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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
公領 ガーデナー見習い編
36/70

公領とフィッツロイ城

ぱちん、ぱちん。


朝晩は大分冷え込むようになってきたけれど、陽が照る日中はまだ暖かく過ごしやすい。

自分が寒がりだとは思っていなかったし引き籠りも別段苦に思っていなかったが、やはり陽の光というのはいいものだと改めて思う。


溌剌と枝葉を伸ばした文桐草を剪定する手を止め、顔を上げる。

ガラス越しに見た空は抜けるような青空で、今日もいい天気だなあとほほ笑んだ。



国王陛下のお誕生日をお祝いした後、当初の予定通り私はフィッツロイの皆様とともに王都を離れ、以降公領で日々を過ごしている。


あの言祝ぎの五日間はお屋敷のなかも非常に慌ただしかった。


連日開かれる夜会に出席されていたご当主様とアルバート様は勿論大変だっただろうし、奥様や王城内の警備に借り出されていたフレドリック様も幾度かご一緒したようだった。有数の名家であればこそ招待されるだけでなく招待をする側にも回らねばならないようで、お屋敷でもお茶会が開かれていた。私はお部屋で大人しくしていたけれど。


勿論それらの準備を恙なく進めるためお屋敷に勤める皆様は朝早くから夜遅くまでそれはもう忙しそうだった。メイは私付きであるからある程度免除されているようだったが、それも申し訳なさそうにしていたため途中からお手伝いに行っておいでと送り出したほどだ。


そして、そんな慌ただしい五日間を無事乗り越えたその数日後には出立である。

行動を共にするメイやクライヴなどにとっては随分ハードなスケジュールだ。彼らは出立前も到着後もやることが山積みだろう。

例年はもう少し余裕をもって領地へ戻るらしい、というのは道中で聞いた話だった。


「お嬢様、どうぞ」

「ありがとう」


メイから如雨露を受け取り、剪定を終えた株に水を与える。


公領で過ごすのは引き取られた当初とあわせ二度目だ。初めてのときは何がなんだか分からなかったし、すぐに王都に移動になってしまったから知らないことのほうが多い。

王都のお屋敷での生活と変わりないものかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。私は今、王都では味わえない毎日をなんとも満喫していた。


王都のお屋敷はさすが三大公爵家というべきか広大で豪奢な邸宅という様相を呈していたが、公領にあるフィッツロイの居住地はもはや城であった。


比喩ではない。本当に城そのものである。


代々受け継がれてきたその古城は要塞としての機能を兼ねていたのか、改築の手が及んでいる一部の居住区を除き大層武骨であった。

しかしなにはともあれとんでもなく広いということは間違いない。

王都のお屋敷と同じく二階が子供たち、つまり私とクローディア様が出歩いていいエリアらしいのだが、いやこんなにいらんわ!と胸中で突っ込んでしまうほどだ。かくれんぼだと勝負がつかないし鬼ごっこでもしようものならマラソンになる、そんなレベルである。


そしてそんな広い城のなか、メイに案内されて二階の探検をしていたときに見つけた小部屋。


お城の端も端、中庭に面した小さなお部屋だ。その面積に不釣り合いなほど大きな窓には極めて透明度の高い硝子がはめ込まれていて、陽光が燦々と降り注いでいた。部屋の中には棚と机、水の通っていない水路とそれから二人掛けくらいの小ぶりな長椅子。

そこは清潔に整えられていたが近年使われた形跡はなく、陽光で温められてはいたがどこか寒々しい雰囲気を漂わせていた。


メイ曰く、フィッツロイ公領は希少な薬草の群生地であるためこの城にはガーデンルームや温室が多数残っているらしく、これはそのうちのひとつとのこと。


ぱっと見た限りだが拡大鏡や薬草を蒸留したり圧搾したりするのに使いそうな器具が残っていた。かつてのフィッツロイの子供もここで薬草を研究したりしていたのだろうか。英才教育やべえな、というのが第一印象だった。


しかしながらご当主様がお生まれになった頃に設備の整った立派な温室が別に建てられ、多くのガーデンルームが単なる日当たりの良すぎる部屋に変わったらしい。この部屋は特に小さいし、城の端に位置していることもあって使われていないとか。


それを聞いて、こんなに素敵な部屋なのに勿体ないわ、と返事をした私はそれほど多くを考えていなかった。ちょっとした相槌のつもりだったのだ。

しかしそんな何の気なしにぽつりと放った一言をメイが拾い上げてくれ、あれよあれよという間にこの部屋は私に与えられることと相成った。是非お使いください、と告げられぽかんとする私に、王都では人目がございますがこの城のなかでしたら、とクライヴは片目をつぶって言った。


以来、素人でも育てやすい種類を中心に苗を分けてもらいながら少しずつこの部屋で育てている。

王都のお屋敷でやっていた接待のような薔薇のお世話ではなく、万全なるバックアップの下であるけれど正真正銘のガーデニングデビューである。


「挿し木した分も今のところ順調ね。もう少ししたら収穫できそう」

「それはようございました」

「またハーブティを淹れてくれる?この前のとても美味しかったから」


そう告げれば深々とお辞儀をするメイを機嫌よく眺め、私は再びの作業に没頭した。午後は剪定した分を蒸留器にかけてみたいのだ。


…いや、自分でもちょっとハマってるなって気づいています。

そもそも精霊混じりということもあって陽光やら植物やらはやっぱり好ましく思うものでして。


今までは各種授業がみっしり詰まっていたし、気分転換にと庭仕事に手を出そうものなら私ではなく庭師が叱られた。

百合の一件もありやらかす可能性を考えるとお屋敷の植物に近づくのはどうしたって控え目にもなる。そもそも庭園に出るのもメイをはじめ色んな人に手間をかけさせちゃうしね。


しかし王城での特別授業が終わるとお屋敷での授業の頻度も減り、自由な時間が格段に増えた。そして自室からほど近いこのガーデンルームは、なんと私専用だと言うのだ。

更には、いつもは慎重にいけと行動にブレーキをかけるはずのもう半身がガーデンルームに遺された諸々の道具に惹かれているようで、どうにも気分の高揚が収まらない。


というわけで、この部屋の中ならば好きにしていいとクライヴとご当主様から言質を取ったこともあり、私は日々の少なくない時間をこの部屋で過ごしていた。


「明日は月葉草と猫足が届きます」

「ありがとう」


集めた枝をメイから手渡された籔に乗せる。


月葉草も猫足も珍しいものではないが薬草の一種だ。特に月葉草は部位や煎じ方により様々な薬効が得られる。庶民向け薬草の女王様といっても過言ではない、というのはメイが持ってきてくれた本の受け売りだが。

興味を持った私の様子を見て、メイが城のはずれに群生しているそれらを少し分けてくれるよう声掛けしてくれたのだ。


王都と比べて公領は古森が近く緑の気が濃い。

それにこのガーデンルームのおかげで陽の光を存分に浴びることができたせいか、王都にいる間にすこしずつ削られていった活力のようなものをたっぷり充填することができていた。

それがメイにはどう映ったのか、「笑顔でお過ごしになる時間が増えました」と重々しく告げられた際にはなんとも申し訳ない気持ちになったものだ。


元よりメイは私にとても協力的だったのだけれど、植物を育てていることが大きな気晴らしになったのではと考えたようだ。このガーデンルームに関することについては特に十全に手を貸してくれた。

手狭であれば隣の部屋をぶちぬきましょうか、と言われ真剣に止めたのはつい先日のことである。


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