第3話 推しのアイドル
「なあ、晴輝。この中だと誰が好きよ?」
とある日の休み時間。前の席の悠真が振り向いて、スマホの僕のほうに見せてきた。
画面には、五人組のアイドルっぽい人たちが映っている。
「う~ん、いきなり言われても難しいなぁ。にしても、悠真は本当にアイドルが好きなんだね」
「いやいや、リリアリは特別だからっ!」
「リリアリ?」
「リリーアリスだよ! 知らないのか?」
「えっと……」
悠真は当たり前のように言っているけど、略称も正式なアイドル名も聞いたことがなかった。
それにしても、これだけ熱が入っているってことは、本当に特別なんだろうな……。
どんどん熱量が上がっていく悠真に、僕は押される一方で。
「アイドルなのに、バッチバチに歌もダンスも上手い神アイドル! ネットでめちゃくちゃバズってるのに……って、晴輝はSNSとか苦手だったなぁ」
「そうなんだよね。使い方よく分からなくて……」
「アプリ入れたら教えてやるのに」
「でも、写真とかあげなきゃなんでしょ?」
「いやいや、一言呟くだけでも全然オッケーだって! 俺なんか最近はリリアリのことばっかだし」
悠真はそう言ってくれるけど、どうしてもハードルが高く感じてその気になれない。
僕が流行りに置いていかれてるのなんて、いつものことだからなぁ……。
SNSで流行っているなら、知らないのもしょうがないと自分でも思うくらい。
実は音楽番組で見かけてたりしても、意識してないとどうしても覚えてないし。
SNSの使い方については一度じっくり聞いてみるべきだと思うけど、別にもう一つ気になっていることがあった。
それは、隣の席の水無月さんからの視線。
リリアリの話を始めたあたりから、あまりにもジッと見られているような気がする。
なんだか落ち着かないのと、ちょっとした興味もあって思わず僕は話しかけてしまった。
「水無月さん、このアイドル知ってるの?」
「…………っ!」
話を振られると思ってなかったのか、メガネの奥の瞳が動揺した様子の水無月さん。
僕の質問には、首を激しく横に振って否定していた。
「マジか。結構、話題のアイドルなのに」
「悠真の基準だったりしない?」
「いやいや、クラスの他のやつは知ってるぞ」
「じゃあ、たまたま僕たちが疎いだけかも」
水無月さんも、SNSは苦手そうだもんね……。
多分、僕たちに流行の話をしてもついていけるものは、ほぼ無いと思う。
「まあ、水無月さんって音楽は聴かなそうか。で、晴輝のタイプはどの子よ?」
「う~ん……」
改めて聞かれたから、僕は真剣に悠真のスマホに写った五人を見る。
「迷うのも無理ないよなっ! リーダーのアカリちゃんはファンサがやばいし。サクラコさんは癒し系で心掴まれるし────」
メインの色が違う衣装をそれぞれ身にまとっていて、特徴もそれぞれ。
熱く語っている悠真が言う通り、全員素敵だと思うけど……。
中でも一人だけ目を惹かれる人がいた。
「僕は、この黒髪の人が好きかな。どんな人かは分からないけど」
「おっ、レナちゃん推しか。意外と見る目あるな」
紫色の衣装を身にまとった、肩につくくらいの黒髪の人。
なんだか、この人からは目が離せなかった。
「レナさんって言うんだ?」
「ああ、百年に一人の美少女とか言われてるんだよ。しかも歌だって激うま」
「へぇ、そんなにすごい人なんだ?」
「ほら、これ。ネットでバズったレナちゃんの写真」
「確かに、そう言われてるのも納得かも。すごく可愛い人だね」
「歌って踊ってる最中の一枚なのにこの可愛さ、マジでヤバいよな。しかも、これで俺たちと同い年なんだから。あ~クラスにいてくれたらなぁ……」
悠真がそんな風に熱く語っているとき、コロコロと音をたてて、僕の足元に何かが転がってくる。
「悠真、ペン落とした?」
「いや、俺のじゃないぞ」
「そっか。ねぇ、水無月さん。このペンって水無月さんのだったりする?」
「…………っ、と……」
何か言いたげな様子で口を動かしていたけど、やっぱり水無月さんは喋ってくれない。
ただ、ペンの持ち主は水無月さんだったみたいだ。僕の手から取ると、すぐにそっぽを向いてしまった。
気づかないうちに、何か怒らせるようなことしちゃったかな……。
いつもとは様子が違う水無月さんのことが、その日はずっと気がかりだった。




