第9話 少しずつだけど
「おはよう、水無月さん」
朝、いつものように先に来ていた水無月さんに僕は挨拶をする。
ただ、今日は声を聞かせてはくれないみたいだった。頭を少しだけ下げる見慣れた反応が返ってくるだけ。
やっぱり、昨日は機嫌が良かっただけなのかな……。
不安になるけど、今日は水無月さんと話したいことがあって少し早く学校に来たのだ。
「水無月さん。昨日教えてもらった曲、聴いたよ!」
昨日の今日は、流石にグイグイいきすぎだと自分でも思う。
それでも、早く感想を伝えたくて。今度は僕からそんな話題を出してみた。
ただ、しばらく沈黙が続いたので、やっぱり水無月さんは気分じゃないのかなと諦めかけたとき。静かだった教室に声が響く。
「…………ど、どうだった?」
短い言葉でも、やっぱり水無月さんから声が返ってくると嬉しくなる。
けど、そんなことで喜んでる暇はないと、僕は慌てて曲を聴いて思ったことを伝えた。
「えっと、誰でも言える感想になっちゃうんだけど……。すごく上手いなって思った。アイドルって可愛いイメージが強かったんだけど、レナさんはカッコいいなって」
「…………嬉しい」
僕の感想でそう思ってくれるなら、伝えて良かったとホッとする。
それと同時に、嬉しいということは、水無月さんってレナさんのことがかなり好きなんだとも思って。
「水無月さんは、この曲のどんなところが好きなの?」
「…………力をもらえる。私らしくいさせてくれる曲」
「すごい思い入れのある曲なんだ?」
僕のそんな問いかけに、こくりと頷く水無月さん。
まさか、そこまで熱心なファンだったなんて……。
正直、水無月さんのイメージからは意外に感じた。
「そういえば、僕の姉さんもリリーアリスのおすすめを教えてくれてさ」
「……何の曲?」
「えっとね、このライブ映像のやつ」
僕はスマホを操作して、姉さんから送られてきた動画サイトのリンクを開くと、水無月さんにも見せる。
「……っ! げほっ、げほっ……」
「だ、大丈夫? 水無月さん」
「大丈夫……。それより……。み、見たの……?」
「うん、五人でステージに立ってるやつを」
僕がスマホを見せてからの水無月さんの表情は、どこか張り詰めたもので。
まずいことでも言ってしまったかと振り返ってみても、特に思い当たらなかった。
僕に姉さんがいたのがビックリしたとか、そういうことならいいんだけど……。
「……私、あまりライブ映像みなくて」
「そ、そうなんだ。今、一緒に観る?」
「……いい。感想だけ教えて」
この話になってから、水無月さんが少しそっけなくなった気がする。
もしかして、リリアリじゃなくてレナさんだけを推しているとか……。
レナさんを布教したはずなのに、僕が五人の映像を観たから良い気分じゃなかったり……。
僕の想像でしかないけど当たっていたらまずいし、ライブ映像の感想はレナさんのことだけを話そう。
「五人の中でもレナさんの歌声が抜けて僕の耳届いたし、キレキレのダンス踊りながら歌えるのも凄いなって。あと、歌だけだとカッコいいイメージだったのに、映像見たらちゃんとアイドルっぽくてビックリしたかも」
「そ、それだけ……?」
「レナさんの魅力、まだまだ気づけてないよね……」
「ううん……。充分、伝わってる……」
無理やりひねり出したわけでもなく、本当に思ったことを口にしてみたけど。
微笑んでくれたところを見るに、僕が伝えたかったことはきちんと届いたらしい。
やっぱり、水無月さんはレナさんが好きなんだろうな。
柔らかいその表情を見ていると、なんだかこちらまで微笑ましくなってくる。
「あっ、今日はここまでみたい。また今度話そうね」
せっかく和やかな雰囲気になってきたところで、クラスメイトが入ってきて二人の時間が終わってしまった。
朝の時間は、どうしても短い。
まだまだ少しずつだけど、それでも水無月さんのことゆっくり知れていけてるのが僕は嬉しかった。




