冒険者たち
以心伝心と言わんばかりの対応に、メイは頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てていた。
「来ているのは暁光の翼です。山狩りの依頼で暫く潜っていたそうで」
「暁光…ガイのところか」
「新人が何人か増えていました。出血酷いのがいたので、うちの血止めを渡しています」
良かったですか、と悪びれた様子もなく言うフレドリック様の腕を叩き、アルバート様が馬車を降りた。
私はフレドリック様に抱き上げられる。
「クラウス、暁光の翼の顔を見てくる」
「承知しました。ご一緒します。…デリックとモニカは哨戒を継続」
指示を出してこちらを振り返ったクラウスさんが、何とも言えない顔でフレドリック様の腕の中にいる私を見た。
「…フレッド、お嬢様を一緒に連れて行く気か?」
「遠目で見るだけだよ」
「…………」
黙り込むクラウスさん。
やっぱりお話はできない感じですよね。
さすがに血濡れの荒くれとは対面させないか。
クラウスさんの温度のない瞳にじっと見つめられた。鍛錬を積んだ武人なだけあってか感情が読めない。
できる限り無害そうな顔で微笑んで見せると、クラウスさんは静かに視線を外した。
「閣下は何て」
「好きにしろと」
「…ならいいが。あまり女子供に見せたいものでもなかろうに」
溜め息混じりにそう言うクラウスさんに、確かにね、とフレドリック様が笑った。
「まあ今日は様子見だ。ね?」
宥めるように頭を撫でられ、はい、と頷いた。
アルバート様は顎に手をやり何かを思案している。
「クラウス、彼らと話は?」
「詳しくはこれからです。参りましょう」
クラウスさんを先頭に、アルバート様と私を抱き上げたフレドリック様が続いた。
フレドリック様が泉の手前で足を止め、私達はクラウスさんとアルバート様の背を見送る。
そして泉の周りで思い思いの格好で体を休める集団に目を向けた。
彼らが冒険者か。
人数は十数名ほどで少ないけれど女性もいる。皆何某かの武装をしているが、統一性はない。なんだあの武器、どう戦うんだ。
離れていても血と脂、獣の匂いが鼻に届いた。濃密な緑の気の中でこれだ、随分斬ったのだろう。
怪我をしたとも聞いたがそれほど深刻でもなさそうで、泉の水で体を清めたり皮袋を呷る姿には程度の差こそあれ笑みが浮かんでいた。
クラウスさん達が近付くと、一際明るい声があがった。
若様!と黄色い声が飛び交う。
めっちゃ仲良いな。
アルバート様個人としても、またフィッツロイ家としても冒険者を尊重していることは話を聞いて知っていたつもりだった。
しかしいくら恐れ知らずの冒険者とはいえ相手は貴族、しかも公爵家だ。何をどれだけやればあの対応になるのか見当もつかない。
「彼らとは親交があるのですか」
「長い方だね。幾度か一緒に戦ったこともある」
同じ死線を潜り抜けてきた仲ということかな。
私にはまだ分からない話だ。
「暁光の翼という連中でね。パーティとしては乙種だけど、あの中心にいる男と端の女性が甲種、つまり最高ランクの冒険者だ」
「最高ランク…」
「腕はいいけど依頼を選ぶからいつまで経ってもパーティランクが上がらない。少し変わり者の集まりかな」
食い入るように見つめていた視線を無理やり動かし、フレドリック様が教えてくれた最高ランクとやらの二人を見る。
確かに強者だ。周りと比べて図抜けているかといえばそうでもないが、纏う生命力は輝いている。この場合は皆良く鍛えられているということなのだろう。
何より、周りに声をかけ、周りから声をかけられている様子からして仲間内から大いに慕われていることが感じ取れた。
ああ、でも違うな。
気になるのは彼らじゃないようだ。
「…年若い方もいらっしゃるのですね」
私は再び視線を戻した。
集団から少し外れて、武具の手入れをしている少年だ。
手に持つ剣が大きく見える未だ成長途中の体格とどこかあどけなささえ感じる横顔。妙な倫理観に炙られてその若さに気を引かれたのかとも思ったが、同じような年頃の者がいないわけでもない。
なぜこんなに目が離せないのか。
フレドリック様は私の視線の先を辿り、頷いた。
「ああ…最近入ったみたいだよ。ガイも随分期待している様だった。気になるかい」
「冒険者とは大人の方ばかりと思っておりましたので、驚きました」
薄く笑みを貼り付けながら当たり障りない理由を口にする。
自分でも何故気になるのか分からないのだ。
じっと離れたところにある横顔を見つめるが答えは出てこない。むずむずする。
知りたいな、君はどんな奴なの?
