第4話 推しのアイドル ─ Side・レナ
「なあ、晴輝。この中だと誰が好きよ?」
会話が耳に入ってきたのは、たまたまだった。
決して盗み聞きするつもりとかじゃなくて、本当にたまたま。
「う~ん、いきなり言われても難しいなぁ。にしても、悠真は本当にアイドルが好きなんだね」
「いやいや、リリアリは特別だからっ!」
「リリアリ?」
「リリーアリスだよ! 知らないのか?」
いや、口にされたグループ名に反応したから、正確には反射的にと言ったほうが正しいかも。
迫田くんと宮城くんの会話に出てきたその言葉に、私の心臓がドキッと跳ねる。
リリーアリスは、私が所属しているアイドルグループの名前だ。
学校の人に知られると、大騒ぎになって平穏な学校生活どころじゃなさそうだから、こうして隠しているのに……。
ただ、迫田くんはアイドルには詳しくないみたいで。内心ホッとするけど、ちょっと複雑でもあった。
「水無月さん、このアイドル知ってるの?」
「…………っ!」
二人の会話に夢中になっていると、迫田くんからそんな風に問い掛けられて、私は咄嗟に首を横に振る。
知ってるというか、本人なんだけど……。
それより、そうやって聞かれるくらい見すぎちゃってたかな……。気をつけないと。
「で、どの子がタイプよ?」
なんとか誤魔化せたと思ったけど、興味深い会話は二人の間で続いていて。
私は懲りもせず、迫田くんがどう答えるのか気になってジッと見つめ続けてしまう。
「僕はこの黒髪の人が好きかな」
メンバーで黒髪なのは私だけ……。
つまり、迫田くんが 好きって言っている人は……。
「おっ、レナちゃん推しか。百年に一度の美少女っ! しかも歌だって激うま!」
「へぇ、そんなにすごい人なんだ?」
「ほら、これ。ネットでバズったレナちゃんの写真」
「確かに、そう言われてるのも納得かも。すごく可愛い人だね」
────可愛い。
普段はそう言ってもらっても動揺することなんてないのに。
平静を取り繕うこともできず、掴み損ねたペンも床に転がっていってしまった。
「ペン、落としたよ。水無月さん」
迫田くんがそう言って渡してくれるけど、今は顔は見られたくない。
絶対に赤くなってると思うから……。
『ありがとう』
そう言いたいのに、私の声はかすれるだけで。今ほど自分が情けないと思ったことはなかった。
「ねぇ、アカリ~。どうすればいいんだろう……」
「レナはもう少し大胆になってもいいんじゃない? ほら、プライベートだと控えめでしょ?」
「バレたら怖いじゃん……」
「そのときはそのときでしょ!」
その日の夜、私はとある子に電話をかけていた。
スマホを交わして聞こえてくる声の主は、信頼できる友達で、リリーアリスのリーダーでもあるアカリ。
アカリには、こうしてよく相談にのってもらっているのだ。
「聞いてる限り、その迫田くんって子はレナの正体を知っても変わらずに接してくれると思うけどな」
「迫田くんに知られるのはまだいいにしろ、他の人にはリリアリの活動のこと知られたくない……。出来るだけ迫田くんにも隠したいけど……」
「う~ん……。じゃあ、二人きりになれる瞬間とかないの?」
「二人きり?」
「少しはレナらしさも出しやすいでしょ」
「でも、何を話せばいいのか分からない……」
言いたいことはいっぱいあるはずなのに。いざ迫田くんと話すところを想像すると、パニックになるのが目に見えている。
お礼すら言わない人が急に話しかけたら、迫田くんだってビックリするだろうし……。
「せっかくリリアリの話が出たんだから、レナが一番自信のある曲でも教えてあげれば? おすすめって言ってさ」
「えっ、自分が歌ってる曲をおすすめするの……!?」
「迫田くんが、他のアイドルの曲を聴いててもいいの?」
「ちょっと嫌……」
「ほら。だったら、私はこれだけ凄いんだぞってアピールしなきゃ!」
リリアリの曲のことだったら、インタビューのときをイメージすれば話せるかもしれない。
それに、他のアイドルの曲を聴かれちゃうなら……。頑張っておすすめしてみようという気持ちにはなった。
こうしてアカリに背中を押してもらったことだし……。
明日こそは────勇気を出してみようかな。




