第16話 振り回される感情 ─ Side・レナ
「やっぱり、水無月さんだよね?」
「さ、迫田くん……」
────リリアリのレナだとバレないように。
そのことばかり意識しすぎて、変装をした私を知っている人に会うことは想像していなかった。
「奇遇だねっ。ちょうど姉さんと買い物に来てて」
「そ、そうなんだ……」
あの、ライブ映像を迫田くんに勧めたお姉さんが……。
本能なのか、無意識のうちに警戒心が強くなってしまう。
ただ、周りを見ても迫田くんは一人みたいだし別行動でもしてるのかな。
「もしかして、水無月さんもリリアリのCDを?」
「へっ? えっと、そんな感じ……。迫田くんも……?」
「僕というか、姉さんが今レジで買ってるよ」
「そっか……」
迫田くん一人じゃなかったのかぁ……。
それでも買ってくれたのが嬉しくて、ついつい頬が緩みそうになる。
ある意味では私もリリアリのCDが目的ではあるけど、咄嗟に嘘をついてしまったし……。
なにより迫田くんの言い方だと、すぐにお姉さんも戻ってくるはず。
「買ってきたよ~。って、あら。あんたの友達?」
そんなことを考えていると、迫田くんの後ろから飄々とした声が聞こえてくる。
私よりも身長が高くて、迫田くんともほぼ変わらないスタイルの女性。
顔の雰囲気が似ていたから、すぐにこの人がお姉さんだって分かった。
いくら変装してるとはいえ、ここでルカさんとサクラコさんが来たら怖いなぁ……。
二人がもう少し遅れて来てくれますように……。
「あっ、姉さん。この間話したリリアリの曲を教えてくれた子だよ」
「ああ、レナの……」
迫田くん、家で私のこと話してくれてるんだ……。
嬉しさと同時に、レナのソロ曲をおすすめしたことまで知られてる恥ずかしさも襲ってくる。
「はじめまして、晴輝の姉です。いつも仲良くしてくれてありがとね」
「こ、こちらこそ。いつも迫田くんが話しかけてくれるので……」
「えっ……?」
ご丁寧に挨拶をしてくださったから、私も一瞬だけ目を合わせて。その後は頭を下げるように、うつむきがちにしたつもり。
ただ、その瞬間に迫田くんのお姉さんが動揺したのが私でも分かった。
「どうしたの、姉さん」
「は、晴輝……。あんた、この子と友達って言った?」
「友達……って水無月さんは思ってくれてるか分からないけど、席が隣なんだ。それでたまに話してて」
私は友達だと思ってるに決まってるじゃん。
むしろ、いつも無愛想にしちゃってるから迫田くんにはそう思われていないかと……。
本音を言いたい気持ちはあるけれど、今はそれどころじゃない。
私を見た瞬間、お姉さんの様子が明らかに変わったのだ。
ジッと見られているから、私は思わず目を逸らしてしまう。
「ね、姉さん。そんなに見すぎると失礼だよ」
「ああ、ごめんごめん……」
「水無月さん、ごめんね?」
「……ううん、大丈夫」
このときばかりは迫田くんが鈍感で良かったと思う。
でも、お姉さんと目を合わせるのはなんだか怖くて。どうやって切り抜けようか悩んでいると、予想外の反応が飛んできた。
「ん~まあ、あんたたちがそれでいいなら……。水無月ちゃん、晴輝と仲良くしてあげてっ!」
もしかして、まだ疑われてる段階なだけかな……。それとも私が心配しすぎてただけか……。
どちらにしても、核心をつく質問をされなくて良かったと私はホッとする。
「は、はい……」
「なんか、姉さんのほうが距離近くなってない?」
「あたしじゃ水無月ちゃんは落ち着かないよ。ねっ?」
「あ、あはは……」
いや、この反応は絶対にバレてそう感じだなぁ……。
今まで気づかれなかった分、少し油断が出てしまっていたのだろうか。
とにかく、私の本能はお姉さんへの警戒心が強まるばかりで。
迫田くんのお姉さんの観察眼がすさまじいことはよく分かった。
「あたしたちは、家でリリアリの新曲でも聴くとしましょっか~。水無月ちゃんは一人?」
「えっと、友達と来てるんです……」
「それなら、あたしたちはお邪魔だね。ほら晴輝、行くよ~」
「うん。水無月さん、また学校でね」
私は小さく頷いてから手を振って見送ると、深く一息つく。
なんとか乗り切れたけど、お姉さんは私の正体を迫田くんに話したりしないかな……。
ようやく一人になれたというのに、そんな不安が襲いかかってきて落ち着かなかった。
「レナちゃん可愛い~」
重苦しくなりつつあった私の心は、そんなふわふわした声が明るくしてくれる。
その場で動くことが出来ないでいると、駆け寄ってきたサクラコさんに、その勢いのまま抱きつかれてしまった。
「サクラコさん、ルナさん……」
「あんな顔も出来たんだね」
「もしかして、見てたんですか……?」
「うん。途中からだったけど、二人で話してるなぁって思って」
それはもうほぼ最初からですよ……。
ああ、迫田くんと初めて話してから、どんどんメンバーのみんなに恥ずかしい姿を見られていく。
ただ今は、来るには完璧すぎるタイミングに感謝して、私はサクラコさんを抱きしめ返した。




