それぞれの報い(カミーユ)
鐘の音は告げる。
卑怯者には容赦はしない。
ノートン子爵の帰還の日、邸の牢に連れて行かれた5人は、男女に分けて収監されていた。
オーギュストは収監以来、一言も口を利かずに簡素な寝台に腰かけてずっとうつむいたままだった。
一緒に入れられている自称家令は格子の前で「知らなかった」「騙された」と看守に訴えかけていたが、1日で諦めたようだ。
ファニーは寝台の上に蹲ってずっとすすり泣いており、アンとカミーユは、格子に手を掛け、二人揃って看守に無視されても懲りずに騒いでいる。
次の日の朝、騎士団員たちが牢にやって来て逮捕状を掲げた。
「ノートン子爵の訴えにより、爵位簒奪を企てた平民、ファニー、アン、カミーユ、オーギュストの4名は、これより騎士団にて余罪を含めて取り調べを行う。使用人の男については、貴族令嬢への暴行の罪で鞭打ちの後に王都追放を即日行う。連行しろ」
アンとカミーユは、その言葉とともに牢に入って来た騎士たちに抵抗して騒ぎ立てた。
「私を誰だと思っているの! 子爵夫人の姉よ! その手を放しなさい!」
「触らないで! 私は侯爵令息の妻よ! 下がりなさい!」
あまりに煩く暴れるため、二人は口も塞がれて縛り上げられ、牢から引きずり出された。
牢の外に停められた罪人用の荷馬車の側にノートン子爵が立っている、その姿を見たファニーが、涙声で訴え始めた。
「旦那様! どうか助けて下さい! 全部誤解で……」
「昨日の中央礼拝堂の鐘の音は牢に居ても聞こえただろう。エレノアが聖女として女神様に召された」
捕縛された全員が目を瞠り、驚いた顔でノートン子爵を見つめた。
「言い伝えは知っているだろう。「寄る辺ない無辜の乙女の清らかな祈りにのみ開かれる女神の扉」その扉が、エレノアのために開かれた。それにより、お前たちのまき散らした忌まわしく醜悪な噂は全て嘘だと、王都中の人間が知っている」
ノートン子爵はオーギュストの前に立った。
「きっかけはお前の兄のセルジュ殿だ。彼は父のブノワ前侯爵の手に掛って今は重篤な状態らしい。やり方は非常に悪手だったし褒められたものではなかったが、彼なりにエレノアを助けようとしてくれた結果だ」
呆然とその話を聞いていたオーギュストは、呟くように聞いた。
「家は、ブノワ侯爵家はどうなりますか」
「セルジュ殿はお父上の前ブノワ侯爵から、昨日付けで爵位を継承したのだが、自身は繋ぎとして、1週間後に傍系の従弟殿に爵位継承の手続きを合わせて済ませていた。表向きはお前と父親の愚行を止めて侯爵位と領地を守るためだったという発表になるようだ。凶行に及んだ前侯爵は領地で幽閉が決まった。暫く醜聞は付きまとうだろうが、侯爵位は問題なく傍系に移るようだ」
「そうですか、兄上が……」
そう返事をして項垂れたオーギュストも、無造作に荷馬車に乗せられた。
ノートン子爵は騎士団員たちに一礼したあと、荷馬車に乗った一行に顔を向けて心底蔑んだ顔を向けた。
「誰一人、エレノアに謝罪はないようだ」
その言葉を聞いてハッとしたように身を乗り出そうとした者たちに、彼は声を被せて続けた。
「今更謝った所で、唯一謝罪を受け取る権利のあるエレノアはもういないのだ。お前たちの罪は、未来永劫許される事はない」
その言葉とともに、馬車は出発した。
◆◆◆
連れてこられた騎士団の牢は男女に分かれており、女囚の牢は監視や牢番も女性騎士だった。証拠は全てノートン子爵家から提出されているため疑いの余地はないとされた。
収監されて縄が解かれたと同時に、アンとファニーは罵り合いを始めた。
「アンが言う通りにしろというから従ったのよ。そうすれば間違いないって言ったじゃない! 私が子爵夫人じゃなくなったのは全部アンのせいだわ!」
「人のせいにしないでよ! 何よ、偉そうに! 子爵夫人の仕事なんて何にもできないから助けてあげてただけじゃない!」
「母娘揃って見栄っ張りで嘘ばっかり! 旦那様から養女だなんて2度と口にするなって言われていたのに、また嘘をまき散らして。そんなだから夫に捨てられるのよ! 身の程を知れって、フットマンにも散々いわれてたでしょう! 本当に、あなたたちの嘘にはもううんざりよ! 嘘吐き! あばずれはカミーユの方じゃない! この、恥知らず!」
「夫に捨てられたのはファニーも同じじゃない! 顔だけ良くても頭の中は空っぽだものね! 呆れられるのも当然だわ! あなたみたいなのをなんていうか知ってる? バカって言うのよ!」
