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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
公領 ガーデナー見習い編
66/70

冒険者見習いの述懐

「フィッツロイの公爵閣下はとんでもなく厳しいし恐ろしいが糞じゃねぇ。若様達も油断ならねぇが屑じゃねぇ」

「ガイ、言葉を選んで」

「む?閣下は糞じゃないがとんでもなく厳しく恐ろしい。若様も屑じゃないが油断ならん。…これでいいか?」

「いいわけないだろ!」


いつだかの飲みの席で、団長らの話を聞いていた。


「こいつらもそのうち挨拶させねぇと」

「貴族様に?いらねえ。気に障ったら叩っ斬られるんだろ」

「斬られても治してやるから礼だけは伝えとけ。見習いのお前らがまだマシな生活してんのも閣下のお陰だよ」


やっぱり斬られんのかよとその時鼻白みはしたが、なんでも他所のとこじゃ見習い冒険者はもっと奴隷みたいな扱いらしい。荷物持ちならまだ上等な方、囮役やら肉盾として引き摺り回されることも多いのだそうだ。

うちじゃそうはならないのは、ギルドが冒険者を金の卵を産む鴨と称していて、見習いもそのうち金の卵を産む雛鳥だと見ているから。

初めて聞いたときは碌なもんじゃねえなと思ったが、まあとにかく荒くればかりのギルドに秩序みたいなもんがあるのは、ここらを治めている領主一族がそう望んでいるからで、その領主が数多の依頼を通じてギルドに多額の金銭を落とし、時には横暴な貴族や権力に結び付いた冒険者に睨みをきかせているのが大きいらしい。

