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35歳、年下御曹司に本気で溺愛されていました  作者: 真夜中


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33/35

終結


光莉は、何も言えなかった。

喉の奥が熱い。


怖かったはずなのに。

逃げたかったはずなのに。

今は、胸の奥が、違う意味でいっぱいだった。


蓮の手が、まだ自分を包んでいる。

強引じゃない。


でも、“絶対に離さない”という意思だけは、痛いほど伝わってきた。


圭介が、二人を見たまま、ゆっくり息を吐く。


「……意味分かんねえ」


笑うみたいに言う。


でも、その声には、もう最初みたいな余裕はなかった。


「お前らの昔話なんか、聞いてねぇよ」


蓮は、静かに言葉を続けた。


「俺、あの日、多分人生で初めて、

 “誰かに助けてもらった”って思ったんです」


光莉の目が揺れる。


「怖かったはずなのに、

 見ず知らずの俺を助けるために、光莉さんは逃げなかったから」


雨の中。


震えながら、それでも自分の前に立った女性。

大人なのに、全然強そうじゃなくて。


それでも、必死に止めようとしてくれた。

——忘れられるわけがなかった。


「だから、また会えた時、すぐ分かりました」


光莉の指先が、小さく震える。


「でも、あなたは全然覚えてなくて」


少しだけ、拗ねたみたいに笑う蓮。

こんな状況なのに、その顔があまりにも切なそうで。

光莉の涙が、また溢れた。


「……ごめんなさい」

「謝らないでください」

すぐに返ってくる。


「覚えてなくても、俺には会えたこと自体が勝手に嬉しかったので」


その空気に、圭介が耐えきれなくなったみたいに、舌打ちした。


「……気持ち悪っ」

低く吐き捨てる。


「何?運命でした、みたいな話?」


蓮の表情から、すっと温度が消える。


「あなたには、関係ありません」


圭介が笑う。

でも、その笑いは空っぽだった。

壊れかけみたいに、乾いていた。


蓮は、光莉の手をゆっくり離す。


「光莉さん、先に車へ戻っててください」


「……え」


光莉が顔を上げる。

蓮は静かに微笑んだ。

でも、その目だけは笑っていない。


「大丈夫ですから」


圭介が、面白そうに目を細める。


「何?かっこつけてんの?

 俺とやる気?」


蓮は答えない。


ただ、真っ直ぐ圭介を見る。


その視線に、圭介の笑みが、少しずつ消えていった。


昔、路地裏で蹲っていた、細くて小さかった高校生。

殴られても、睨み返すことしかできなかった少年。


——でも、今は違う。


蓮は、静かにネクタイを外した。

それを見た瞬間、光莉の胸が大きく脈打つ。


「蓮さん……!」


止めなきゃと思うのに、足が動かない。


蓮は、シャツの袖を一度だけ折った。


「一つだけ言っておきます」


低い声。


「もう二度と、光莉さんに近づかないでください」


圭介が嘲笑う。


「断ったら?」


次の瞬間。

圭介が先に動いた。


拳が振り上がる。


——でも。

蓮は避けた。


最小限の動きで、圭介の腕を掴む。


「やめて!!」


光莉の叫びが響く。


そのまま、蓮の拳が振られる。

圭介は反射的に目を閉じた。


けれど。


殴ったのは、顔のすぐ横の壁だった。

鈍い音が響く。


「っ……!」


圭介の肩が跳ねる。


蓮は、静かに息を吐いた。


「昔は、殴られてばっかりでした」

感情を抑えた声。


「でも、あの日から、守れないのが嫌だった」


光莉の胸が、強く締めつけられる。


「だから鍛えました」


短い言葉。


でも、その重さが痛いほど伝わる。


圭介が、苛立ったように舌打ちする。

再び殴りかかってきた。


蓮は、真正面から拳を掴み受け止めた。


その瞬間、圭介の表情がまた歪む。


力で負けている。

それを、理解してしまった顔だった。


蓮は、圭介を真っ直ぐ見ながら言う。


「あなた、怖かったんですよね」


「……は?」


「光莉さんが、自分なしで幸せになるのが」


図星だった。

圭介の顔が、目に見えて歪む。


「だから閉じ込めた。でも、それは“好き”じゃない」


「知ったような口きくな!!」


叫ぶような声。


蓮は、一歩も引かない。


「俺は」

はっきりと告げる。


「この人が怖がること、もう二度としたくないんです」


圭介の呼吸が荒くなる。

視線の先。


少し離れた場所で、秘書に支えられながら、

不安そうにこちらを見る光莉。


でも、その目にはもう、昔みたいな情は残っていなかった。


あるのは、恐怖と。


——決別。


それを見た瞬間。


圭介の肩から、力が抜けた。


「……くそ」


掠れた声。

負けた。

完全に。


自分で捨てた光莉を失ったことを、ようやく理解した。


「……もういい。失せろ」


投げるみたいに言う。


その声には、怒りも執着も、疲れたように混ざっていた。


蓮は、しばらく圭介を見ていた。

本当に、もう追ってこないか。

光莉へ、危害を加えないか。


確認するみたいに。



「行きましょう」

そして、蓮は小さく言って、光莉の肩をそっと抱く。


光莉は、一瞬だけ圭介を見た。


昔、好きだった人。

幸せになりたかった人。


でも。もう戻れない。

戻っちゃいけない。


圭介は、その視線から逃げるように、顔を逸らした。


「……二度と来んな」

それだけだった。


蓮は、何も返さない。


ただ、光莉を連れて、車に戻った。


車に着いた瞬間。


冷たい夜風が、頬に触れる。

その瞬間。

やっと終わったと実感した光莉。


「……っ」


光莉の足から、力が抜ける。

倒れかけた身体を、蓮がすぐ抱き留めた。


「大丈夫です」


優しい声。


「もう終わりました、安心してください」


その言葉で。光莉は初めて、本当に助かったんだと思った。

涙が止まらない。


蓮のスーツを掴む手に、さらに力が入る。


蓮は、そんな光莉を見て、苦しそうに眉を寄せた。


「……怖かったですよね」


光莉は、何度も首を横に振る。


「ごめんなさい……

 私のせいで……」


「違います」


少し強めに、蓮が遮った。


そして。光莉の頬に触れる。


壊れ物に触るみたいに、そっと。


「あなたは、ちゃんと逃げようとしました、

 一人で頑張った」


その言葉に、光莉の瞳が揺れる。

誰にも頼れないと思ってた。

迷惑をかけるだけだと思ってた。


でも蓮はこんな私を離さなかった。

ただ、見つけられたことを、心から安堵している顔をしていた。


「……迎えに来るの、遅くなってすみません」


その一言で。

光莉は、とうとう声を上げて泣いた。


蓮は何も言わず、ただ静かに、光莉を抱きしめる。


まるで。


——失くしかけた宝物を、もう二度と離さないみたいに。




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