アルバート様とフレドリック様
引き取られたフィッツロイ公爵家にはすでに子供が3人いた。
私より年上のアルバート様、フレドリック様は前の奥様との御子だそうだ。
そして現在の公爵夫人との間には、クローディア様。私より三つ下の女の子で夫人によく似た可愛らしい顔をしている。
引き取られた身でありながらも、人間関係には恵まれた。
義父となったご当主様は忙しいひとであったが必要なものはきちんと買い与えてくれたし、奥方様は実娘であるクローディア様を除いて子供たちみんなに無関心であった反面、ひどい扱いもされなかった。
氏素性の分からぬ子どもなど他人以上に煩わしい存在であろうに、アルバート様もフレドリック様もきつくあたることもせず顔を見れば声をかけてくれた。家人も同様だ。これほどの名家であれば仕える者もそれ相応の家柄であろうが、怪しげな子どもも主家の一員として扱ってくれる。
この家が特殊なのだろうか。貴族ともなればどんなことをしてくるか分からないと少しばかり気を張っていたが、どうにも予想と違っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはよう、コーネリア」
食堂に行けば、未だアルバート様とフレドリック様の二人が朝食をとっていた。珍しい。
メイに促され席に着くと私の前にも皿が並ぶ。
ちなみにご当主様はすでに仕事をしているし、奥方様はもっと日が昇ってから起きてくる。クローディア様はまだ寝ることが仕事の身の上だ。だからこそ朝食は食堂でも、と思っていたのだが。
いつもは一人で食べていたから、どうにもやりづらい。
「コーネリアはいつもこの時間?早いな」
「…いえ」
話しかけられた。
コーネリア、という名前は引き取られてから付けられた。母や精霊たちには愛しい子、と呼ばれていたし、孤児院では瞳の色からヴァイオレット、と呼ばれていた。
いつもはあなたたちのほうがもっと早いじゃないですか、とは言えず曖昧にほほ笑む。
「今日は少し長引いたけど、俺たちは朝の鍛錬をしているから。義母上ももっと遅いし、コーネリアもゆっくりすればいいのに」
内心のつぶやきに応えるような返事に、今度こそ何も言えずにほほ笑んだ。
まさかとは思うけど、人は高位貴族ともなれば心のうちが読めるのだろうか。
「コーネリアは顔に出やすいな」
「いま、心が読めるのか、なんて思ったか?」
楽しそうに言われ、ぎょっとする。
「ははは、当たり?かわいいなあ」
「…ご容赦くださいませ」
どうにかそれだけ言う。笑みが引き攣ってやいやしないだろうか。
アルバート様もフレドリック様も、筆頭公爵家のご子息でありながらなんとも気さくだ。取り繕った匂いもしないからもともとの性分なのかもしれない。
とはいえ、のうのうとお喋りしていいひと達ではないことは学んでいる。そうしなさい、と言われたわけではないが、立場を弁えないよりは弁えたほうがいいに決まっているのは世界の摂理だと思う。
「…きみが来てからもう一年近く経つのか」
「全然我儘を言わないから逆に心配になるよ。困ったことはない?」
「みなさま、とても良くしてくださっています。ありがとうございます」
これは本当だ。
私が公爵家に引き取られるにあたっては、随分揉めたと聞く。
そりゃそうだ。精霊の子というのも今際の父の言葉のみ。魔力形質を示す紫の瞳はあるものの、本当に精霊の子なのか、いやそもそも父の子なのか証明ができない。私も別に積極的に証明したいと思わないし。
いっそ死んでくれたら良かったと思っているのはひとりやふたりの単位じゃないだろう。
そんなわけだから、引き取られた後は家畜の扱いかはたまた不幸な事故かと軽率に頷いたことを若干反省していたのだけれど、実際来てみればフィッツロイ公爵家の令嬢として下にも置かない扱いである。
たまに訪れる親類からはボロクソに言われているが、逆に安心するくらいだ。
「レンフィールドのお嬢さんが言いがかりをつけてきたって聞いたが?」
「あら…」
小さく首を傾げる。
レンフィールド家はフィッツロイの分家のひとつで、私を嫌う親類代表である。
実父があんなことにならなければ、嫁取り予定先でもあったらしい。そりゃ嫌うわ、と納得すらしている。
そしてアルバート様が仰る言いがかり、とは、そのレンフィールド家のご令嬢であるレイラ様が先日こちらのお屋敷にお出でになり、私の出自をこれでもかとこき下ろしてお帰り遊ばした件のことだろう。レイラ様はアルバート様を慕ってらっしゃるようで、アルバート様のご慈悲に意地汚くも縋って…のくだりは王都・公爵領合わせればこの1年で百回くらいは聞いている。
けれど、一応人目を気にしてかフィッツロイの面々がいないときを狙って文句を言うし、主だった使用人も部屋から追い出していたはず。
どこから漏れたのだろう。
「…君を引き取ると決めたのは父本人で、君はもうフィッツロイ家の令嬢で私たちの妹だ。その名誉を不当に貶める輩を許すようなやつは、この屋敷にはいないよ」
恐らくまた私の表情から疑問を読み取ったのだろう。アルバート様は困ったように笑って言った。
「レンフィールドには父が改めて釘を刺すと言っていたから、しばらくの間は大人しくなると思うけど。守ってあげられなくてごめんね」
フレドリック様の言葉に思わず肩があがる。
ご当主様まで話が行ってしまったのか!