冒険者ギルドはこの国でも幾つかあるらしいが、こんなに冒険者に手厚い所は見たことねぇよと笑っていた。


「これで魔獣がもうちっと大人しけりゃあなぁ」

「それな」


とはいえ小難しい話に興味はない。

ただうちの団長は凄い男で、そんな凄い男が信頼して受けると決めたからこそ、こんな聞くからに面倒そうで危なそうな貴族様からの依頼にうちの団員は全賭けで臨んでいる。




古森に集団暴走の兆候あり。

フィッツロイの名の元に討伐部隊を発足する。


公表された情報に、領主から提示された涎の出そうな報酬の内容に、ギルド内は騒めいた。

乙種以上の冒険者達が集められ、領の騎士とともに森へ向かう。

俺みたいな見習いや丙種の冒険者に従軍義務はなかったが残るつもりはなかった。

まかり間違って団長らが死ぬ時は、その前に俺らが死ぬべきだ。勿論それは最悪の事態って奴だが、そうなり得る可能性が十分あるのだと、団長らの目が言っていた。


山狩は進む。

妙に静かな森の中を慎重に歩き、見つけた魔獣を少しずつ狩っていく。

この時期の魔獣は手強い。でっぷりと肥えた獣を集団で囲む。それでも無傷とはいかない。ヒヤリとする事も多い。

そうしてゆっくりと古森の中を間引いていたある日、均衡が崩れた。


たった一日で離脱者がどっと出た。冒険者にも、騎士にも。

先頭の方で運悪く集団とぶつかったのだ。死人が出なかったのは不幸中の幸いだと誰かが言っていた。


一番酷いのは青の牙の副長で、腹に大穴が開いたそうだ。治療班の天幕に運び込まれ、パーティの連中は祈りを捧げている。

騎士の方も怪我人以上に行方知れずが出たとかで大分ピリついていた。


聞いた話じゃ青の牙の若い奴が集団に動転して、先走って仕掛けちまったらしい。

チッと舌打ちをする。

拠点の空気は最悪だ。当の本人も逸れたままというが、この場にいなくて寧ろ良かったとさえ思う。


その夜、団長が騎士に呼ばれて天幕を抜けた。

帰ってきたその表情を見るまでもなく、団の皆は当たり前のように装備を付け直していた。勿論俺も。

途端に苦い顔になった団長を更に笑い飛ばす。


「そんな遠くにいないだろう」

「次若様のことだから、青の牙の若ぇのも拾ってこっち向かってんじゃねぇか」

「有り得るな。団長、次若様見つけたら何くれるって?ちゃんと交渉…はできる訳ないか。副長、一人で行かせちゃ駄目でしょー」


行方の知れぬ騎士は領主の息子らしく、団長含め未だ動ける面子に捜索の依頼が出されたのだと改めて説明があった。

そんなやんごとない立場の奴が前線に立つなよとも思う。

でもそんな微かな苛立ちを抱える俺の肩を叩いたのは、酔っては貴族なんて糞喰らえだと叫ぶ剣士だった。


「よし。ついでに魔獣の一匹でも狩って、刃毀れでもさせようぜ。次若様の事だから、褒賞とは別にやべえ剣と交換してくれるかもしれん」

「…せこっ」




騎士、団の連中曰く次若様、を探すために夜も深まった森の中を散開した。

篝火を掲げる本隊から付かず離れずの距離で、手提げの灯火を手に周囲を探る。


連日の狩りのせいか、小さな魔獣は人の姿を見ると逃げ出す。夜に活動的になる獣もいるが、そういう奴らは火に弱かった。余計な交戦が減って有難い。


そうしてうろうろと森の中を見渡していた時、ふと誰かに呼ばれたような心地がして足を止めた。


「どうした」

「…や、なんでも」


周りを見渡しても誰もそんな素振りを見せない。俺よりよほど歴の長い面々が気にした様子もないってことは、気のせいか。

首を振って再び足を進めようとし、立ち止まった。


やはりくんっと糸が引っ張られるような、些細な感触がするのだ。


「…やっぱ、ちょっと見てきます」

「はぁ?…おい!」

「すぐ帰ってくるんで、先行っててください!」


夜の森での単独行動なんて自殺志願者みたいなもんだ。団にも迷惑がかかる。

俺は割と冷静な方だと自分でも思っていて、なのに衝動を抑えることができない自分が信じられなかった。


後から聞いたら、古森にいるとたまにそういう事があるらしい。それを「森に呼ばれる」と言って、そういう奴はとんでもないことを成し遂げるかすぐおっ死ぬかのどちらかなのだと散々説教された後に静かな声で言われた。


