3.HAHA!
HAHA!
「ねぇ、ホントにバレないのよね?」
史佳がモニタ越しに話しているのは、校條家お抱えの天才クラッカー。
クラッカーと言うと、円錐形のパーティーグッズや塩味の効いたビスケットが想像されるが、当然それらとは異なる。
「HAHA! Ms.史佳はjokeが上手いなあ。僕の工作はPerfect! 失敗なんて、西海岸からUMAが浮かんでくるくらいあり得ないことSA! HAHA!」
彼のコードネームはサム。サムは会話する時は常に顔をマスクで隠しており、本名さえも史佳は知らない。
サムは世間一般的にはハッカーと呼ばれる人間だ。他人のアカウントの乗っ取り、機密情報の不正入手等を生業としている。
本来ハッカーとは、コンピューター技術に精通した人間の総称だが、昨今正しい使われ方をしていない。
創作物においては、ハッカーそれ即ちクラッキングを行う不届きな輩として描かれるが、それは明らかな間違いである。
確かに、サムのように不正にWebサイトにアクセスする者もハッカーには含まれる。しかし、正確に言うならばクラッカーだ。
まだインターネットに電話回線で接続している頃、クラッカーは自身の技術力の誇示やイタズラが目的として、Webサイトの改竄やマルウェア――不利益を生むプログラム――の作成を行っていた。
されど、インターネットが普及、高速化するに連れ、取り扱われるサービス、情報も膨大となりクラッカーの行動原理も変化した。
クラッカーは自身の得意分野――クラッキングで金銭を得るようになった。
世界全体を見渡せば、公的機関、大企業等でクラッカーが高額な報酬で雇われているのも珍しいことではない。
校條家が大富豪となれたのも、裏でサムがライバル企業の機密情報を入手していたからだった。
「ジョークじゃ済まないの! 私がサムに悪口書かせたなんてことみつに知られたら、みつに嫌われちゃうじゃない!」
「HAHA! バレるなんて絶対ないことだけど、もしそんなことがあるなら、君のボーイフレンドにこう言ってあげればいい。僕の叔父のように『I want you』ってね。HAHA!」
「もぉ!」
史佳は光宏が動画をWebサイトに投稿し始めたこと、本人の口から聞く前から知っていた。
光宏は、校條家の経営するメーカーのスマホとPCを使用していた。
購入以前から、それらにはサムの作ったアプリケーションがインストールされている。
そのアプリのおかげで、光宏の行動は史佳に全て筒抜けだったのだ。
実のところ、光宏の動画の再生回数が多いのも、史佳が仕組んだものだ。
もし、動画が全く再生されなければ、光宏は投稿を続けることはなかっただろう。
コメントはキツイが、再生回数が多い動画を消すのは惜しい。正に鶏肋という言葉かぴったりな状態に、史佳は陰で光宏を陥れた。
そうなれば、光宏は自分を頼りにするだろうと史佳は踏んでいた。
光宏は自分の両親には相談しない。
確証があるわけではなかったのだが、長い付き合いの幼馴染がどういったアクションをするのか史佳は本能的に理解していたのだ。
そして、何とかしてやったことを恩に着せ、結婚を迫るつもりだった。口実としてはこうだ。
――コメントを操作するの多大な費用がかかった。自分の小遣いの範疇を越えているため、光宏の両親に請求が行くだろう。請求されないようにするためには自分と結婚して、私の家族になるしかない。
史佳は光宏から屋上に呼びだされることも予期していた。
しかし、光宏があまりにも神妙な面持ちをしていたため、史佳は光宏に告白されると勘違いをして、大恥をかいた。
「おっと、言い忘れていた。今回の依頼だけど、お得意先のMs.史佳のために最高にHOTな形にしといたYO! きっと君のボーイフレンドも誕生日にコルベットを貰ったみたいに喜んでるだろうね。HAHA!」
「ホットな形?」
★★★★★
ぐへへへ……。
ぐへへへへへへへへへへへへへへへへへへ!
今の僕は、とても気持ち悪い顔をしていると思う。
頬が緩むのが押さえられない。気を抜くとにやけてしまうのだ。
動画のコメントは、僕を宗教の教祖様のように崇めていた。正直どう反応したらいいか分からない。
だけど、僕にはそんなことどうでもいいと思えるくらい嬉しいことがあった。
さっき投稿した動画の再生数が五桁に到達したのだ。この調子で行けば、あれが狙えるかもしれない。
そう、動画をアップロードする人間が誰もが一度は考えるあれだ。
――収益化
趣味での動画投稿は両親から咎められる可能性があった。けれど、利益が発生するのであれば別だ。親もきっと認めてくれるに違いない。
僕は史佳に贈り物をする時、お金は小遣いから出していた。小遣いは両親の懐から出ているもので、僕自身で稼いだものではなかった。
好きな女の子にプレゼントするのに、自分の力で手に入れたものではなく、親の力で手に入れたものを渡していたこと、僕はいつも心苦しさを感じていた。
高校生になった今、年齢的にアルバイトが出来るようにはなったけれど、まとまったお金を手に入れるには勉強時間を削らないといけない。
勉学に励む時間が少なれば、今度は史佳との学力の差がさらに開いてしまう。そうなると、僕は学歴の面で史佳に相応しい男になることはできなくなる。
史佳が協力してくれたとは言え、動画による広告収益は紛れもなく僕自身の力によるもの。両親や史佳の庇護から抜け出す第一歩となるかもしれない。
僕はその期待を胸に秘め、次の動画のネタを考えるのだった。




