珍品
6歳?本当に?と聞き返されると、一応6歳です、としか答えられない。
この体は確かに、生まれてから六年しか経っていないのだから。
やはり精霊の子というのは只人とは違うのか、と言われれば、そうかもしれませんね、と答えるだろう。
彼らは悠久の時を過ごすが故に滅多に子どもが生まれない。従って、古森で過ごした数年を含め私は私以外に精霊の血を継ぐ幼児を見たことがないが、まあ精霊というものは人の価値観からは外れた生き物なのは確かである。
しかし、自分の特異性をすべて精霊の血筋のせいとすると少しだけ後ろめたく思う。
私、精霊たちからも珍品の扱いをされていたので。
遡ること四年ほど前、父が死に母に連れられた旅の最中のこと。熱を出して私が寝込んでしまったことがあった。
母は精霊だが私は人が混じっている。人間の子供はか弱いのだ。雨のなか気持ちいいねと連れまわしていたら風邪もひく。母は宿の寝台に私を寝かせ、手製の薬湯を飲ませてくれた。
熱のせいか、薬湯のせいか、奇妙な夢を見た。
父に抱き上げられるわたし、母とお茶を飲むわたし、弟と喧嘩するわたし。
遊び、学び、働くわたし。
それは、ここではないどこか別の次元で暮らす一人の女性の人生を追体験する夢だった。彼女の姿を俯瞰しながら彼女の思いをひとつひとつ味わった。年を経るごとに世界は広がり、思いは複雑に絡まった。
彼女が泣けば私の心はつぶされたように痛み、彼女が怒れば毛穴が広がる心地がした。そして彼女が笑えば、彼女の笑みは陽光のようにあたたかくて、ほこほこと幸せな気持ちになった。どれもはじめての体験だった。けれど、どんなときにも彼女の傍にはほんの少しの淋しさがつきまとっていて、それが気になった。
夢中で追いかけた彼女の物語が終盤に差し掛かった頃、彼女は私に気が付いたようだった。
焦げ茶の瞳が私の姿を捉えたとき、私は自分でも驚くほど自分の心が満ちたのを知った。
「…ようやく会えた。私の半身」
その言葉を紡いだのは私だったか、彼女だったか。
遅いよ、と彼女が笑って言い、ごめん、と私は泣きながら言った。
膨大な情報量と一人の人間の複雑怪奇な心模様は幼い器には負荷が大きすぎたのだろう。
目が覚めた私は昨日よりも高い熱を出していた。
母が珍しく心配そうな顔で私をのぞき込んでいたのが今でも記憶に残っている。
そして数日間寝込む間に、彼女のここではないどこかの国で過ごした三十年余りの生きざまは私のなかに溶けて混ざり合っていった。
ある朝目が覚めると、世界が一変していた。
木々は緑に色づき、太陽の光はあたたかく降り注ぎ、母が用意してくれた薬湯はとんでもない匂いを発していることに気が付いた。世界はたくさんの光と音、刺激に満ち溢れていた。
目をぱちくりとさせる私を母はそれは嬉しそうに抱きしめた。
「半身を取り戻したのね。私、やっとあなたを抱きしめられる。おかえりなさい、私の愛しい子」
私が現在認識している自我は、この日から始まっている。
母の言うことには、私は生まれてすぐ二つに分かれ、そうして片方がどこか別のところへ迷子になってしまったらしい。欠けた状態の私の核は精霊側に寄っており、器はあってもとても不安定で希薄だったそうだ。
迷子になった半身の核は人間側に寄っており、人間としてすくすく育っていたが、長じるにつれ精霊が必要とする緑の気が足りなくなり弱っていた。
お互いが弱っていたことで引かれあい、迷子になった半身をようやく迎えに行くことができたのだろうと母は言った。
迷子になった私が別の次元で三十二年生きていたことを話すと、母は驚き、お迎えが遅くなってごめんねと抱きしめ、そして「そういえば私もおもしろい本を読んでいたら百年経っていたことがあったわ」と言った。精霊の時間間隔と一緒にしないでほしいと思ったのをよく覚えている。
とまあそんな経緯を経てようやく完全体になった私だが、古森の神霊樹曰く、私は肉体が精霊側へ、情動が人間側へ偏っているらしい。
古森で過ごした二年ほどの間で不安定で希薄だった肉体は落ち着きを取り戻したが、そもそも悠久の時を生きる精霊は成長とは縁遠い生き物である。生まれた時から成体の姿であることも少なくない。人の血が混じることで人間と同じように赤子として生まれ立って歩く幼児へと育ったものの、精霊の気質に引っ張られてか、その成長も幾分かゆっくりなようだった。
一方で、別の次元で三十年余りを過ごしある程度成熟した精神は生まれて数年の自我を尊び、(自分でも何を言っているのかちょっとよく分からない)しかしそう尊んでいて、成長の遅い精霊の心を守るように成熟した精神がそれを包んでいるという。母は、二つに分かれたあなたたちが仲良くできていて嬉しいわ、と言った。そういうことでいいんだっけ、と思ったが、相反する二つの人格が出たり引っ込んだりする厨二病的な恐ろしい事態よりは良いと納得した。
そんなわけだから、同年代の人間の子供と比べると小柄な体躯であったし、ほんの少し、そう二十年ほど、大人な口をきく子供なのだ、私は。女の子は早熟とは言うけれど、少しばかりアンバランスかもしれない。
それを悟ったのは孤児院の頃であったが、こうして高位貴族の家に引き取られてからもその認識は間違っていないようだった。
目立つことは好きではないし畏れられるのも性に合わないから、うっかり話しすぎないよう気を付けている。しかし家令のクライヴなど、時おりわざと難し気な話題を振ってきている気もするが。
フレドリック様に我儘を言わない、と言われていたが、余計なボロを出さないよう意識して口数を減らしていただけのことである。