木々を掻き分け進む。進む。

糸の繋がるその先へ。

この柔らかで、力強くて、鋭くて、鮮烈な感触を知っている。どこだ。どこかで味わった事があったのだ。


そうして辿り着いたその先、その光景に俺は目を疑った。


真暗な森の中、ぼうっと浮かび上がるように白い女の子が宙を舞っていた。

その周りを闇よりも尚暗い何かが、ああ、気配も上手く感じられないけれど巨大な何かが、目を光らせて取り囲んでいた。

その巨体が動いているというのに地面を這う音はひどく静かで、時折り聞こえるシュルシュルという音が耳に残った。


魔蛇だ。


すっと頭が冷えた。

見たことなど勿論ない。けれどその存在はとても有名だ。


森の悪夢。腐敗と毒の王。冷酷なる暴食。

呼び名は様々、そのどれもがこの魔獣の恐ろしさを表している。

冒険者の隠語で「魔蛇に囲まれる」とはもう逃げることも叶わない、祈るしかない窮地に陥ることを指す。

それほどの恐怖の対象で、少なくともこんな準備のできていない状態で相対していい魔獣ではない。


なのに。


信じられないことに、その時俺は、恐ろしいはずの巨大な蛇の化け物よりも、その前にふわりと浮かんだ小さな女の子の姿から目を離せないでいたのだ。


この刺すように冷たい空気のなか、真っ白の薄い衣を纏って舞うように蛇と戯れる姿は悪戯好きの小妖精のようだった。


気がつけば茂みを掻き分け一歩前に踏み出していた。


妖精と目が合う。


まん丸の大きな瞳、紫色の宝石。


あ、れ。こいつ、どこかで。


その瞬間、妖精が叫んだ。


「……………ジル!!」


俺の、名前だ。


「ジル!手伝って!」


こんな真暗闇だというのに、その紫の瞳がきらりと光るのを確かに目の端で捉えた。

妖精はくるりと身を翻し、突っ込んできた大蛇の鼻先を足場として縦に一回転すると、戻りしな蛇の顎を軽やかに蹴り上げた。


「目を狙って!そのまま頭頂の方向へ突き刺して!」


灯火を振り消して言われるがまま走り出す。

もんどり打った様子の蛇は蔦に絡まって動けないでいた。どこかから伸びた蔦が顔全体を覆っているのだ。

不思議な光景を疑問に思う隙もなく、妖精が俺の背中に触れた。体がぐんと軽くなる。地面を蹴れば冗談のような高さまで飛び上がった。


目、目を狙う。


森の悪夢にこんな近くまで近づいている、そんな事に興奮する間もないまま剣を構えた。

近くで見た魔蛇の目は何か膜のようなもので覆われていた。


「大丈夫、貫けるよ」


妖精の言葉に頷き、大剣を一息に突き刺した。大きさと重さが取り柄のボロ剣だが切れ味は保てている方だ。手入れを怠らなかった過去の自分に感謝する。


膜は硬かったが力任せに捻じ込んだ。妖精の言う通り、やや上方向、頭の上を貫くようにぐりっと剣に力を込めた。

蛇が頭を振って暴れ出す。蔦が四方に伸びて拘束するが、それでも勢いを殺せず振り落とされそうになる。


やべえ、この後はどうする。


握りを掴み続けるか離すか迷って、結局掴み続ける方を選ぶ。

最早縋りつくように力を込めた手に、真白の小さな手が重なった。


「…ありがとう、いい腕だね。少し手伝わせてね。…あ、こら」

「なんだ…?」


ぴょこん、と握りに巻かれた布の隙間から何かの草木の芽が飛び出した。

振り回され引き摺られながらもぎょっとして凝視していると、芽は急速に成長し伸びた蔦が剣身に絡まっていった。ずぶずぶと刃を伝って蔦が蛇の目に潜り込む。

そして振動。何かが破裂するような、潰れるような嫌な感触が刃から握りを通して伝わった。


先程まで大暴れしていたはずの蛇が大きくびくんと身を震わせた。


妖精に促され、ゆっくりと手を離し少し離れた場所へ着地する。かろうじて膝を着き上体を起こす。

剣を突き刺したままの蛇はずるずるとその頭を地面に横たえた。動かない。

振り返ってみれば、なんとも呆気ない最期だった。


「な…に…?」

「頭の中でクラッシュゼリー?えげつないなぁ」


崩れるように座り込む。手も足も痙攣するかのように震えていた。

どくんどくんと己の心臓が脈打っているのが分かる。

他人事のように呟いた妖精の言葉を反芻する。

魔蛇の脳を…なんだって?


「まあいいか。ジル、本当に助かったよ。有難う。私一人じゃ朝までかかっても終わらなかったかも知れない。…あ、誰か来るね。君の仲間かな」


仲間、とどうにか口にしたが単純に妖精の言葉を繰り返しただけだった。頭がうまく働かなかった。


「見つかると大変だからもう行くね。私がいたことは…内緒にしてくれたら嬉しい」


そう言いながら、妖精は近くに落ちていた枝の端を拾って俺の手を取った。


「一緒に戦えて嬉しかった。次会う時はちゃんと自己紹介したいな。じゃあね」


そう笑うと、こちらを向きながらゆっくりと後退り、そして自分の腕をちょんちょんと突いた。

釣られて俺も自分の手を見る。

左の手首に、見覚えのない腕輪がついていた。

細い木の枝が結ばれただけの飾り気のない腕輪だが、しなやかな曲線は手首に違和感を感じさせなかった。


「…おい、これ」


ぱっと顔を上げるが、もうそこには誰もいない。


俺は、絶命した巨大な魔蛇の前で腰を抜かしたまま、俺を追いかけてきた団の連中を迎えることとなる。

俺を見つけて安堵からの怒り心頭、そして魔蛇の死体を見つけて無言の後絶叫した面々は暫く思考を停止し、俺への尋問もそこそこにひとまず報告だと蛇の牙だけ抜いて天幕に帰ることとなった。


