29.町の朝
カウンターの席に座って、ボーッとしていると――扉が開いた。
「アカネ! おはようニャ!」
「チャルカ、おはよう」
「おいおい、俺には挨拶はなしか?」
「ニャはは、ハイドさんもおはようニャ」
「おう、おはよう」
元気いっぱいのチャルカが飛び込んできた途端、店の中が一気に明るくなる。私は席から立ち上がり、カウンターに座っていたハイドを両腕で抱き上げた。
「じゃあ、行こうか」
「はいニャ! 急いできたから、お腹がペコペコニャー!」
「俺もだ。とっとと行くぞ!」
私たちはわいわい騒ぎながら店を出て、通りを歩き始めた。
朝の町は思った以上に人通りが多い。店先で掃除をしている人、荷車を引いている人、客を呼び込む声。通りを行き交う人々の足取りは軽く、朝の活気が溢れていた。
石畳の上を、パンを抱えた子どもが走り抜けていき、すれ違う人々が笑い合う。漂ってくるのは焼きたてのパンの香りや、香草を煮込んだスープの匂い。異世界の朝は、日本とは違った賑やかさに満ちていた。
「すごい……朝からこんなに活気があるなんて!」
「朝になると、みんなが行動を始めるニャ。だから、こんなにも賑やかなんだニャ」
「屋台はまだか? 腹が限界だぞ!」
しばらく進むと、道の先に鮮やかな布で飾られた屋台がずらりと並んでいるのが見えてきた。人だかりのざわめき、鉄板で何かを焼く音、香ばしい匂い――。
そこはまるで市場のように大勢の人でごった返し、笑い声と呼び声が絶え間なく響いていた。
「わぁ……! 本当に屋台がたくさん並んでる!」
「ニャっはは、どこから回るか迷うニャ!」
「よし、全部食べ尽くしてやる!」
胸が高鳴りながら、私たちは人波の中へと足を踏み入れた。
「わぁ……いい匂い」
「肉を焼いてるニャ! ほら、串に刺さってるやつ!」
チャルカが目を輝かせて指さす先では、炭火の上で大きな肉の塊がじゅうじゅうと音を立てていた。店主が手際よく切り分け、串に刺して客へと渡していく。
少し進めば、今度は甘い香り。
「パンケーキみたいなの焼いてるぞ」
「ほんとだ。表面がこんがりで……中はふわふわしてそう」
鉄板の上で小麦粉の生地がぷくりと膨らみ、蜂蜜をたっぷりかけて客に渡される光景に、私のお腹も思わず鳴りそうになる。
さらにその隣では、香辛料の効いたスープが大鍋で煮込まれていた。赤く染まった汁の中で野菜や豆がぐつぐつと踊っている。
「ニャ~……どれも食べたいニャ」
「俺もだ。朝から誘惑が多すぎるな」
「ふふ……でも、今日は星見亭で食べるんだから」
そう言いつつも、三人そろって屋台を横目で眺めながら歩いていく。すると、声が聞こえてきた。
「さぁ、捕れたて新鮮なパカニウムはどうだい? カラッと揚げて、ジュワッとタレに浸して、シャキっとした野菜を挟むよ!」
聞き慣れない名前に首をかしげ、そちらへ目を向ける。そこは魚屋台で、台の上には綺麗に下ろされた白身魚がずらりと並んでいた。鱗はすでに取り除かれ、透き通るような身が朝日を受けて輝いている。
「あそこはどう? 揚げた魚を挟んでくれるみたい」
「魚ニャ!?」
「魚!」
二人が同時に目を輝かせ、勢いよく飛びつくように屋台へ向かう。屋台の主のおじさんが、笑顔で手を振った。
「よっ、お嬢ちゃんたち! どうだい、名物パカニウムフライの挟みパン!」
「パカニウムって、どんな魚なんですか? 初めて聞きました」
「こいつはな、火を通すとふっくら膨らんで、臭みがなく上品な油が染み出すんだ。身が厚くて柔らかいから、食べ応えは十分だぞ!」
説明を聞けば聞くほど、香ばしい匂いと相まって、口の中に唾が溜まっていく。ちらりと隣を見ると、チャルカとハイドは完全に目を奪われていた。
「……三つください!」
「はいよ!」
威勢のいい返事とともに、おじさんは衣をまとった魚を油へ投入。じゅわっと弾ける音が耳をくすぐり、香ばしい匂いが一気に広がった。
数分後、黄金色に揚がったパカニウムをタレにくぐらせ、リーフレタスを敷いたパンへ。さらに細切れの野菜と白いソースが合わさった物を惜しみなく重ね、最後にパンでぎゅっと挟み込む。
「はいよ! お待ちどうさん! そこのスペース使っていいから、ゆっくり食っていきな!」
包み紙にくるまれたボリューム満点の挟みパンを受け取る。隣の簡易テーブルに三人で移動し、腰を落ち着けた。
「美味しそうニャ~! もう我慢できないニャ! いただきますニャ!」
「「いただきます!」」
勢いよくかぶりつくと、サクッと衣が崩れ、ふわりと柔らかな身が舌に乗った。揚げたての熱がじんわりと広がり、噛むたびにジューシーな旨味が口いっぱいに溢れていく。
「……っ! 全然臭みがない! 衣の香ばしさと、魚のふっくら感がぴったりだよ!」
「タレも最高ニャ! しょっぱいのに、ほんのり酸っぱくて……どんどん食べたくなるニャ!」
「この白いソースが絡んだ野菜もいいな! 濃厚でパンチがあるのに、シャキシャキで口が飽きない!」
三人同時に夢中でかぶりつき、頬をいっぱいに膨らませながら笑みをこぼす。ソースが口元につこうがお構いなしで、次の一口へと手を伸ばした。
「はぁ~……幸せニャ~」
「こんなに美味しい朝ごはん、久しぶりだね」
「おいおい、もう半分なくなっちまったぞ。……でも止まらん!」
通りの喧騒に包まれながら、三人だけの小さな食卓は笑い声と幸福感で満ちていた。