女性騎士たちは、女性同士の罵り合いに慣れていたようで、うんざりした様子で眺めていたが、とうとうファニーがアンの髪を引っ張った事でつかみ合いになってしまったので、仕方なくファニーは隣の房に入れられた。
そこの寝台に蹲って、ずっとこちらを睨みながら、呪いの様に「嘘吐き、あばずれ」と言い続けている。
アンとファニーにはもう話が通じないと判断した女性騎士は、カミーユに罪状の認否を求めた。
「ノートン子爵が消息不明になった事に乗じて、当主代理のエレノア嬢を貶める事実無根の噂を垂れ流し、婚約者を寝取ったばかりか、養女になると言う虚偽の情報を吹聴して爵位簒奪を計画した。罪状に間違いないな」
その問いに、胸の前で手を組んで涙ぐんだカミーユが口を開こうとした途端、一瞥もくれずに畳みかけられた。
「証拠は全て揃っているから疑いの余地はない。それから、その男に媚びるような愚かしい演技はここでは通用しない」
目も上げずに書類をめくっている女性騎士に、カミーユは食って掛かった。
「私を誰だと思っているの? 私は、ブノワ侯爵令息の妻なのよ! 何よ、証拠、証拠って! エレノアが体を売っていた証拠ならこっちにだってあるわ! オーギュスト様と一緒に、エレノアが娼館のある路地に入って行くのを見たんだから! ウサギの看板の娼館よ! さっさと夫に確認して私を開放しなさい!」
カミーユを無視して、目の前の女性騎士は机に順番に資料を並べ、羽ペンを目の前に置いて、トントンとサインの場所を指定された。
「収監されているオーギュストは、エレノア嬢へ冤罪を掛けて貶めた罪で、既にブノワ侯爵家から廃嫡されて平民だ。それから、お前が娼館だと言ったウサギの看板が掛った店は娼館ではない。その路地の奥は行き止まりで娼館はおろか、他に店などない。それはオーギュスト自身が確認したと証言している。周辺にはウサギの看板の娼館など何処にもない」
女性騎士はそう言いながら、もう一度サインの場所をトントンと指示した。
「虚偽の発言は更に罪を重ねて罪が重くなる。既に決まっている刑の期間が長くなるだけだ。我々もくだらない嘘に付き合っている暇はない。さっさとサインをしてくれ」
その言葉に、カミーユと共に血の気を無くしたアンとファニーも女性騎士に注目した。
その視線を受けた彼女は、カミーユに羽ペンを差し出した。ペンを手に取ったカミーユが震える手でサインした書類を確かめ、手渡された女性騎士が部屋を出て行くと、彼女はその場に立ち上がって刑を告げた。
「明日の朝、頬に簒奪者の焼き印が押される。その後、ノートン商会のあった場所に設置された晒し台で2週間晒された後、国外追放だ」
そう告げられた3人は、驚愕に顔を歪めて泣き崩れ、声の限りに叫び始めた。
その声を背に、女性騎士は半地下になっている牢を後にした。
地上に出て扉を閉じれば、もう囚人たちの声は何処にも届かない。
◆◆◆
ファニーの白く柔らかい頬に焼き鏝が当てられ、くぐもった叫び声と共に辺りに嫌な臭いが充満する。
思わず目を瞑ったカミーユも、暴れたり騒いだりしないように縄を掛けられ、口には猿轡がかまされている。
母のアンが次に押さえつけられ、頬の同じ位置に焼き鏝が押し付けられた。母と叔母の泣き声を聞きながら、最後にカミーユが押さえつけられ、頬に焼き鏝が当てられた。あまりの痛みに気を失いかけたが、簡単な手当として消毒液を掛けられた新たな痛みが気付けとなってしまったのだ。気を失った方がどれだけましだっただろう。その夜は痛みに苦しみ、一睡もできなかった。
痛みと戦う暗闇の中、カミーユは悔しさで身を震わせていた。
ノートン商会のあったあの美しい通りの近くには、カミーユが通っていた女学校がある。
学校に通う年になった時、アンからいずれはノートン子爵家の養女になるのだと聞かされていたカミーユは、貴族学園へ入るものだと信じて疑っていなかった。
しかし、貴族学園への入学について父に話すと、ひどい剣幕で叱られたのだ。
「アンは、まだそんなことを言っているのか! 良いか、お前はノートン子爵家の養女になどなれはしないんだ。こんなことが旦那様のお耳に入ったら、解雇されて追い出されてしまうんだぞ。2度とそんな事を口にしてはいけない」
それから父と母は険悪になり、カミーユは母と共に離れで暮らすようになり、父とはそれ以来、会うことがなくなった。
母は相変わらずノートン家の養女になるのだと言い続け、何よりも、叔母が否定しなかった事で、やはり自分は養女になるのだと思っていた。
しかし、いよいよ入学準備が始まる頃、貴族学園の費用を見て驚いた。フットマンの父の給金の何倍もの金額が必要だったのだ。