帰る途中に件の騎士と冒険者を見つけたが正直それどころでないようで、俺を含め気もそぞろだった。

天幕では一命を取り留めた青の牙の副長やら騎士団やらと感動の再会もあったが、うちの団長らが取り出した明らかに尋常じゃない蛇の牙を見るや緊張と混乱が陣に広がったのだった。




「…信じられん。本当にあの大きさの魔蛇を?お前が?」


ギルド長の眼光は本当のことを言えと言わんばかりに益々鋭くなった。

歴戦の強者の脅迫じみた視線。何も悪いことをしていなくとも自白してしまいそうな圧力。

嘘も隠し事も勿論ある。しかし腹さえ括ればどうにか耐えられるものだ。


それ何回目だよ、と視線を遮るように横に立つ団長がため息をついた。


「ずっと説明してるし報告も受けてんだろ。俺たちが着いた時ジルしかいなかった。蛇の致命傷も確かにジルの剣だ」

「そう…だが…」

「仮に姿を消した誰かの助力を受けてたとしてもそれの何が問題だよ。魔蛇を討伐した、ジルの栄誉に何にも影響ねえだろ。称えられるならまだしも疑われる筋合いはねえよ」

「馬鹿野郎!そんな簡単な話ではない。いいか、あの大きさの魔蛇だ。そもそもここ最近の森の異変の原因だった可能性が極めて高いんだ、それをお前見習いが…」

「ギルド長の言う通りだ、ガイ」

「おお、そうだろう。この単純馬鹿に言い聞かせてやってくれ、ラッタラッタ…」

「栄誉なんて簡単な話じゃない。金だ。それもとんでもない額の。森の異変の原因である魔蛇の討伐、ギルドからもフィッツロイからも褒賞が期待できる。しかも毒腺も牙も血液も内臓もまるまる残っている。脳と片目以外は全て使えるんだ。外傷も最低限であの大きさ…いや、いくらになるんだ?想像もつかん。運用は相談に乗るよ、ジル」

「そういうことを言ってるんじゃない!」


団長らにはちらりと話をした。

妖精がいたのだと。

妖精が助けを求めていて、その通りに手を、というより剣を貸したらこうなったのだと。

妖精が、泉で見かけた貴族のお嬢とそっくりだということは言っていない。内緒にしてくれたら嬉しいと妖精が願ったからだ。


剣を見せてみろと言われて見せたら、団長も副長も黙り込んだ。

あの時伸びていたはずの芽は枯れてなくなったはずだが、何かを捉えた二人は首を振り、精霊の加護がついているなとぽつりと言った。


「お前を呼んだのは、きっとその子なんだろう。お前はそれに応えた。剣と…それからその尋常じゃない腕輪はその礼かな」

「そうかもな。ラッタ、ギルドに報告は必要か?」

「止めておこう。取り上げられるかも知れないし、そうじゃなくても良いように使われる。姿を消したことからしてもその子は騒がしいのは好きじゃなさそうだ」

「だな。まあいずれ知られるだろうが明言を避けさえすればいいか」


そうしてあの日見た妖精のことも剣のことも腕輪のことも、団長と副長、俺の三人だけの秘密となった。


あの時、妖精は「次に会う時」と口にした。

次などあるものかとも思う。

妖精はきっと雲の上のお嬢様で、自分は平民の冒険者、未だ見習いなのだ。


けれど、と腰に佩いた剣を叩く。


もし次があるのなら、少なくとも事が終わってへたり込むような根性なしでは終われない。

今少し一人立つ強さがなければと、そう思うのだ。

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