来るまでは、日付超えた時間まで起きていることなんて珍しくなかった。だけれどこちらに来てから、遅くても10時までには就寝。魔力使用の練習が意外に疲れるせいもあって眠くなるのもあるけれど、何より子供扱いなので遅い時間まで起きていると怒られる。
早寝早起き、そんな健康的な生活をしていたせいか、鑑賞中に眠気に耐えられなくなり、先に部屋で休ませてもらったのだ。
階段を上ったところまでは覚えている。自分の部屋に入ったつもりだったのに……。眠さで朦朧としていて、うっかり今までの癖が出てしまったらしい。
さて、どうしよう。
クロードさんに申し訳ないことしちゃったな。起こしてくれても良かったのに。とは思うが、彼は優しいので私を起こさず寝かしておいてくれたのだろうことは分かる。そのことには感謝する。非常に気まずいけれども。
しかし今、この状況はどうしたものか。
自分の部屋に戻ろうにも、朝食の準備をしようにも、まずはここから脱出せねばならないのだが。ベッドから出るに出られない状況。正確にはクロードさんの腕の中から抜けられないと言えば良いのだろうか。
「あの、クロードさん」
「……ん」
「おはようございます」
「……枕が喋るだなんてありえん」
ええ、そうですね。私も枕が喋るとは思いませんよ。貴方が枕だと思っている物体は枕ではなく私なんです。……と言ってやりたいが、気持ち良さそうな寝息をたてているクロードさんにはその言葉は届かないであろう。
「抱き枕じゃないんだけどなぁ……」
いくら相手が寝ているとはいえ、あまり接近し過ぎるのは危険だ。私が女性だとバレかねない。万が一引っ付いても、気付いてもらえそうにない程にささやかではあるが、一応はあるんだ、女性なりの膨らみが。
そっと距離を置こうと軽く寝返りをうとうとしたら、クロードさんの腕に力が入り引き寄せられる。それに慌ててお互いの体の間に手を入れて、ぴったりとくっつくことだけは避けることが出来た。危ない、危ない。
「意外に厚いんだ」
普段クロードさんが運動している所は見ないし、細身に見えるけれど。予想以上に胸板が厚くて驚く。ペチペチと触ってそれを確認。って、ヤバイ。これじゃ私、痴女じゃん。
と、慌ててまた距離を取ろうとするが、また引き寄せられる。
くっついたり離れたりを繰り返し、クロードさんの腕から開放されたのは30分後。
「さっきはすまなかった」
朝食を食べながら改めて謝ってくるクロードさんに首を横に振る。
「いえ、そもそも私が部屋を間違えたのがいけなかったんですし。私の方こそすみませんでした」
「それは別に構わない」
欠伸を噛み殺しながらそう答えるクロードさんはとても眠たそう。
「クロードさん、何時に寝たんですか?」
「時間は見ていないが……。外が明るくなり始めていた……かな」
「そんなに遅くまで映画見ていたんですか?」
気まずそうに視線を逸らすクロードさんに、一つ溜息をつく。殆ど寝ていないということだろう。これでは今日一日もたないんじゃないかと思う。
食事が終わったクロードさんにはソファーへ移動してもらい、食器の片付けを済ませる。洗い物をしながらお湯を沸かし、食器が洗い終わると丁度お湯が沸いた。インスタントだけれどもココアを二人分用意する。本当は牛乳があれば良かったのだけれど、朝食の時に飲みきってしまったのでそこは我慢。
ココアの入ったマグカップを両手に持ちソファーへ向かうと、クロードさんは船を漕いでいた。
「クロードさん」
ココアをソファーテーブルに置き、私もソファーへ座る。その振動と私の呼び掛けで目が覚めたらしいクロードさんと目が合ったので、私は自分の膝を軽く2回叩いた。
「マコト?」
「その体勢だと首が痛くなりますよ。私の足、枕にして少し休んで下さい」
「えっ……」