母は、叔母が費用の負担をしてくれるから心配ないと言っていたが、結局、叔母の予算の範囲内で行ける学校へ通う事になった。
「ごめんなさいね、カミーユ。ノートン家からは学費を出してもらえないの。私の予算だけでは、貴族学園に通わせてあげられないわ。その代わり、平民の上流階級の女子が通う学校に通わせてあげる」
母はずいぶん食い下がったらしいが、その女学校の費用も父の給金を遥かに越える。そう言われてしぶしぶ了承したのだ。
そこで同級生になった両家の子女たちは、下手な下位貴族よりも裕福な家の娘ばかりだった。成績はおろか、マナーも教養もまるで太刀打ちできず、彼女たちのドレスや持ち物は、たまに物陰から垣間見る子爵令嬢のエレノアにも引けを取らない。
ある日、自家の馬車ではなく乗合馬車で通っている事を知られてしまい、大げさに驚かれたカミーユは、馬鹿にされたと憤った弾みに口走ってしまった。
「私はノートン子爵家の養女になる事が決まっているのよ」
実際に子爵夫人のファニーの姪であり、現在ノートン子爵邸の離れに住んでいるという事実から、噂は瞬く間に広がり、カミーユは準貴族としてもてはやされるようになった。
教師の対応も格段に丁寧になった事で、世間から見ても養女の話はおかしなことではないのだと実感したカミーユは有頂天だった。
そんな中、帰ろうとしていた校門の前で同級生たちに囲まれ、その中のとある商会の娘に指摘された。
「うちの商会は数年前からノートン商会とお取引がありますの。先日、商談でいらしたノートン子爵様にあなたの話をしたら、事実無根だと否定されましたわ。こんな大それた嘘を吐くなんて許される事ではないわ。ここで皆様に謝罪なさいな」
そう言われてかっとなったカミーユは、扇子を持ったその娘の手を叩いてしまった。
「子爵令嬢になる私に向かってその口の利き方は許さないわ! 下りなさい!」
そう言って校門を潜り、ちょうどやって来た乗合馬車に飛び乗って帰って来たのだ。
しかし、その出来事はその日のうちに学校やノートン子爵の知る所となり、父も母も家令から厳しく叱責を受けてしまった。その時に、ノートン子爵からの言いつけとして、2度目は無いと釘を刺されていた。
父からは、叩いてしまった令嬢に謝罪に行くように言われたが、母は、悪いのは失礼なその令嬢の方だと言って突っぱね、その日から学校には休学の届けを出した。
それからしばらくして、オーギュストが離れにやって来た日、カミーユはこのチャンスを逃さないと決めたのだ。
ノートン子爵が消息を絶って半年が過ぎた。周囲の言う通り、もう帰っては来ないだろう。
ノートン子爵がいなければ、オーギュストとブノワ侯爵家の後押しがあれば養女になる事はきっとできる。いや、それよりも、オーギュストと自分が結ばれて、エレノアを追い出す事が出来れば、自分が子爵夫人になれるのだ。
優しく見目麗しいオーギュストを慕うようになったカミーユは、多忙なエレノアの隙をついてオーギュストとの仲を深めていった。そして、かつて自分を見下して追い詰めた同級生たちの商会や店舗にオーギュストと連れ立って度々訪れるようになったのだ。
ブノワ侯爵家の紋章が輝く煌びやかな馬車に乗り、侯爵子息のオーギュストに大切にエスコートされる姿を見た同級生たちの悔しそうな顔といったら! 胸がすくとはこの事だ。
そして、裏路地に入って行くエレノアの姿を二人で見つけた時思いだした。確か、この近くのどこかに娼館があったはず。
それからは面白い様に自分の思い通りに話が進んで行った。
そしてついに、オーギュストから求められ、カミーユは喜びと共に応じたのだ。
あと少し、もう少しで夢のような幸せな生活が現実になる。
そう信じて疑わなかったのに……。
◆◆◆
晒し台に乗せられた4人は、泥や汚物が投げつけられ、石がぶつかってももう何の反応もする気力がなくなっていた。
鎖に繋がれた台の上で呆然と座り、光の消えたカミーユの目に、ふと煌びやかな一団が目に飛び込んで来た。かつての女学校の同級生たちが、扇子を広げて口元を隠し、嘲笑を含んだ目でこちらを見ていた。その蔑み切った視線に、カミーユの感情が爆発した。
悔しい! 悔しい! 悔しい!
カミーユは、叫び声を上げながら台の上に投げられた汚物や石を掴むと、手当たり次第に投げ返した。
突然暴れ出したカミーユは見張りの騎士に押さえつけられ、頭を殴られて昏倒した。
薄れゆく意識の中で、カミーユはようやく気付いた。
真の地獄は、これからなのだと。




