ピクニックの約束
王都のお屋敷での生活と変わりないことも勿論ある。
その一つが稀にお声がけいただく晩餐だ。
半身を取り戻して以来、精霊の血を引くとも思えぬくらい食の欲求に目覚めた私であるが、この時ばかりは料理長渾身の一皿を呑気に味わうことなどできなかった。
この晩餐のために身支度を整え、食事中も表情を繕いながら会話に参加する必要があるのだ。
大層面倒でござる。
またフィッツロイ城には晩餐室も幾つかあるのだが、用途に分けてというよりはそれぞれを順繰りに使っていくようだった。
本日呼ばれたのは正晩餐室と呼ばれるとんでもなく煌びやかでだだっ広い食堂だ。建国以来連綿と続くフィッツロイの威光をこれでもかと示す室内は、ただ食事をとる場所にしては圧が強すぎると思う。
ここ、順番だから使う、っていう類の部屋じゃない気がするんだけど。
こんな場所でも平然とナイフを進め、穏やかに談笑するご一家を見て、生まれの違いというやつを改めて実感した。この部屋に渦巻く過去からの情念で私の胸もお腹もいっぱいである。
「コーネリア」
「はい」
根性でデザートまで腹の中に放り込み、ご当主様と奥様が退室されるのを頭を伏せてお見送りした後に声をかけられた。アルバート様だ。
「隣で少しお茶でも飲まないか」
「はい」
珍しい、これは初めてのパターンである。
きょとんとしながら返事をすると、アルバート様の後ろにいたフレドリック様がに、と笑って壁際に立つメイドさんにお茶の準備を言い付けた。
「おいで」
差し出された手におずおずと自分の手を乗せる。そのまま温かい手に包まれ、引かれるまま晩餐室の二つ隣にある小部屋へと足を踏み入れた。
部屋のなかは正晩餐室ほどきらきらしくはなく、置いてある家具類も重厚なものばかりだ。結局どれもお高いのだろうけれどまだこちらのほうが落ち着いて、ほうと息を吐くと対面から忍び笑いが聞こえた。
「あの晩餐室、肩が凝るだろう」
「みんな一緒だよ。だからこんな部屋がすぐ近くに用意されている」
正晩餐室の雰囲気に気圧されていたことはバレバレだったようだ。
浮かべた笑みは苦いものになっていないだろうか。
首を傾げて明言を避けていると、メイドさんがワゴンを押して入ってきた。
そのうち広くはない部屋にお茶のいい香りが広がる。
アルバート様とフレドリック様、そして私の前にそれぞれお茶を用意すると、ポットにカバーをかけメイドさんは部屋を出ていった。
「コーネリアは最近ガーデンルームがお気に入りらしいね」
カップを傾けながらフレドリック様が悪戯ぽく笑う。
「今は何を育てているの?」
「先日、月葉草と猫足を分けていただきました。それから、百合の球根も」
「私たちの温室にも色々な種類の草花があるから、気に入ったものがあるなら持っていくといい」
アルバート様もフレドリック様もそれぞれが管理を任されている温室をお持ちらしい。
とはいえさすがにそれは、とも言えず曖昧に微笑んでお茶を一口いただく。ああ、ほっとする。美味しい。
「でも植物が好きならちょうどよかった。花の見頃は過ぎてしまったけれど、実りの時期だから見ていて楽しいと思うよ」
「………?」
楽しそうに言われたが、生憎心当たりがない。
なんだろう、と瞬きを繰り返すと、アルバート様も楽しそうに身を乗り出した。
「王都にいた頃に話をしただろう?公領に帰ったら気晴らしに泉を見に行こうと」
そう言われ、ようやく思い当たる。
ああ!レイラ様の一件で部屋から出られなかった時にそんな話を確かにした。
覚えていてくださったのか。
「古森の麓の泉なんだけどね。この時期、騎士団も冒険者ギルドも浅地で山狩りを進めているから却って安全なんだ」
「冒険者ギルド」
きょ、興味深い単語が。
「ああ、冒険者の話は聞いたことが?」
「クライヴの授業で少しだけ。古森に面した地域では魔獣による被害を抑えるため、ギルドへの支援を積極的に行っていると」
「騎士団は装備も人員も増強するのにとんでもなく面倒な手続きが必要だからね。何年も前に申請したけど未だに許可が下りないくらい。でも国の許可がないからって魔獣を放置するわけにもいかないから、冒険者に協力してもらっているってわけ」
フィッツロイがどうこうということよりも、国からすれば武装蜂起のリスクを下げたい一心なのだろう。
さもありなんという裏話であるが、それを口にするフレドリック様の声が若干低くなったのは、騎士団に所属するからこそやりきれない思いを抱えていらっしゃるからか。
