第38話 トークイベント ─ Side・レナ
迫田くんが席を外して、向かいの席には陽葵さんだけ。
正直、私はこれほど居心地が悪い瞬間はないと思った。
陽葵さんとは前に会ったことがあるとはいえ、時間は少しだったし。まともに話したのは今日が初めてなのに、いきなり二人きりはこの空気感になるに決まってる。
「ねえ、水無月ちゃんの名前……聞いてもいい?」
テーブルの間に流れる沈黙を破ったのは陽葵さんからだった。
お互いのことをあまり知らない間柄なら、ごくシンプルな質問。
でも、きっと陽葵さんは別の意図があっての質問だろう。
その意図を読み取ったうえで、私は陽葵さんの質問に答える。
「……玲奈です」
「偶然? なわけないか……」
「やっぱり気づかれてますよね……」
「あっ、安心して。晴輝にも言ってないし、他の人にも言ってない」
一瞬だけ緊張が走ったけれど、迫田くんに知られてないと分かっただけですぐにホッとする。
ただ、やっぱり私がこの前から懸念していた通り、陽葵さんには私の正体に気づかれていたみたいで。
もう無駄な言い訳もせずに、口調もいつも通りのものに戻す。
「完璧に変装してたと思うんですけど、よく気づきましたね?」
「う~ん、まあ表情がレナのときと同じだったし?」
「それ、迫田くんにも言われました……」
「えっ、あの子も気づいてるの!?」
「いえ。多分、まだそっくりさんだと思ってるみたいですけど。時間の問題ですかね……」
やっぱり私の表情って分かりやすいんだ。それとも姉弟だから目の付け所が一緒なのだろうか。
どちらにしても、私の溶け込む力はまだまだ改善点があることを思い知らされた。
「晴輝のこと、気になってる?」
「……っ! ど、どうしてですか?」
「あたしとは普通に話せてるのに、あの子と話すときはすごい固かったもん。嫌いじゃ休日に会わないだろうし。じゃあ、気になってるのかなって」
「……陽葵さんって鋭い人なんですね」
あまりにも的確すぎる分析に、私は思わず苦笑がこぼれてしまう。
自分がそんなに分かりやすい人間だったなんて……。どれだけ自己分析ができていなかったのか呆れそうになる。
「気になってはいます……。仲良くなりたいとも……」
「青春だねぇ。あっ、もしかして恋愛禁止だったり?」
「いえ、自由ですよ。誰も相手はいないですけど」
「そうなんだ!? みんなモテるだろうに……」
「あっ、今のは内緒で……」
「分かってるよ。あたしの口はそんな軽くないから」
私のことを迫田くんに伝えてない時点で、そこは信用している。
それに、陽葵さんにはなんだか本音で話せるから。
「でも、それならどうして固くなる必要があるの?」
「私の正体を知られたら、距離を置かないといけなくなるので……」
「あぁ、お互いに認知すると過度に仲良くするなんて難しいもんねぇ」
特定のファンの人と仲良くするなんて、いくらクラスメイトであっても難しいことで。
私がレナだと知ったら、きっと迫田くんの私を見る目だって変わるはず。
そうなると、本当の意味で仲良くなることだって出来ないと思う。
「でも、恋愛がオッケーなんだったら……。あたしが恋のキューピッドになってあげよっか?」
「恋の……。それは遠慮しておきます」
「ありゃ、もしや好きってわけじゃない?」
「好きですよ。でも、今の私に恋愛は向いてないので」
好きという言葉が、自分の口からすんなり出てきたことにはビックリした。
仲良くなりたいって思っているんだから、それが好きってことになるんだろうし。一般的に考えれば、その感情が恋愛にも繋がることではあるんだろうけど……。
迫田くんとそういう関係になりたいかと言われると、今は想像できなかった。
「私は休みがあるなら、好きな人と遊んだりするよりも、アイドルとして努力する時間に使いたいと思っちゃうんです」
「ストイックだなぁ……」
「あはは……。自分でもこんな考えで大丈夫かとは思いますけどね。でも、恋愛が時間の無駄だと思ってるうちは友達以上の関係は無理だなと」
「な、なんか恋の恨みでもあったりする……?」
「そんなのはないですって。今の私には、両立なんて器用なことは出来そうにないだけですよ」
今はアイドルに必要な技術をもっと伸ばしていきたいし、それが楽しいとも思っている。
出来ることなら、学校以外の全ての時間をリリアリのことに使いたいとさえ。
「だから、学校でよく話す友達……。今はそんな関係になりたいなって思ってるんです。私がレナだと知られないまま。完全にわがままなんですけどね……」
そう、私が望んでいるのはわがままで自分にだけ都合のいい希望だ。
レナだと正体を明かせば、すぐ話しかけてくれるようになるだろうし手っ取り早い手段でもあるはず。
それでも私は────隣の席の水無月玲奈として、迫田くんには接してほしかった。
「……あの子ならしばらくは気づかないと思うよ。それに────気づいても多分言わない」
「えっ……?」
「今から言うことはあたしの予想でしかないけど……。レナだと知って、変なこと考えるほど無神経な子じゃないと思うし。水無月ちゃんが正体を隠してるって気づいて、気を配れる子だと信じたい」
迫田くんのことを話す陽葵さんの目はまっすぐで。
私が惹かれた迫田くんの素敵なところは、きっとこのお姉さんから受け継いでいるんだろうなと。その表情を見て感じた。
「だから────水無月ちゃんらしさをもっと見せていいと思うよ」
いつもの朝の時間なら、水無月玲奈として振る舞っても迫田くんは受け入れてくれるだろうか。
今までだったら、そう考えるだけで行動には移せなかったけれど……。
陽葵さんの言葉を聞いて、頑張って声を出してみようかなと。どこか背中を押してもらえたような気がした。
「ありがとうごさいます」
「もし、あいつが水無月ちゃんの正体に気づいて言ってきたら、その場では誤魔化してあたしに言いな? すぐシバいて、そんなこと考えられないようにするからっ!」
「あはは……。じゃあ、本当に困ったときだけ頼らせてもらいます」
陽葵さんを頼るときがきたら、迫田くんの身の安全がちょっと心配だなぁ。
でも、心強い味方なのは間違いなかった。
「今日、あたしが話したかったのはそんな感じ。あっ、そうだ。えっと……ごめん! 一瞬だけ握手してもらってもいいですか?」
さっきまではすごく大人びていた陽葵さんだったのに、急にそわそわしだしたからなんだか微笑ましくなってきちゃう。
そういえば、陽葵さんもリリアリのファンだったよね。
今日はずっと、迫田くんのお姉さんとして私の相談に乗ってくれてたし────
そう思うと私はメガネを外して、陽葵さんだけに笑顔を見せる。
「ふふっ。いつも応援ありがとうございます!」
「おお……レナだ……!!」
「これも内緒ですからね?」
プライベートでこんなファンサービスなんてしたことないけれど。
今日くらいは良いかなと、陽葵さんの手をギュッと握った。