レイラ様、サンドバッグの役目をきちんと果たせなくて大変申し訳ない。
アルバート様の口ぶりからすると、次は私からも積極的に隠ぺいに動かないとだめそうだ。
「…レンフィールドのみなさまは、貴族としての心構えを教えてくださっていました。お気持ちが入りすぎたためか少し口調が強くなってしまわれましたから、もしかしたら誤解されてしまったのやも」
「あいつらを庇う必要はない」
「いいえ。レンフィールド家は長くフィッツロイ家を支えてきた忠義の家と聞いています。不義の庶子が多少当てこすられた程度でどうこう言うほどのことはないと愚考いたします」
「不義の庶子!?当てこすられた程度、だなんて…!」
「その程度です。その程度のお話なのです」
アルバート様が声を荒げるが、首を振る。
レイラ様はまあ私情が入っている分苛烈だったけれど、その他のレンフィールド家の言い分というのはそれほど的外れではない。寧ろまっとうな部類に入るとさえ思う。
私がこの家に来たのはノーと言えなかっただけで、あと数年お世話になったら適当に恩返しして出ていこうかなと考えているくらいだけれど、彼らはそんなこと知らないわけだし。建国の神話やら精霊の加護の話も聞いたけれどだからといって目障りな庶子には変わりない。
公爵家は長年にわたり幾度も王妃を輩出し、また姫を降嫁されてきた由緒正しき家系だ。王家に何かあればその代役を果たすことさえ求められると聞く。そんな名門、いくら年々加護が薄まってきているからって、ご当主様もよくもまあこんな得体のしれない子供を引き取ったよなあと感心してしまうくらいだ。
「私もフィッツロイ家に名を置かせていただく身として認めていただけるようさらに精進いたします。この件はどうか、これで」
というわけで、私のために分家との間にひびを入れないでほしい。切実に。
びびりな性分なもので、どうにもそわそわしてしまう。
まあ、分家に舐めた口を利かれたのが業腹なのか、あるいはレイラ様が口にした何かがお二人の柔らかいところにヒットしたのか分からないけれど、今はこうして波立っているお二人の気持ちが落ち着きさえすればご当主様も利を見るだろう。
まあまあそんなに怖い顔しないで、という気持ちをこめて笑いかければ、フレドリック様は奇妙なものを見たような顔をし、アルバート様は少し黙ったあと頷いた。
「…父には、君がそう言っていたと伝えておくよ」
「コーネリアは思っていたよりもずいぶん賢いなあ。いま何歳だっけ」
「6歳。…6歳だよな?本当に?」
あらいやだ、とおどけて見せれば、お二人の麗しいお顔に少し笑顔が戻った。少しばかり呆れと疑惑が混じっている気もするが、気づかないふりをしてナイフとフォークをとる。
わずかな交流の中でも、彼らの人柄は十分に見知った。怒ることなく、悲しむことなく過ごしてくれたらいい。
腸詰めをぱくりと頬張る。
今日はどうにも喋りすぎた。これ以上ボロが出る前に退散せねば。