それはどちらかというまでもなく精霊側の情動だ。
その人のことを知りたいと思った時、人間というのはまず挨拶から始めるものだ、と理性は言ったが我慢しきれなかった。
私は少年のみを視野に入れたまま、くっと目に力を込めた。
気付くかな、どうかな。
次の瞬間、少年は素早く立ち上がると手に持っていた剣を大きく振った。
それは、まるで私から投げつけられた視線を断ち切るかの様に。
「…コーネリア?」
素晴らしい。
口角が上がっているのが自分でも分かる。
突然にやにやし出した子供に面食らったのだろうフレドリック様になんでもないと首を振った。
少年はこちらを見ていた。
驚くでもなく、怒るでもなく、淡々と観察している。
でもあんまり友好的じゃないかもしれない。そりゃそうか。悪意は込めなかったが、不躾な視線は気持ちの良いものではない。
ごめんね、敵意はないよの意味を込めて小さく手を振ってみせる。
少年はきゅっと眉根を寄せてこちらを見つめた後、ぺこりと頭を下げて再び剣の手入れに戻った。
背中を向けられてしまったのでもう表情は窺い知れない。うーん、残念。
「…あっちを向いてしまいました」
「私としては、君がそんなことした方が驚きだけど。手を振ったところなんて初めて見たな」
あら。
興奮が先に立って、立ち居振る舞いに気が及ばなかった。
「申し訳ありません、無作法でした」
「違うよ。とても可愛かったから、今度私にもやってってこと」
歌うように言われ、笑みを返した。
気が高揚しているのが自分でもわかる。
フレドリック様だからこそ冗談で流してもらえたのだ。妙なボロを出さないよう、余計なことは慎まねば。
そうして大人しく彼らを眺めていると、暫くしてアルバート様とクラウスさんが戻ってきた。アルバート様は少し難しい顔をされている。
「お帰りなさい」
「ああ」
フレドリック様に声をかけられると、はっとしたように表情を緩めた。
「待たせたな。退屈ではなかったか」
背をかがめるようにして顔を覗き込まれる。
いいえ、と首を振った。
「連れてきてくださって有り難うございました」
「…近いうち、彼らを城に呼ぶことになる。興味があるならその時にでもまた話もできるだろう」
冒険者達を城に呼ぶ、それはきっとアルバート様の浮かない表情と関係があるのだろうな。
そう思ったが、素知らぬ顔で頷いた。
フレドリック様が私を地面に下ろし、ぽんと帽子越しの頭に手を置いた。
「さ、日も落ちてきたしそろそろ城へ帰りましょうか。あんまり遅くなるとクライヴが心配する」
「ああ、そうだな。また一緒に出かけよう、コーネリア」
手を引かれ馬車へと戻った。
帰り支度を進める傍、泉の方向をじっと見つめる。
濃い色の髪と瞳。体格に似合わない大きな剣が描く美しい軌道を思い返すと、享楽的な精霊の本能が煽られるのを感じた。
きゅっと手を握り、先ほどまで感じていた掌の温かさを思い出して人間としての理性を取り戻す。
いかんいかん、完全に盛り上がっている。
興味を持った物事に何を置いてもまっしぐらな精霊の性質は結構だが、今暫くは人間として節度ある行動を心掛けねばなるまい。
アルバート様は彼らを城に呼ぶと言っていた。
私の視線に気付いた彼もまた来てくれるかな。
いや、城で会えなくともきっとどこかで会えるだろう。それは根拠のない直感だったけれど、違えることはないはずだ。
今度はお話をしてみたい、そう思う自分が笑っているのが分かる。
胸の高鳴りをそのままに、うっとりとため息をついた。




