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聖女らしきものたちの暗躍  作者: お伝


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それぞれの報い(セルジュ)

呆然自失の体で別邸から本邸に連れ戻されたセルジュは、車椅子に座って玄関ホールで待ち構えていた父の前ブノワ侯爵の前に跪かされた。

その顔に投げつけられた、侯爵位譲渡の書類にサインをするように言われたセルジュは、床に散らばったその書類を破り捨てると、大声で笑いだした。


「ああ、これで解放される。搾取子の私と愛玩子のオーギュスト、見事に育てた通りの結末になりましたよ。これで満足ですか父上」


笑いの止まらないセルジュを、激高したブノワ侯爵は傍らの杖で強かに打ち据えた。

何度打ち据えてもセルジュは自身の体を抱えるように蹲り、笑うのを止めなかった。


「私には完璧を求め望むものを全て奪う。オーギュストには望むものを全て与えて自我を奪う。私から奪ってオーギュストに与えるのが物だけならよかった。執着心など幼い頃に捨ててしまったんだ。でもエレノアだけは許せなかった。あの時、私は初めてオーギュストを憎んだ」


「何を言うか! 当主同志が結ばれる訳がなかろう! それにお前には婚約者がいるではないか!」


「だから諦めていたた。ノートン家にとって有益で、私から見ても、彼女を幸せにしてくれるだろう優秀で優しい令息は他に沢山いたんだ。エレノアが幸せならそれで良いと言い聞かせていた。それなのに、あなたは私の気持ちを知っていながらオーギュストをねじ込んだんだ。あいつにエレノアを幸せにできるはずなどなかった。実際、離れに住んでいる愛らしい従姉がいると吹き込んだら、のこのこと理由を付けて自分から会いに行ったんだ。そればかりかあの性悪の嘘にすっかり騙されて、不遇な令嬢を救い出す英雄気取りで自分に酔っていた。最初はエレノアを貶める噂を流す二人を始末してしまおうとさえ思ったよ。でも、これを利用すれば、エレノアを自分だけのものにできると思いついてしまったんだ。それからはもう自分を止める事が出来なくなってしまった」


その言葉に、ブノワ前公爵は絶句した。まさか、カミーユの存在を知らせて焚きつけたのがセルジュだったとは。彼は、あの時カミーユの存在をオーギュストに知らせなかった事を改めて悔いた。


杖を振るう腕が止まった父を見上げたセルジュの目は、地の底から見つめるような暗さを纏っていた。


「後悔する点が間違っていますよ父上。あいつは元々頭は悪くない。なのに、自分で考える術を奪ったのはあなただ。「お前は何もしなくて良い。助言してくれる者の言う通りに動けば間違いない」そう言って、人を疑うことさえも封じた。あの性悪どもでなくとも、いずれ誰かに良い様に利用されてエレノアとノートン子爵家を破滅させていたでしょう」


指摘と共に息子の暗い目に睨み上げられたブノワ前公爵が、再び杖を振り上げた時、セルジュは目を逸らさずに低い声を絞り出した。


「私は、婚約者を押し付けて恋人と駆け落ちした、あなたの兄ではありませんよ」


それを聞いて頭に血を上らせたブノワ前公爵が振り下ろした杖が、セルジュのこめかみを直撃した。

こめかみから血を滴らせた姿に侍従が駆け寄ったが、セルジュはそれを制して続けた。


「オーギュストが生まれてからしばらくして、私と母上をあからさまに敵視するようになった理由が子供の私にはどうしても分からなかった。だから、あなたに認められようと私は必死で努力をした。けど、何をしてもダメだった。でも、私が成人した時に、離縁して出て行く母上に聞かされてようやく腑に落ちた。あなたは、思い通りにならなかった伯父上への復讐を「兄」の立場である私に行っているんだってね」


