顔合わせ
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「…はい」
返事が一瞬遅れたのに他意などない。
ここ直近の自身の行動を思い返し、どれが呼び出されるほどの致命欠点だったかを振り返っていただけである。
ガーデンルームの長椅子でつい転寝してしまったのはやはり貴族子女としてアウトだったか。
それとも図書室から本を借りておきながら未だ返却せず、あわよくば借りパクできないかと目論んでいることがバレたのだろうか。
はたまた、お誕生日のお祝いにと御当主様からいただいた薬草の苗を、あんまり気が乗らずに一日放置したのは流石に不敬だったか。
なんにせよ心当たりは山のようにあって、私は大層重い足取りで御当主様が待つ執務室へと向かったのだった。
メイに先導されて室内へ足を踏み入れれば、思いの外多くの視線に晒されることとなり思わず後退りそうになる。
気を抜くとすたこら逃げようとする体を叱咤し、とりあえず呼んだ張本人へ挨拶をした。
「お呼びと伺い参りました。コーネリアでございます」
「楽にしろ」
「はい」
これだけ見つめられながら?
と口には出さないが胸中で思うくらいはいいだろう。
カーテシーから体を起こし、室内の皆さんの様子を探った。
広々とした執務室には、椅子に座る御当主様とその後ろに侍るクライヴのほかアルバート様とフレドリック様が壁際に立っていた。
そして執務机の前に立つ二人の男性は初めて見る顔だ。
どちらも分厚い体に軍服を纏っている。精悍な顔つきと太い首元、軍人だ。
軍服の胸元には勲章ぽいものが飾られている。ご当主様とはまた異なる威圧感は、己が肉体を頼りに生き延びてきた者が持つ自負からだろうか。
それにしても立ち姿のいい男たちだ。どちらもご当主様より年配だろうけれど、燃えるような生命力がその身体から滲むようだった。
「紹介しておく。サイラス・アバネシー、エグバード・スウィングラー。フィッツロイ公領が有する黒鷲騎士団を束ねる者たちだ」
「初めまして、お嬢様」
ふ、と口許を緩めたのはアバネシーさん。
先に口火を切ったということは、年上に見えるスウィングラーさんよりも立場が上ということだろうか。
「初めまして。アバネシー様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「団では家名を頼りとせぬよう皆名前で呼び合うことと定めております。私の事はサイラスと、こちらの者はエグバードとお呼び捨ていただければ」
「まあ、そうなのですね。でしたらサイラス様、エグバード様とお呼びいたします」
呼び捨てしていいよと言われたけれど、親しくもない年上の男性の名をフランクに呼べるほど小慣れていない。
呼ばれた理由も察しはつくが確証がないため、ストレートに聞いてみた。なんせこちとら7歳の幼児であるからして。
「精強と名高い黒鷲騎士団の名士とお会いできて光栄です。本日はどうされたのですか」
「いやなに、フィッツロイの掌玉に会わせていただけると聞いたものですから」
「…頭二人がのこのこと召喚に応じて、団の綱紀をどう正すべきか悩ましい事だな」
興味なさそうに言い捨てる御当主様の言葉の冷たさに気圧された様子もなく、サイラスさんもエグバードさんもはっはっはと声を上げて笑った。
冗談混じりではあるが、騎士団幹部との顔合わせの意で間違いないか。先日アルバート様が仰っていた通りである。
黙って話を聞いていると、御当主様が小さく息をつき鬱陶しそうな顔のままこちらを見た。
「騎士棟は城の東にあるが、此奴らは頻繁にこちら側へ顔を出す。居住地への立ち入りも私が許可している。心得ておけ」
「承知致しました」
胸に手を当てお辞儀をする。
その様をじっと観察するように見ていたエグバードさんが微かに笑みを浮かべ頷いた。
「…噂には聞いておりましたが、誠良く似ていらっしゃる」
その意味はすぐ分かった。頻繁に投げかけられる言葉でもあったからだ。
そして私はそれに対し返す言葉を持たない。
黙っていると小さくため息が聞こえた。御当主様だ。
「重ねて説明している通り、コーネリアに実父の記憶はありません。面影があるのは否定しませんが、中身はまるきりの別物だ。妙な期待を抱くのはやめていただきたい」
「そんなに何度も何度も念を押されずとも委細承知しておると毎回言うておりましょう。…お嬢様、コーネリア様とお呼びしても?」
御当主様が他の誰かに丁寧な言葉遣いをするところなど初めて聞いたよ。
エグバードさんが背を丸め微笑みかけてくださったが、随分優しい笑みに逆に身の置き所がなくちらりと御当主様を見やった。
御当主様が眉間に皺を寄せたまま小さく頷いたのを見て、おずおずと優しくこちらを見る騎士と目線を合わせる。
「ええ、エグバード様」
「いやそこは叔祖父と」
「叔父上。もう用は済みました、疾くお帰りを。サイラス、そこの耄碌爺を檻に戻しておくように」
「…だそうです、エグバード。名残惜しいのは理解しますが今日は大人しく帰りましょう。なに、親交を深める機会はいくらでもありますよ」
サイラスさんが、泉の散策には我等もお連れいただけるのでしょう?と壁際に立つアルバート様達に声をかけた。
「ええ、フレドリックを含め手練れを数人お貸しいただきたい」
「勿論喜んで。ほら、そういうわけだから」
「…お前はすぐに会えたから。私は何度も素気無く断られてようやくこうして」
「はいはい、しつこい男は嫌われますよ」
ではこれにて御前失礼致します、と綺麗な礼を披露すると、サイラスさんはエグバードさんの背を推すようにして退室していった。
さすが軍人、体捌きに無駄はなくあっという間の撤収である。
しかし残された室内にはなんとも言えない雰囲気が漂った。
どうしようか迷い、一応聞いてみる。
「…エグバード様は、御当主様の叔父君に当たる方なのですか」
「前公爵の弟で、元騎士団団長だ。今はサイラスにその役目を譲り、副長として支えている」
「左様ですか」
身内。御当主様に気安いのはそのせいか。
私へ、というより私に滲む男の面影へのあの優しい笑みは単に身内だからというだけではなさそうだったが、別段知りたいということでもない。
公爵家にお世話になっておいて言うことではないと思うから黙っているけれど、私にとって実父とはそんな扱いの存在なのだ。
ひとまず挨拶は無事済んだことだし、私ももう帰っていいだろうか。




