第5話 初めての会話
昨日の水無月さんは少し様子がおかしかったけど、どうしたんだろう。
もしかして、僕と悠真の会話がうるさかったかな……。
一日経っても忘れられず、登校中はそのことばかり考えていた。
朝は毎日かなりの余裕を持って登校しているけど、僕はいつも二番目。
僕より先に来ているのが隣の席の水無月さんで。
今日も教室に入ったときには、水無月さんはすでに席に座っていた。
「おはよう、水無月さん」
毎日こうして声をかけると、反応だけは返してくれていたんだけど……。
────今日の水無月さんは少しだけ違った。
「…………おはよ」
多分、僕の挨拶に返事があったのは初めてだと思う。
当然、今日も反応だけ返してくれたらいいなという気持ちでいたから、一瞬動きが止まってしまった。
「お、おはよう!」
もう一度返した朝の挨拶は、自分でもビックリするくらい声が上擦っていて。
言い終えた後に、だんだんと恥ずかしくなってくる。
それにしても、どうして急に声を出してくれたんだろう……。
そんな驚きと疑問が、僕の頭の中で渦巻くばかり。
でも、どうやら水無月さんが言いたいことは、さっきの一言で終わりじゃなかったらしい。
「…………おすすめ」
「えっ?」
そう言って、水無月さんはスマホの画面を僕のほうに向けてきた。
突然のことに最初は理解が追い付かなかったけど、なんとか水無月さんの意図を読み取ろうと、顔を近づけて確認する。
「リリーアリス……レナ……?」
スマホで開かれていたのは、とある音楽アプリ。そこに流れている文字は、つい最近聞いたような名前の並びで……。
そういえば昨日、悠真と話していたことを思い出す。
それに、リリアリの話のときに水無月さんがジッとこちらを見ていたことも。
「やっぱり、水無月さんもそのグループ好きなの?」
「別に……」
「そっか。でも、悠真が聞いたら喜ぶと思うけどなぁ」
僕がそう言うと、水無月さんは激しく首を横に振った。
「嫌……なの?」
今度は首を縦に振る水無月さん。
「ご、ごめん。じゃあ、悠真には言わないでおくね」
もしかして、アイドルが好きなことはあんまり知られたくないのかな……。それともやっぱり話すのが苦手で、今も頑張って話してくれているとか……。
どちらにしても、どんな気持ちの変化があったのか気になるところではある。
「……この曲、聴いて」
僕の戸惑いは、水無月さんには伝わらないみたいで。
声を聞く度に驚いている間にも、次々と会話が進んでいく。
「う、うんっ! 分かった!」
「…………他の人には秘密」
「秘密ねっ。誰にも言わないよ」
学校だと悠真に突っ込まれそうだから、家で聴かせてもらおう。
ひとまず、教えてもらった曲を忘れないようにスマホにメモしておいた。
「おすすめ……まだあるから……」
「えっ、他にも?」
「また……教える……」
「そ、そっか。水無月さんの好きなものが知れて嬉しいから、また聞かせて?」
またっていうことは、またこうして話してくれるってことだろうか。
僕としては嬉しいけど……。ここまで積極的な水無月さんには、どうしたんだろうって気持ちもある。
そんな会話をしていると、二人きりだった教室に入ってくるクラスメイトが。
その瞬間、水無月さんは目を逸らしてしまった。
もうみんなが登校するような時間になっちゃったか……。やっぱり、水無月さんはあまり人前では話したくないのかな……。
最後にこれだけは伝えておこうと、水無月さんにだけ聞こえるように呟く。
「ありがとうね、水無月さん……! 聴いたら感想伝えるから……!」
その言葉に何も反応はなかったけれど、今日は初めて水無月さんと好きなことについての話が出来たし、きっと良い一日になりそうだ。
怒らせていなかったことにホッとするのと同時に、水無月さんの好きな曲を早く聴きたくて仕方がなかった。




