鴨最高
三人で泉の周りを歩く。
アルバート様の説明を聞きながら、興味を引いた植物を次々と採取させてもらった。
私も詳しいつもりだったけれど、アルバート様はさすがというかなんというか。フィッツロイ領に群生する大体の植物は名前や姿形からその効能まで頭に入っているらしい。
次期領主には必要な知識なのだろうか。恐ろしい限りである。
しかしお散歩がてらのサンプリングは大層楽しかったのだけれど、私が手に取った実や葉がぐんぐん膨らんでいき色艶さえも変わる姿を目にして思わず口許が引き攣ってしまった。
あ、ねえ、そこまで張り切らないでいいんだよ、君たち。
幸いにも一緒に歩いていたアルバート様やフレドリック様に現場を押さえられてはいなかったが、私が採取した諸々のあまりの状態の良さにお二人とも首を捻っていた。
私、こういうの得意みたいです!と笑ってみたが果たして。
木々の方が多分気を遣ってくれた結果だと思うんだけど、これ本当にどうにかしないといつか騒ぎになる気がする。
泉の周りを一周した辺りで、横を歩くフレドリック様が空を見上げた。
「コーネリア、そろそろ戻ろうか。お腹も空いただろう?」
つられて見上げれば、日が大分高い位置にある。
ちょっとした散歩のつもりだったが意外と長居をしてしまったらしい。
馬車が置いてある場所へ戻ると大きな木の近くに簡易の食卓が広げられていた。
出る時にはなかったから、私達がお散歩している間に用意してくれたのだろう。
「お食事の準備ができております」
「有難う、メイ。一人で大変だったでしょう」
机も椅子も軽いものではないはずだ。
そう労るとメイは軽く首を振って後ろを振り返った。
「いいえ、モニカ様にお力添えをいただきまして」
「まあ」
視線の先には、厳しい表情で周囲を見渡す麗人の姿があった。
私たちの視線に気付いたモニカさんと目が合う。
ここで有難うございましたと叫ぶわけにもいかないから笑顔で礼をすると、モニカさんはその涼やかな目元を少しだけ弛ませて礼を返してくださった。
わあ素敵。同性だからこそなのか妙にドキドキしてしまう。
「お嬢様、こちらへ」
思わず人見知りのようにもじもじしてしまった私をメイが冷静に席へ促した。
落ち着けってことですね。すみません。
「気持ちのいいところだろう」
「ええ、とても」
アルバート様の言葉に嘘偽りなく首肯する。
手入れの行き届いた庭園とは異なる力強い生命の姿。そんな自然の妙と人々の暮らしが混ざり合い、何とも言えず良いところだと感じた。
陽光は心地よく、たまに吹き抜ける風も爽やかだ。
そしてそんななかでいただく料理長のお弁当はとっても美味しかった。
鴨のロースト最高。今度から水鳥を見る目が変わってしまうかもしれない。
そんな取り留めのないことを思いながら、私はアルバート様とぼんやりと景色を見ながら食後のお茶をいただいていた。
ちなみにフレドリック様は少し離れた場所で周囲の警戒にあたっている。お食事は騎士の皆さんと一緒にローテーションでとるらしい。
お茶をもう一口、とカップに手を伸ばしたその時、ふと聞き慣れない足音が微かに聞こえた。
「…コーネリア?」
「いえ」
ぴくんと動きを止めた私を案じてアルバート様が声をかける。それに、なんでもありません、と応えたタイミングで騎士の皆さんに動きがあった。
クラウスさんと誰かが話をしている。あれはデリックさんかな。
そして頷いた様子のクラウスさんがこちらへ近づいてきた。
「…何があった」
「冒険者らしき一団が古森からこちらの方に向かってきているとのこと。所属を確認しておりますが、念のためお嬢様と馬車へお戻りを」
冒険者!
なるほど、雑多な割にどれも妙に丁寧な足運びだと思ったが、これは冒険者か。
そして私とほぼ変わらないタイミングで彼等に気付いたデリックさんの察知能力の高さにも感心した。
団随一の斥候と言っていたのも頷ける。
「そうか。おいで、コーネリア」
クラウスさんの言葉にあっさり頷いたアルバート様は私の手を取り馬車へと乗り込んだ。メイも後に続く。
「泉なら気にせず使わせてやれ。この時期古森に潜ってくれていたのなら、彼等はフィッツロイ領の守り人でもある」
「その旨伝えましょう」
クラウスさんの背中を見送る。
クラウスさんは他の騎士たちを集めていくつか話をすると、フレドリック様と二人今度は馬車の近くに立った。馬車の扉がそっと閉められる。
「…コーネリアは、冒険者が見たいか?」
カーテンの隙間から外を伺っていると、私の髪を弄って遊んでいたアルバート様が急にそんな事を言うものだから胸が跳ねた。主に期待で。
え、会わせてくれるの?
「坊ちゃん」
「クライヴが、コーネリアは冒険者に興味があるようだと。私も冒険譚に心躍らせた時期があったから」
アルバート様にもそんな夢溢れる時代が?
目を見張ると、そんなに驚いた顔をしなくてもと可笑しそうに言う。
「フィッツロイを含む三つの公爵領は古森と上手く付き合う必要がある。必然、傭兵や冒険者たちとも関わることが他領に比べて多いんだ。城に招くこともある」
彼らの口から紡がれる魔獣討伐の話に目を輝かせていたな、と笑うアルバート様の口調からはマイナスの感情は聞いてとれない。
名家の嫡男が冒険譚に憧れるなんて苦い思い出がいくらでも作れそうだが、どうやらそうでもないらしい。
確かにアルバート様なら上手く折り合いをつけそうだけれど。
「どのパーティか聞こうか。面識ある奴らなら挨拶といこう」
「坊ちゃん!お嬢様は女の子です」
「ああ。そしてフィッツロイの子だ」
メイが黙る。アルバート様は大丈夫だ、と頷いた。
「父上は、鉢合わせした場合は好きにしろと仰っていたから」
「…想定してらしたのですか」
「この時期に見かけない方が珍しい。眉間の皺は険しかったが、まあクライヴは笑っていたから」
アルバート様が唇の端を釣り上げるような笑い方をされるのは珍しい。
ほえーと見ていると、アルバート様が扉をこん、と叩いた。
すぐに扉が開く。
「…行きます?」
開口一番そう聞いたのは、やはり悪戯っ子のような笑みを浮かべたフレドリック様だった。