隣に座るアルバート様がくしゃりとフレドリック様の髪をかき混ぜるように撫でた。別にそんな気にしてないですが、とため息をつくフレドリック様を見てぼんやりと思う。
国王陛下の誕生パーティ以来だろうか。
頭を撫でられたり手を繋がれたりすることが増えた気がする。
フレドリック様もされるがままだったし、アルバート様もフレドリック様もこういう接触がお嫌いじゃないのかもしれない。
「破落戸みたいなのも多いけど、少なくともうちの仕事を請け負う連中はそう悪い奴らでもない。公領で暮らすなら会うことも多いだろうから、そのうち君にも紹介しなきゃね」
「その前に騎士団の面々との顔合わせからだな。泉にも帯同してもらうだろう」
「そうか、まだきちんと紹介していませんでしたね」
どうするかな、とアルバート様が顎に手を当てた。
「団長との顔合わせは父上がいる時だな。他は当日でいいか…ああ、コーネリア付きの護衛騎士の話もあるし、その辺りも考慮して人選しないと」
ぽーっと聞いていたら、私付きの騎士、なんてとんでもない単語が聞こえてきてお茶を吹きそうになった。
専属護衛なんてどこのお姫様よ。
「兄上、私は自分より弱い奴に妹の身を任せる気はありませんが」
「またお前はそんなことを…。お前と勝負ができるのは役付きばかりだろう」
「クラウスあたりを役職解除しますか。それなら」
「隊が混乱するからやめなさい」
やいのやいの言い合う二人のなかに割って入ることもできず、カップを抱えたまま硬直しているとアルバート様と目が合う。
きっと私は動揺した顔をしていたのだろう。アルバート様は安心させるように頷きながら微笑んだ。
「護衛騎士の話はいますぐじゃない。一緒にいる時間も長くなるのだから、君が安心できる者がいいだろう。父上もきっとそういう奴を選ぶ」
メイのように、と言われ、ふと思い至った。
なるほど、メイと気心知れた人ならばいいかもしれないな。
お屋敷の庭園を散歩する時、王城や書籍館へ出かけた時、メイが周囲の気配に対しとても気を張っていた様を思い出したのだ。レイラ様の一件後はそれが特に顕著で、大層申し訳なかった。
メイには苦労をかけてばかりいる。
クライヴには少しは自己保身を考えろ、振る舞いを見つめ直せと言われたが、私の中身はすでに自立した大人のもので、多々反省はあるのだけど三十年以上もこの振る舞いでやってきたのだから今更見つめ直したところで劇的に矯正できるとも思えなかった。であれば、メイの心労を減らすために外部電源の力を借りるというのは妥当な策ではないだろうか。
うん、護衛騎士悪くないかもしれないな。
「メイも勿論いざというときに君を守れるだけの心得はあるけど、見た目がメイドだからね。剣と鎧があるだけで押し出しが違うから」
「まあゆっくり決めるおつもりのようだし、そんな話があるくらいの認識でいてくれたらいい」
まずは泉散策の計画を立てよう、と頭を撫でられた。
あ、また撫でられた。
私も別に嫌いじゃないけど、少しだけ困惑する。そわそわするのだ。
でもそれは表情に出さないようにして、こっくりと頷いた。
「団長との顔合わせ、帯同する騎士の人選、あとは?騎士たちは馬で行くとして、私たちは馬車だな」
「あ、パンとチーズを用意してもらいましょう。葡萄酒もかな。向こうで鳥でも狩ります?」
「…それは次回にするか。今回は鴨でも焼いてもらって持っていこう」
アルバート様は私を慮ってくれたようだった。
実のところ、狩るだけなら鳥でも兎でも何なら大型の魔獣でも狩ることはできる。
鳥以外は捌けないけれど、肉にさえなればどいつもこいつもこんがりジューシーに焼き上げることだってできる。ただそれをこの場で主張することは憚られて、黙っておくことにした。
…いつか、言ってもいいかな。
私の特製直火焼きを振舞ったら、なんとなくこの二人は喜んでくれそうな気がするし。
「日程は兄上のお仕事次第です。きりきり頑張ってくださいね」
「お前も手伝ってくれて構わないのだが?」
「私は来る日のために連中をきっちり仕上げておきますよ」
唇の端だけを上げる笑みはどこか酷薄で、連中と呼ばれた騎士団の皆さんの無事を胸中でお祈りした。
アルバート様も同じ心境のようで、まあほどほどに、とだけ告げる。
そのあとも、泉の周辺に群生している薬草やかつて遭遇した美しい野生動物の話が続き随分と遅くまで話し込んでしまった。
カバーがかけられたポットのなかのお茶も温くなっていた。
大層楽しい夜であった。




