4.男喰らい
「お嬢様、お食事のお時間です」
コンコン、と部屋の戸が叩かれる。史佳の使用しているマイクは高級品、当然ノックの音も声も拾われてしまう。
「おっと、食事の時間かい? Ms.史佳、話の続きはまた今度にしよう」
「あ、ちょっと!」
史佳としては最高にHOTな状態とは何なのか聞きたかったが、サムに接続を切られてしまった。
まあいい、食事の後で光宏の動画を自分で確認してみれば分かることなのだから。
「うん、今行く~」
ドアの前で待ち構えているメイドに、すぐに行く旨の返事をするのだった。
メイド――現代日本では珍しい話ではあるが、校條家には常駐する使用人が何人もいた。
また校條家は富豪であることから、一般人では想像もつかないような豪邸に住んでいる。
財産に比例して、家――というよりは城に近い――の面積も体積も大きい。豪邸を維持するためには、人手が必要だ。
それに広いが故に、もう一つ難点があった。史佳の部屋から食事を取るダイニングルームまで少々距離があるのだ。
たどり着くまでに5、6分はかかる。部屋に食事を使用人に運ばせることも当然可能だ。
されどよほど史佳に時間がない限りはそうはならない。それは夕飯は家族で食べるべきという、校條家の主、そして史佳の父である――校條武の意向によるものだ。
メイドに連れられ、史佳はダイニングルームへと向かう。
「お嬢様、光宏君の件ですが……恐らく今のままでは上手くいかないと思います」
その道中、唐突にメイドが史佳に苦言を呈してきた。
「え? なんで?」
このメイドの名前は、福井美沙。使用人の間では男喰らいの美沙と呼ばれている。
「大変失礼かとは思いましたが、お嬢様とサムの会話を聞かせていただきました。あのような手では男は靡きません。いずれ破綻してしまいます」
「どういうこと?」
美沙は幼い時の二人のこともよく知っている。二人の世話をしながらも、人の目を盗んで男の使用人全員と関係を持っていた。
トラブルメーカーの彼女が解雇にならないのは、関係を持った男達に自分のことを擁護させたからであった。
そんな美沙の言葉に史佳は引き寄せられる。
美沙は知識という点では史佳に劣っているものの、男に対する嗅覚だけは史佳よりも遥かに優れていたからだ。
「光宏君はバ……お嬢様と比べると賢くありません。お嬢様がお金がかかったと言っても、返す当てもないのに働いて返すと言ってくるでしょう」
「さりげなくバカって言おうとしたよね?」
ゴホンッと咳払いをして、美沙は続ける。
「そうなれば、彼はお金を返すまでお嬢様と結婚しようとはしないでしょう。いくらお金で縛ろうとしても、ア……真面目な彼ならそう考えるはずです」
「さりげなくアホって言おうとしたよね? …………確かにそうかも」
光宏は変なところで生真面目だ。コメントの操作をお願いしてくるくせに、史佳が自主的に何かしてあげようとすると自分の力で何とかすると言って、それは断ってしまう。
何もかも自分に任せておけばいい。自分に相応しいかどうかなんて考えず、ただ自分の夫にさえなってくれればそれでいいと史佳は思っている。
「いいですか、お嬢様!」
美沙は人差し指を立て、自分の立場を忘れキメ顔で史佳に講釈を垂れる。
「男はプライドが高い生き物です。いくら気にしないと言っても気にしてしまうものなのです。ですから、負い目を負わせるのは悪手と言えるでしょう」
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
「光宏君にお嬢様は自分がいないとダメな女だと思わせればよいのです。お嬢様が光宏君に依存しているかのように見せかければ、逆に光宏くんがお嬢様に依存するようになるでしょう」
「そんなこと出来るの?」
「出来ます。光宏くんは動画を投稿してますよね。つまり普通の男の子より自己顕示欲が強いのです。ビ……慎重な彼は顔出しはしていないようですが……」
「今さりげなくビビりって言おうとしたよね?」
「しかしいつかは顔を出したくなるはずです。なので――」
美沙が史佳に耳打ちする。
「なるほど! 流石●●ス喰らい!」
「男喰らいです」
★★★★★
コメントの罵詈雑言の嵐が収まった次の日の朝、僕はお礼を言おうと、史佳のいる教室を訪れた。
僕と史佳は同じ学校だが、クラスは別だ。史佳は特進科で、僕は普通科だ。
教室の前に立つと、中の男子生徒がこちらに視線を向ける。
本来このクラスの生徒ではない僕を、彼は気にした様子はなく、無言で史佳の方を指差した。
彼は僕が何の目的で来たのか分かっているのだろう。僕は史佳に会うために何回かこの教室に来たことがある。
史佳はクラスメイトと話していたが、彼女達は僕の姿を見ると一斉に捌けていった。
何だか悪いことをしてしまった気になる。別に退いて欲しいと言ったわけではないけれど、僕はお喋りの邪魔をしてしまったことになる。
「史佳、いきなり来てごめんね」
「ううん、大丈夫よ。それより昨日の件、どうだった?」
「うん、いい感じ(いきすぎたものもあったけど)になったよ。本当にありがとう」
「そっか……」
朝のHRが始まるまでの時間は短い。
移動することを考えれば、僕は特進クラスの教室には長居出来ない。だけど、史佳は何か言いたそうだった。
「どうしたの?」
「今度はね、私が悩みを聞いて欲しいかなって」
「いいよ。また放課後屋上で話す?」
「お願い」
唐突だなとは思う。昨日はそんな素振り一切見せなかったと言うのに。
それに史佳であれば、大抵のことは自分で解決できてしまう。史佳が僕に相談したいことって何なんだろう?
僕はそんなことを考えながら、授業を受けるのだった。




