ピクニック
アルバート様、フレドリック様と計画していた泉散策は、私の想像よりもずっと早くに実現することとなった。
日程はアルバート様の仕事次第と言っていたから、正直なところお二人に連れて行っていただけることにそれほど期待をしていなかった。
だって、話に聞くだけでも有能故の多忙と分かるお二人だし。
ただいつかの夜に聞いた話は大層楽しかったので、メイに頼んででもそのうち行ってみようと考えていたのだ。
それがまさか、夕刻に使いが飛んで「明日行こう」となるとは…。
私の予定などあってないようなものなので構うことないのだけれど、他の人達は大丈夫なのだろうか。
どれだけの人が関わっているのか見当もつかないが、「明日行こう」「そうしよう」で行けちゃうものなの??
困惑気味にメイに尋ねてみると、メイは暫く黙った後頷いた。
「慣れておりますから」
そうなの!?
いや、いいの!?それで!?
戸惑う私の表情を見て、メイはほんの僅か首を傾げた。
「旦那様にしても坊ちゃん方にしても、当日になって大事な予定を変更されることなど日常茶飯事。寧ろ前日にお声がけ頂けたのは奇跡的です。お嬢様がご一緒ですから、気を遣われたのだと思いますが」
あ、これで気配りした方なんですね。
「…そう。きっと、皆への信頼があってこそね」
「恐れ入ります」
何事も報告・連絡・相談だとどこぞの記憶に刷り込まれている身としては怖くて真似できない所業であるが、まあそれで主従関係が円満なら問題ないのかな。
気を取り直して、私は粛々と明日の準備を進めよう。
泉周辺には実りの季節を迎えた草木が多数あると聞く。折角だし、サンプリングができたらいいな。
翌朝、いつもよりもぱちっと目が覚めて、どこか浮ついている自分を自覚した。
王城と書籍館以外の外出なんて孤児院で過ごした日々以来だもんなぁ。流されるがままの一年であったけれど、これからは少し外に出られるように努めようか。
いつもの如く静かに部屋へ入ってきたメイは、挨拶をした後私の顔を二度見した。
「なあに?」
「いいえ、失礼致しました」
え、二度見するくらい私様子がおかしいの?ちょっと心配になってくるのだけど。
不安を抱えながら、部屋でスープだけの朝食を済ませる。
馬車に乗ることを鑑みて量も随分少なめにしてもらっている。
温かいタオルで頭が蒸らされ、髪は丁寧に梳られる。
その後手早く外出着を着付けられながら、メイが静かに尋ねた。
「お嬢様は本日を楽しみにしていらしたのですね」
「…?ええ、勿論。そうは見えなかった?」
「そんなことは。ただ、いつにも増して輝いてお見えなので」
輝きとは。
「私、どこかおかしいかしら」
「いいえ、どこも。ただその輝きがこのフィッツロイ城を照らすことがどうしようもなく嬉しいのです。…いえ、戯言でございます。申し訳ございません」
「そう…?」
ちょっと言っている意味がわからないけど頷いておく。
再び温かいタオルで顔を蒸らした後、化粧水を含ませた肌に白い粉が叩かれる。これ、なんか大きなイベントの度にやられるのだが、あんまり好きじゃない。肌の感覚が鈍くなるのだ。
しかし今日は長い時間外にいるからという理由で、寧ろ念入りですらあった。
王都にあっては見かけることもなかった外出着であるベージュのワンピースは、可愛らしさと上品さを損なう事なく、古森が側近くにある公領ならではの工夫が多数施されていた。
草地やらを歩き回る事を考えてか首や腕が隠れるデザインで、引っ掛かりやすいレースの代わりに同系色の刺繍が胸元や裾に施されている。
肩や胴回りには絞りが入っているがゆったりと縫製されており、腕を伸ばしても腰を下ろしても窮屈な印象はない。
スカート丈は動きやすいよう短めで、ブーツを合わせるらしい。用意されている帽子は鍔が広く日傘も兼ねているようだった。
