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聖女らしきものたちの暗躍  作者: お伝


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30/32

消えた恩恵

鐘の音は告げる。

恩を仇で返す報いを思い知れと。


王都の一角。ノートン商会のある通りは、両側に20件ほどの商店や商会が並んでいる。通りには石畳が敷かれ、街路樹や歩道の花壇、ベンチなどが整備されており、王都の中で最も美しい通りの一つとして名を馳せていた。


中央礼拝堂の大鐘が鳴り響き、聖女が召されたと大騒ぎになった日から一夜が明けた。

朝日が顔を出すと共に、鶴嘴や大槌、鳶口や斧などを持った数百人の作業員が通りにやって来た。その全員が大きな麻袋や縄を手にしている。

何事かと窓から顔を出す人々に、「あばずれ」とペンキで大きく書かれたノートン商会の扉の前で、貼られた貼り紙の一枚を剥がして眺めているノートン子爵の姿が目に飛び込んで来た。


通りの人々は、ノートン子爵令嬢のエレノアが聖女として女神様に召されたという噂を、どこか他人事として聞いていた。そして、心配の言葉を口にしながらも、内心ではもう戻ることはないと思っていたノートン子爵の姿を目の当たりにして戦慄した。


自分たちはエレノアに対して、一体何をしたのか。



◆◆◆

30年ほど前にノートン家がこの地に商会を構えた頃、この通りは商店や商会の並ぶごく普通の通りだった。外国からやって来たノートン家は、最初周囲に遠巻きにされながらも積極的に交流を図り、長年街のために尽力してきた。

店を構えてすぐ、あれよあれよという間に男爵となり、子爵に陞爵したノートン家は、平民の商人たちの集まりだったこの通りの格を一気に引き上げた。

客層の変化に伴い、馬車でやって来る客が増えた事で、雨が降ればぬかるんでいた土の道は石が敷かれ、歩道を整備する事で、ノートン商会を訪れた客が他の店を見て回ることが増え、周囲の店の売り上げにも大いに貢献する事となったのだ。


そして、その後の街の整備と維持管理に加え、毎日通りを清掃する人員の費用のすべてはノートン子爵家の予算から賄われていた。

当初、ノートン家の貢献に対して通りの人々はとても感謝していた。しかし、徐々に代替わりも進み、長年無償で齎された恩恵に徐々に感謝の心が薄れてしまっていた。

そんな中で起こったのが、ノートン子爵の消息不明の知らせだった。商売は水物であり盛衰は致し方ない。周囲はノートン商会の縮小を静かに見守っていただけだった。


そして、聞こえて来たエレノアの醜聞に、一番激しく反応したのは、この通りの人々だった。そんな恥知らずな人間がいれば、この通り全体が同じように見られてしまう。品格のあるこの通りに、エレノアは相応しくない。一刻も早く追い出して以前の穏やかな通りに戻さなければならないと考えた彼らは、エレノアがノートン商会に居ると知るや否や、排斥のための行動に出た。


長年この通りに貢献し、エレノアが幼い頃から通りの人々とは良い関係が築けていると信じていたからこそ、何かあった時の避難場所と決めていたのだ。助けてくれとは言わない。ただそっとしておいてくれるだけで良かった。

それが、帰国して見れば、この国の何処よりも激しく迫害されていた。

昨日、帰宅途中に立ち寄って商会の惨状を目にした時、ノートン子爵は落胆と共に激しい怒りが湧いて来た。

もうこの国に未練などない。その場で全てを無に帰してこの国を去る事を決めたのだ。

昨日、イザベラを通じて爵位返上の手続きは済ませたし、商会と邸の土地はファルマ公爵家が買い上げてくれた。


さあ、始めよう。


作業員達に声を掛けようと振り返ると、彼らをかき分けて、顔色を悪くした向かいの商会の会長が目の前にやって来た。


「ノートン子爵様、無事のご帰還何よりでございます。それで、彼らは一体……」


揉み手をせんばかりの様子で周囲を見渡しているこの男は、この通りではノートン商会に次ぐ店舗の商会長だ。


「君たちを清々させるために出て行くのだが?」


それを聞いて更に顔色を悪くし、上目遣いになった男が続けた。


「いえ……、私たちは、てっきり養女のカミーユ様と婿のオーギュスト様が商会を再開するものだと……」

「我が家には養女などおらん!」


男の言葉を遮り、ノートン子爵は手にした斧を振り上げ、忌々しい言葉で汚された扉に思いきり振り下ろした。男と後ろに立っていた通りの人々は扉に深々と食い込んだ斧を見て震え上がり、縋るように弁明しようと声を掛けた。


「私たちは、ただ……」

「邪魔者は消え去るのみだ」


言葉を遮り、畳みかけるように言葉を発したノートン子爵の威厳に圧され、通りの人々は押し黙った。

彼らに背を向けたノートン子爵は振り返って作業員たちに告げた。


「契約通り、我が商会の建物と石畳、歩道と街路樹は全て撤去してくれ! ベンチや家具、ガラス窓など全て好きなように持って行ってくれて構わない。さあ、始めてくれ!」


その言葉とともに、作業員たちは一斉に作業に取り掛かった。

石畳が離されるのを見た通りの人々は、慌ててノートン子爵に詰め寄った。


「石畳や街路樹は我々の物だ! 勝手に撤去するなど許されない! すぐにやめるんだ!」


その言葉に、ノートン子爵は口の端を上げて睥睨した。


「自分たちの物とは、勘違いも甚だしい。この通りの石畳も街路樹も歩道も、全て我がノートン家が金を出して整備したものだ。長年に渡り定期的に行ってきた整備や毎日の清掃も我がノートン家が予算を組んで管理してきた。もちろん、我が家が勝手にやった事だ。出て行くなら全て撤去するのが筋と言うものだ」


そう言って彼らに背を向け、馬車に乗り込んだ。

ノートン商会の建物が撤去された敷地には、晒台が設置される事が決まっている。そこでは、ノートン子爵家簒奪とエレノア嬢に対する迫害の罪により、頬に簒奪者の焼き印を押されたアンとファニー、カミーユとオーギュストが鎖に繋がれて晒される。


晒し刑では、石や泥だけでなく、腐った食べ物や汚物も投げつけられることが多い。

あの通りは、犯罪者を見物に来た多くの人々でさぞ賑わうことだろう。

悪臭の漂う中、訪れる多くの人々相手に商機を見いだせるような、商魂逞しい者は果たしてどれだけいるだろうか。


ノートン子爵は振り返ることなくかつての商会のあった場所から立ち去った。


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