麓の泉へ
サイラスさんのその言葉を黙って聞いていたアルバート様は、少しだけ考え込むと息を吐きながら首肯した。
「紹介はするつもりだったが。名乗りたいのならそうしよう。コーネリア、聞いてやるといい」
「有難き幸せ」
楽しそうな雰囲気のままざっと一礼したサイラスさんは、周囲で準備を進めていた騎士達を呼び付けた。
号令にぱっと手を止めると、もたつくことなく一列に並ぶ。その端にはフレドリック様もいた。
「こちらの四名が本日皆様と道中を共にする騎士達です。いずれも騎士団が誇る俊英達。古森の近くまで参りますが、彼らがいれば何も恐れることなどございません。…フレドリック」
「はっ。第三隊隊長フレドリック。馬車にご一緒します」
一歩前に出て、手を胸に当てて礼をとるフレドリック様は、に、と笑うと後ろに下がった。
次いでフレドリック様の隣に立つ金属の鎧を身につけた男の人が前に出る。
「第二隊隊長クラウス。お嬢様には初めてお目にかかります」
よろしくお願いします、と声をかければ視線を伏せ再度頭を下げると後ろに戻った。
その次に前に出たのは革の鎧を纏ったひょろりとした男の人。
「第一隊より参りましたデリックです。お会いできて光栄です」
同じくよろしくお願いします、と声をかければへらりとした笑みを返される。
そして最後、サイラスさんを含めて五人の中で最も小柄な影が一歩前に進む。
「第四隊より参りましたモニカです。全力を挙げて御守り致します」
麗しいお顔だと思っていたら、女性だ。
女性騎士もいらっしゃるのだね。知らなかった。
「クラウスには道中の指揮を任せる。何事もないとは思いますが、有事の際にはクラウスの指示に従っていただきますようお願い申し上げます」
「ああ。頼んだ、クラウス」
「はっ」
気負うことなく冷静に応えるクラウスさんを顎に手をやり眺めながらアルバート様が口を開いた。
「フレッドとクラウスは言うに及ばず、デリックは団随一の斥候と聞いている。モニカは神聖術の使い手だろう。有難いことだが、随分と大盤振る舞いだな」
「自らが帯同できぬと知ったエグバードが涙を呑んで決めた人事ですから。…あれ、どこ行くんでしたっけ?山狩り?」
「コーネリアを連れて行くわけがなかろう。麓の泉だ、サイラス」
「…村の子供達も遊びに行く所ですね。まあ、過剰武装であることは否めませんが、うーん、フィッツロイ領の未来とも言うべき御三方を守ると考えれば」
随分豪勢なメンバーらしい。
エグバードさんの縋るような眼差しを思い出す。あの人、本当に実父に思い入れがあるのだろう。
正直言えば、どんな顔して相対すれば良いのか分からなかったから、お仕事でいないと聞いてちょっとホッとしている。
薄情で申し訳ない。
その後、ちょっとした荷物と私達を乗せて馬車は出発した。
馬車にはアルバート様、フレドリック様、私とメイ。馬車を守るように周りにはクラウスさん、デリックさん、モニカさんが馬に乗っている。
道中は拍子抜けするほど何もなく、私達はほどなくして目的地へと到着したのであった。
「わ…」
先に馬車を降りたアルバート様に支えられて地面に降り立つ。
足裏に感じる一面を覆う草の感触が久々だ。
「おいで、コーネリア」
そのままアルバート様に手を引かれ、奥に進む。
フレドリック様が後ろにつく。
他の騎士の皆さんは散開し周辺を囲むようにして立っていた。メイには馬車の近くで待っていてもらう。
「ここがベルーナの泉。私達は麓の泉と呼んでいたが」
木々をかけ分け覗き込んだそこは、なるほど美しい泉だった。
岩場から溢れる水が波紋をつくる。溜まった水ですら透き通っている。
木漏れ日が水面を輝かせているためか木々に囲まれているなかでも驚くほど明るかった。
「美しいですね…」
「だろう」
そして溢れる緑の気。
こんなに森の浅瀬、人の暮らしに近いところだと言うのに、ここは間違いなく精霊に愛されている。
深呼吸をすると末端の細胞まで甦るようだった。
「もう少し近付こうか」
促されて泉の淵に立つ。
アルバート様が水面に手を伸ばした。
できた波紋から光る蝶が飛び立ち、アルバート様の肩に止まったのを見て驚く。アルバート様もフレドリック様も気付いた様子はないが、下位の精霊だ。
「水はこんなに冷たかったか」
「二人でここにクライヴを突き落とそうと画策して、大目玉を食らったことがありましたね」
「やったな。今よりもっと寒かったか。最終的に泉に頭から落とされて、震えながら毛布にくるまった記憶がある」
「まあ…」
随分と悪餓鬼…いやいや、やんちゃ坊主だったようだ。
水面から同意をするように光る玉が次々生まれては震える。
この泉を住処にしている彼等は、随分とお二人を気に入っているらしい。
「喧嘩をして、家出したお前をここまで迎えに来たこともあっただろう」
「ありましたね。頭に血が上っていたから着の身着のままで出て行って…馬に寄り添って暖をとっていました。馬車を見て助かったって思いましたよ」
フレドリック様が懐かしむように目を細めた。
その横顔の後ろを光る玉が飛んでいく。
「でも寄宿学校に通うようになってからは、この泉でゆっくり時を過ごすこともありませんでした」
「ああ、いつの間にか懐かしき日の思い出になってしまった。付き合わせて悪いな、コーネリア」
「いいえ。良きものを見せていただきました」
未だにアルバート様の肩でゆっくりと羽を揺らめかせる蝶に微笑みかけた。
泉の水面は光る玉で埋め尽くされている。時折り私の元に飛んできては戯れつき、そしてフレドリック様の頭にぶつかって行く。
彼等はお二人を、そして私を歓迎している。
それを見れたことはとても価値があるように思えた。
「そうだ、泉の周りは実りが豊富なんだ。見に行こうか」
「行きたいです。少しだけお城に持って帰っても良いでしょうか」
「少しだけなら。ここはもう古森だからね、他の生き物を尊重して採りすぎないようにするんだよ」
そう言って帽子から出た私の前髪を撫で付けるフレドリック様に、アルバート様が吹き出した。
「ああ、村の猟師に拳骨を貰ったな」
「文字通り骨身に染みています。コーネリアに同じ失敗をさせないようにしないとね」
「まったくだ」
肩に手を回し屈託なく笑い合う姿に、私も思わず笑みが溢れてしまう。
かつてフィッツロイ家には人ならざるものの寵愛を受けた者がいたという眉唾のお話を聞いたけれど、完全な作り話というわけでもなさそうだと認識を改める。
だってお二人に纏わりつく光の玉たちは、お二人が笑うたびに明滅し、お二人が再びこの泉に帰ってきたことを喜び、その行く末を祝福しているのだから。