「寝不足なんでしょ?」
「そうだが。しかし……」
「先週、クロードさんが膝枕して下さったじゃないですか。だから今日は私が」
先週、アニメを見ながら寝てしまった挽回。膝枕してもらうだなんて何となく気恥ずかしかったから、これでお相子。
「ほら、クロードさん!」
再度膝を叩くが、クロードさんは微妙に視線を外して膝枕を渋る。その顔がほんの僅かだか赤い。子供だと思っている相手に膝枕をさせるのは恥ずかしいのだろうか。
となれば強硬手段。クロードさんの首に腕を絡ませ無理やり引き寄せる。
「お、おいっ」
「今日は特に予定無かったですよね? だったら構わないじゃないですか。短時間ガッと寝ちゃった方がスッキリしますよ」
「予定は無いが、夜に知人が来ることになった」
「へっ?」
「伝えるのが遅れてすまない。昨晩マコトが寝た後に連絡がきたんだ」
「えっと、お客さんが来るとなると、夕飯の食材は買いに行かないと……ですよね」
「ああ。酒の買出しもしておかないと足りないしな。昼に車で出ようと思う。マコトも一緒に行くか?」
迷い無く頷く。
実はまだ一人で外に出かけさせてもらえていない。出かける時はクロードさんか家政婦のサラさんが一緒。外での魔力使用の練習が必要な時には、サラさんがいつも付き添ってくれている。練習とは別に気晴らしに外出したい日もあるけれど、サラさんの手を煩わせるのも嫌なので、ほぼ家の中での生活。故に出かけられる時には出来るだけ外出したい。
「だったら出たついでに昼食も済ませよう」
「はい。あの、お酒も買うって、もしかしてお客さんは会社の方ですか?」
冷蔵庫にはまだビールがダースで残っている。クロードさんが飲むだけだったら充分だ。しかし買出しするってことは、それはお客様の分。お客様はお酒を飲める成人ってことだろう。
「いや、違う。俺の親戚なんだ」
「クロードさんの親戚? 伯父さん……とか?」
「いやいや、俺より年下。成人しているけれど、まだ学生だから。もしかしたら俺よりもマコトと話が合うかもしれないな。あいつ、ロボット物のアニメとか詳しいから」
先週はアニメを見ながら寝てしまったけれども、あれから頑張って……頑張るようなことではないと思うのだけれど、ロボットアニメを見るようにしている。家族が居る世界へ帰ったら、サトシと多少は話が出来るかもしれない。
「とりあえず、マコトの好意に甘えて少し休ませてもらうよ」
「そうして下さい」
「30分経ったら起こしてもらえる?」
「短くありません?」
「いや、それぐらいが仮眠に丁度良いんだ。それ以上眠ると逆にダルくなるから」
「そうですか。分かりました。30分後ですね」
「ああ、宜しく」
「はい。おやすみなさい」
目を閉じたクロードさんの眠りを妨げない程度に、軽く頭を撫でる。クロードさんが私にしてくれたように。
それにしても、私と同じ黒髪だというのに、何で私の髪と触り心地が違うんだ? 男のくせに卑怯だろう、このサラサラ具合。居候させてもらっているので、シャンプーもリンスも同じ物を使わせてもらっているはずなのに。
もしやあれか? 魔族は人間とキューティクルが違うとか? サラさんの髪も凄く綺麗だし。
それとも、魔力でトリートメントしているとか? クロードさんがそれをしている想像はつかないが……。
でも魔力で髪を綺麗にするって、もしかしたら可能なのかもしれないよね。
髪だけじゃない。肌を綺麗にしたり、余分な脂肪を取り除いたり、逆に欲しい部分に増やしたり。魔力万歳! ……かもしれない。うん、これは早く魔力の使い方をマスターせねば。いや、一番の目的は家族の元へ帰ることなんだけれどもね。それでも、やっぱり女性だったら……ねぇ。
あぁ……。お父さん、お母さん、サトシ、マコトは魔力で超絶美人になってそちらに帰りますからね。