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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
公領 ガーデナー見習い編
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離れて分かる母の言葉

きっとまた会えるよね、と邪悪に笑った私が正気づいたのは、城に戻り収穫物を広げようとガーデンルームに入った時だった。

部屋に満ちた薬草の匂いが鼻先を掠め、少しばかり視界がクリアになったのだ。


おや?


この部屋には幾度となく出入りしているが、こんなのは初めてである。

そして私は猛烈に這い上がってくる嫌な予感に背中を押されるように、いつか試そうと残しておいた月葉草の精油をメイの目を盗んでお茶にぶち込み一気に飲み干した。


そうして今、崩れるように長椅子に倒れ込んでいる状態である。


「お嬢様、医師を呼んで参ります」


厳しい表情でこちらを窺うメイに苦笑いで返す。


「…いいえ、メイ。具合が悪いわけではないの。ちょっと…そう、ちょっと今日ははしゃぎすぎてしまったと、自己嫌悪になっているだけ」


そう、久しぶりの外出に疲れ果ててしまった訳ではないし、投薬による体調不良な訳でもない。

これは、正気に戻ったが故のメンタル的な疲労である。

くっと食いしばった奥歯からため息が漏れた。


「今日が…あまりにも楽しくて、我を忘れてしまったものだから」

「お側におりましたが、お気にされるようなことはなにもございませんでした」

「そう…?メイは優しいわ。…お茶をもう一杯もらえるかしら」


こちらを気にしながらお茶の支度をするメイに微笑みかけながら、私の脳内では猛吹雪が吹き荒れていた。


私の…!バカ…ッ!!!


信じられん。これだけ息を潜め気をつけて生活しているというのに、一体何をしとるんだこのバカ娘が。

半精霊の分際であの少年に興味を惹かれたからといってほいほいちょっかい出してるんじゃないよ!

思い返してニタニタ笑ってるんじゃないよ!

周りに気付かれたらどうすんだ。その下衆い笑みを見られたらどうすんだ。

この…考えなし!!三下野郎!!頭に風船でも詰まってんじゃないの!?


自分に対してあらん限りの罵倒をぶつけながら、私はこめかみをゆっくり揉み解した。


唯一良かったことといえば、月葉草の精油は見事に有効成分を抽出できているということが知れたことだろう。

月葉草の葉の効果は、鎮静。

煮え沸った精霊の興奮を瞬時に鎮まらせてくれた。あれだけの昂りが嘘のように。

ぬああああ。


ひとならざるものとは兎角人間とは異なる価値観を持つが故のひとならざるものなのだけれど、精霊もまたその例に漏れない。

私の知る彼らは、楽しいことや美しいことが大好きで、気分屋のくせに妙に一途だ。自分の好きなものを第一優先にして、他が目に入らない。


どうやらあの冒険者の少年に光るものを感じ取った私は、そんな悪癖というか性癖というかを暴走させていたようだった。

ちょっかい出して反応を伺い、仲良くしましょうと手を振って次の機会をほくそ笑みながら待つ。

やべえ奴だよ!とんだヤンデレ女だよ!

私にそんな片鱗があったなんてほんとびっくりだ!


自らの醜態に心の中でごろごろ転がり頭を掻きむしりながら、メイが淹れてくれたお茶を一口いただく。

寝る前だからハーブティだ。さっきは味わうまでもなく流し込んでしまった。うう美味しい。


しかし間に合って本当に良かった、と自分で自分を抱きしめた。


僅かに残った理性が総動員でブレーキをかけてくれていたおかげで、母との約束もフィッツロイの人たちとの繋がりも全て投げ出すような事態にはならなかったのだ。

いや、アルバート様とフレドリック様いなかったら分からなかったよ、本当。

下手したらそのまま出奔して彼の元へ押しかけ、強引に契約を結ばせて付き纏っていたかもしれない。

あなたの力になってあげる、とか言っちゃって。うわぁ、マジ痛いやつだよ。


私もやられる側の立場を経験したことあるからその押し付けがましさが分かる。しかも下手に断れなくて、本当に気を遣うんだ。

いやしかし、次会った時に私がそれをやらかさない自信はないよね。ははは。


「…………」



カップを持ったまま、再びあの少年の横顔を思い浮かべた。


冷静な瞳が印象的だった。

細い喉とそれに繋がる肩。張り詰めた弓の弦のような腕。

そのくせ、どこかギラギラとしていて白く青く燃える命が見えるようだった。

握った刃の美しい軌跡、そして一転して少し困ったような顔をしたのを思い出す。


…うん。やっぱりちょっとそわそわするな。

こりゃ完全に精霊側の私が揺らされている。

鎮静が効いててこれなら、素面でどうなることやら頭が痛い。


やめよ、とお茶を飲む。

とりあえず、月葉草は増やそう。そして葉を蒸留しまくって、鎮静剤は多めにストックしておこう。

この歳で薬漬けもどうかと思うけど、もしもの時の手段は持っておいた方がいい。


そして忙しいから、人目があるからとなんやかんや後回しにしていたアレに再び取り組まねばなるまい、と腹を括った。

引き取られてからというもの様々な理由をつけて全然やっていなかった。そのことを今猛烈に反省しています。


アレ、即ち調和の訓練というやつである。


ああ母の言葉が甦る。

定期的にやらないといつか何かの弾みで平衡が崩れちゃうわよ、と。


母様言ってましたもんね。己が身に宿る内なる力に引き摺られないように、調和を保つよう取り組みなさいって。

今は人間の理性が上回っているけど成長するにつれて精霊の情動が暴れるから、今のうちにしっかり対話しておかないと後が辛いわよって。


離れて分かる母の言葉の意味。

分かってるよ、今回の体たらくは完全に訓練サボったせいですわ。

うわあん、自業自得かよ!

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