セルジュは血が止まらないこめかみを押さえ、ふらつく体を支えるように床に手を付き、顔を真っ赤にしてわなわなと震える父を見据えてなおも続けた。


「あなたは伯父上の物は何でも欲しがっていたそうですね。そして祖父もそれを許していた。あなたは伯父上に恋人がいる事を知ると、彼女を自分の婚約者にしようとしたんでしょう? あなたに甘かった祖父は、伯父上と恋人を引き離すために伯父上の婚約者を決め、それを知った二人は全てを捨てて駆け落ちしてしまった」


真っ白な顔色のセルジュは、力なく笑い声を上げた。


「あなたは伯父上の恋人が好きなわけじゃなかった。ただ、伯父上から奪って悔しがる顔を見たいだけだった。そんな下らない理由で、突然伯父上の婚約者になったと思ったら、その婚約者に駆け落ちされて評判を地に落とされた挙句、今度は義弟になるはずだったあなたと強制的に結婚させられてしまうだなんて、母上にとってはいい迷惑ですよ。まあ、今はやっと思い人と一緒になれて幸せそうですがね」


半身を血で染め、肩で息をするセルジュを見かねた侍従が、体を支えようとするのを押しとどめた。


「ブノワ侯爵位は、1週間後に従弟に譲渡されるよう手続きをしています。もうあなたの出る幕なんかありませんよ。それに、婚約者には想い合っている令息がいるんです。だから、慰謝料を払ってその令息と一緒になれるように話を付けています。しばらく前に婚約は破棄していますから、今回の事で先方から文句はこないでしょう」


そう言って床に倒れ込んだセルジュは、侍従と使用人たちに抱えられて運ばれた。

運ばれるセルジュを、怒りで赤黒くなった顔でぶるぶると震えながら睨み付けるブノワ前侯爵に、顔を向けたセルジュは、力を振り絞るように言葉を掛けた。


「「弟」に想い人を取られて悔しがる「兄」の姿が見られず、残念でしたね」


車椅子から落ちそうな勢いで掴みかかろうとしたブノワ前侯爵を、執事や周囲の使用人が取り押さえた。


「貴様に何が分かるっ!」


そう言われ、セルジュはふと、自虐的な笑みを漏らした。


「分かりますよ。私たちはそっくりですから。絶望する程にね」


そう言い終わると意識が遠のいたセルジュを、侍従と使用人が急いでセルジュを部屋に運び込んだ。

血で汚れた衣服を脱がせて楽な服に着替えさせ、血が止まらないこめかみにタオルを押し当てて寝台に寝かせている所へ、知らせを受けた医師が飛び込んで来た。

傷口を縫い合わせ、止血はしたものの、血を失いすぎていた。


夜半過ぎ、側に付いていた医師と侍従は、目を開けて虚空を見つめたセルジュが呟いているのを耳にした。


「これで父上は子殺しで幽閉だ。息子二人の人生を弄んだ罰だ」


「エレノアに詫びに行きたいけど、怖がらせたし嫌われたから会ってくれないだろうな……。聖女になったエレノアには、女神様に頼んで謝ってもらおう」


「独善に走ってエレノアの気持ちも考えず……。これじゃ大嫌いな父上と同じじゃないか。ああ、嫌になる……。本当にごめん……」


「母上に譲られたあの別邸から見える夕暮れの運河は、オレンジ色に輝いて本当に美しいんだ。あの家で、エレノアと二人で暮らす夢を見てしまった……」


暫くぽつぽつと呟いた後、少し水を飲ませると、また目を閉じて眠ったようだ。



◆◆◆

耳元で誰かの声がする。


「エレノア様は、これから新しい人生を歩んで行かれます」


目が開けられないから声の主が誰だか分からない。

もしかすると、私の願望が作り出した幻聴かもしれない。

それでも良い。エレノアが生きて居るなら伝えて欲しい。

唇を微かに戦慄かせ、呟いた。


エレノア、本当にごめん。

どうか、幸せになって。


エレノア……。




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