「良くお似合いです」
「メイの腕が良いのだわ」
何より、厚い生地の割に普段来ているドレスよりも格段に軽い。ブーツは重いが、それも踏みしめた時の安定感を考えればそう悪いことでもないように思う。
うん、この格好ならギリ熊までいける。
そこまで考えていやいやいやと打ち消した。
今の私は公爵家の養女である。貴族の娘は熊を狩らない。
いいか、貴族の娘は熊を狩らない。
準備を終えたらメイの先導に従って部屋を出る。
階段下ではクライヴがお辞儀をして迎えてくれた。
「坊ちゃんたちは外で騎士団の者たちと話をしております」
「私もご挨拶に伺った方が良いかしら」
「後ほど紹介があると思いますが、お嬢様が直接お声がけすれば彼らも喜ぶでしょう」
頷いて、開け放された玄関へ向かう。
そういえば自分の意思でこの扉の向こう側へ踏み出すのも初めてである。
妙な感慨を抱きながら外に出る。
帽子を被っているというのに、陽光が眩しく一瞬周りが真っ白に見えた。
徐々に目が慣れてくるまで扉から半歩分進んだところで立ち止まる。
「ああ、コーネリア」
「ごきげんよう、アルバート様」
近づいた影に気付きお辞儀をすれば、にっこりと微笑まれた。アルバート様だ。
アルバート様はいつも後ろに撫でつけていた前髪を下ろし、服装もゆったりとした厚めのシャツとズボンで随分ラフな格好である。
それでも育ちの良さというか大貴族オーラは隠せないのだけれど。
「ちょうどよかった、今お前の話をしていたところだ。こちらにおいで」
「はい」
差し出された掌に指を乗せるときゅっと握られる。
そのまま、荷物の積み込みを始めている馬車の近くへ向かった。
「フレッド」
「わあ、我等が妹殿は何を着ても似合うなぁ。帽子もとても可愛いね」
アルバート様の声掛けに応ずるように、こちらを見ながら何人かとお話をされていたフレドリック様が手を振った。
フレドリック様もアルバート様と似通った格好で、その上に革らしき胸当てをつけている。
微笑むフレドリック様が体をずらすと、その後ろにいた大きな体躯の持ち主と目が合った。
「サイラス様」
「覚えて頂けて光栄です、お嬢様」
惚れ惚れするような美しい礼を披露したのは、先日御当主様の執務室でお会いした騎士団の団長さんである。
「この前サイラスと共にいたエグバードを覚えているだろう?彼はお前と一緒にこの散策に大層行きたがっていたんだが、昨夜、急遽仕事で城を離れることになったそうでね。その恨み言をずっと聞いていたんだ」
可笑しそうに言うアルバート様に、サイラスさんが肩をすくめた。
「如何に無念かを必ず伝えてほしいとエグバードには重々言われていますからね」
「副長、帰ってきたら機嫌悪いんでしょうね…暫く二人きりにならないようにしないと。八つ当たりは御免です」
「大分目が慣れてきたんだろう?フレドリックはもう気楽にぼこぼこに出来なくなってきたとぼやいていたよ」
「より本気になるって事じゃないですか。やだやだ」
楽しそうに言い合う三人を見ていると、エグバードさんを含め四人は忌憚なく言い合えるような信頼関係を十分に築いているのだと感じた。
次期当主、次期団長と噂されるお二人を温かく、どこか頼もしそうに見つめている先達の視線に、地固めは盤石だなと思う。
向こう数十年、フィッツロイは安泰か。であれば、古森もまた荒れることはそうないだろう。
そんなことを思っていると、ふとサイラスさんと視線が合う。
「そんなわけで、今日ご一緒するのはエグバードが泣く泣く後を託した黒鷲騎士団の精鋭達です」
サイラスさんは泰然とした笑みを浮かべ、悪戯ぽく片目を瞑った。
「折角ですから、騎士達にお嬢様へ名乗る栄誉を与えて頂けませんか」




