第6話 初めての会話 ─ Side・レナ
迫田くんと二人きりになれる時間は、毎日の朝に少しだけある。
昨日、アカリにもらったアドバイスを実行するために、今日は少し早く学校に来た。
といっても、いつも私のほうが早いんだけど。
迫田くんの登校時間が変わることもないし、あえて理由をつけるなら心の準備みたいなものだ。
「おはよう、水無月さん」
自分の席に座ってひたすら呼吸を整えていると、私の次に迫田くんが教室に入ってきた。
毎朝、彼は私にそう声をかけてくれる。
二人きりの教室に響くのはいつも迫田くんの声だけ。
でも、今日はそれで終わらせるつもりはない。
相変わらず話そうとすればするほど緊張するし、口だってパクパク震えちゃうけど……。ここで怖じ気づいたら相談にのってくれたアカリにも悪い。
私は覚悟を決めると、まずはずっと返したかった挨拶を口にする。
「…………おはよ」
ひっどい声……!
ちゃんと返せたのは成長だけど、すごく感じ悪く聞こえるトーンだったような……。
「お、おはよう!」
ほら、迫田くん驚いてるじゃん。私が慣れないことをするから……。
それでも一度走り出したら、次の一歩を踏み出すのは最初よりも簡単で。むしろ、止まるほうが難しくなっていた。
「……おすすめ」
「えっ?」
私は、あらかじめスマホに表示させておいた曲を迫田くんに見せる。
「リリーアリス……レナ……?」
そう呟く迫田くんの声に、私の心臓はうるさいくらいに鼓動を打っている。
本来はリリアリ全員で歌ってる曲をおすすめしようと思ってたんだけど……。
つい欲が出ちゃって、私のソロ曲をおすすめしてしまった。
昨日、私のこと好きって言ってくれてたし、話の流れは変じゃないよね……。
「やっぱり、水無月さんもそのグループ好きなの?」
「別に……」
好きも何も、私がそのグループのメンバーなんです……。
曲だけだったら絶対に私だってバレないはず。まあ、レナの姿をじっくり見られても、今と違いすぎて気づかれないだろうけど。
「そっか。でも、悠真が聞いたら喜ぶと思うけどなぁ」
違う、私は宮城くんと話したいわけじゃない。
首を横に振ってそう抗議しながら、私は自分の気持ちを言葉として絞り出す。
「…………他の人には秘密」
私がリリアリの話をしたことは、他の誰にも知られたくない。
────迫田くんだから、私は教えたの。
そんな想いが届いてくれたのか、迫田くんは優しく微笑んでくれた。
「秘密ねっ。誰にも言わないよ」
本当はリリアリ全員の曲も聴いてほしい。
メンバーのこともみんな優しいから話したいし……。
話すことに慣れたら、日常的なことだって。くだらないと笑い合えるような話もいっぱいしていきたい。
「おすすめ……まだあるから……」
「えっ、他にも?」
「また……教える……」
「そ、そっか。水無月さんの好きなものが知れて嬉しいから、また聞かせて?」
いい感じに話ができているかも……。そう思っていたところなのに、二人きりの時間は突如として終わりを迎える。
ここは教室なんだから、クラスメイトが入ってくるのなんて当たり前なのに。今はその当たり前が憎く思えた。
人の気配を感じると、喉が締まるような感覚になってまた声が出なくなってしまう。
「ありがとうね、水無月さん……! 聴いたら感想伝えるから……!」
最後にそう囁いてくれた迫田くんの言葉には、まだ上手く返せそうにない。
でも、すごく不器用ではあったけれどちゃんと言えた。
迫田くんと初めてちゃんと話せた。
気を抜くと、気持ち悪いくらいに口角が上がってしまいそうだ。
この喜びをどうにかしないと……。
私はスマホでメッセージアプリを開くと、アカリに高ぶる想いをぶつけるのだった。




