第43話 少しの油断
お昼を過ぎた教室の空気は、どことなく静かでどんよりとしていた。
きっと前の授業が影響しているのだろう。
さきほどまで体育の授業でしっかりと身体を動かしていたのもあってか、クラス全体が疲れ気味だったのだ。
かくいう僕も身体が重たくて、まぶたがくっつきそうなのを必死に耐えている。
周りを見れば、他にも睡魔と戦っている人は多そうだけど、それでも寝ている人は見当たらない。
多分、世界史の先生が厳しい人だから、みんなも必死に起きているんだろうなぁ。
話を聞いているようで、内容がちゃんと入ってきてる人はゼロに等しいと思う。
とにかく目をハッキリさせようと思って、ギラギラと太陽が照りつけている明るい窓の外を見たときだった。
────頬杖をついてうつらうつらしている、隣の席の水無月さんの姿が目に入る。
珍しいな、水無月さんが授業中に寝るなんて……。
「水無月さん……!」
「ん、んん……」
気持ち良さそうに寝ているところを起こすのは忍びないけど、見つかったら怒られちゃうだろうし。
小さな声で何度か呼び掛けると、水無月さんの意識も戻ってくる。
────ガチャッ。
かすかな物音だったからこそ、僕もそのときは気づかなかったけど……。
水無月さんが顔をあげてこちらを見た瞬間、授業中だということを忘れて固まってしまう。
「だいじょう……ぶ……?」
「……ええ。ありがとう」
「水無月、ここの空欄には何が入る?」
そんな僕の動揺にさらに追い討ちをかけるようにして、世界史の先生の声が割り込んでくる。
ただ、やっぱり目をつけられてたかと思うよりも……。
────僕の意識は、メガネが外れた水無月さんの顔に釘付けになっていた。
「水無月、体調悪かったりするか……?」
「……いえ、大丈夫ですけど」
「そうか……なら良いんだが……」
いつもと違うその姿に驚いているのは僕だけじゃないみたいで。
先生の言葉で気になって振り返ったクラスメイトの何人かも、水無月さんを見てざわついていた。
「み、水無月さん……。メガネ……」
「えっ? ……っ!」
僕がそう声をかけてようやく気づいたらしく、机の上に転がっていたメガネを慌ててかける水無月さん。
ちょっとしたざわめきは、授業が終わってからも収まることはなかった。
世界史の授業が終わり、帰りのホームルームまでの短い間でも一部の人たちの話題は水無月さんのこと。
「水無月さん、メガネ外すとめちゃくちゃ可愛いんだな……」
そういう悠真もこちらに振り返ってきて、ゴシップでも知ったみたいなテンション感で興奮している。
水無月さんは授業後からずっと席を外していて。だから余計に周りは遠慮なく騒ぎたてているのだろう。
「メガネしてても整ってる顔だと思うけど」
「そうなんだろうけどよ! でも、メガネをしてるときには見えてこなかった良さがあっただろ」
「僕にはいつも通りの水無月さんに見えたよ」
「いやいや。やっぱりマジでレナちゃんに似てるって!」
メガネをかけてようが外してようが、水無月さんは水無月さんだ。
どちらの姿でも僕は良いと思ったから、悠真の言葉には同意できない部分もあったけど……。
最後のその言葉だけは、心のなかでその通りだと感じた。
ただ、あれは似てるどころの話じゃない。
だって僕には、レナさん本人にしか見えなかったから。




