ご挨拶
見惚れていると王女殿下と目が合った。熱視線過ぎただろうか。
王女殿下は菖蒲色の瞳をぱちぱちと瞬きして、その後は何もなかったかのように自然に視線を移された。
瞳の色は優しい赤みのある紫色で第三王子殿下とよく似ている。ちょっと明るめかな。
ゆっくりとお二人が進み、私達が屯っている辺りに近づく。そして、第三王子殿下が私達に気付かれた。
視線が合う。
少し目を大きくしてぱちぱちと瞬き。
似通った仕草に、ああご姉弟なんだな、と微笑ましく思った。
「…コーネリア嬢」
第三王子殿下から呼びかけを頂いた。ご挨拶してもオーケーだよね?
ちらっと隣のアルバート様を見たら小さく頷かれたので、足を引いてお辞儀する。この日のために散々練習を重ねた動作だ。スムーズに動く。
「国王陛下におかれましては、この佳き日を迎えられましたこと祝着至極に存じます」
「ありがとう。薔薇を贈ってくれたんだよね。見たよ、すごく綺麗で父上も母上もお喜びだった」
「身に余る光栄にございます」
微笑む、余計なことは言わない、返事に困ったら微笑んだまま首を傾げる、とクライヴから教わっている。
喋っていい内容はリスト化されている。
思いの外少なくて、これで会話が成り立つのか未だに半信半疑だ。
「来てくれてありがとう。招待状送ったのは私だけど、本当に来てくれて少し驚いている。…ドレス、似合っているよ。妖精のようだ」
「まあ。過分なお褒めをいただきまして」
「本当だよ」
会話は途切れたが第三王子殿下はまだ次へ行こうとしない。下々の方から話題振るべき?でも喋るなって言われているしな。どうしよう。
「あなたがコーネリア・フィッツロイ様なのね」
もう一度アルバート様の方を見ようかな、と思っていたら、第三王子殿下の隣でにこにこ微笑まれていた王女殿下が弾んだような声を発された。
「はい。御意を得まして光栄に存じます、コーネリア・フィッツロイでございます」
「ハロルドからあなたのお話は良く聞くの。とても優秀でいらっしゃるというからどんな方なのだろうと想像していたのだけど、こんなにお可愛らしい方だなんて!」
「姉上、もう」
「…恐れ多いことでございます」
王女殿下が口にされたハロルド、とは第三王子殿下の御名である。
照れたような様子の第三王子殿下を直視するわけにもいかず、顔を伏せる。
うふふ、という笑い声すら麗しいな。
「殿下方、そろそろ」
「ええ、そうね」
お付きの方に促され、お二人は止めていた歩みを進められる。
どなたか分かりませんがお付きの方ありがとう!もういい加減褒められた時の返答に困っていたのだ。
上に立つ人ほど褒め上手なんだろうな。
憐れみ混じりの嫌味といい、古森とは大きく隔たりのある世界だ。
「ねえ、コーネリア様とお呼びしても?」
ぱっと横を向いた王女殿下ににこにこと微笑みかけられる。
しまった、ちょっと気を抜いていた。返答する間もなく、王女殿下に手を握られる。
周囲がざわっとしたが、私には訳がわからない。
え?なに?なに?
「コーネリア様、今度お城にいらっしゃらない?私、コーネリア様と是非仲良くなりたいわ」
圧さえ感じる笑顔、きゅっと握られた手。目を覗き込まれ、思わず仰け反る。
ひええええ。こんなシチュエーション、クライヴの想定会話集にはなかった!
アドリブがきかない私は硬直しながらもどうにか笑みを浮かべ、ぎぎぎ、と首を傾げた。
だれか助けてー!
そう思っていたら、そっと肩に手を置かれた。大きな、温かい手だ。
「…王女殿下、直々にお声がけいただきましてフィッツロイといたしましても誠に光栄に存じます」
朗々とした声は、アルバート様だ!
私の後ろに立つアルバート様は、そっと肩に置いた手に力を入れ、後ろへ引いてくださった。王女殿下の手が解ける。
「フィッツロイ様、いらっしゃったのね。気がつかなかったわ」
「両殿下におかれましてもご機嫌麗しく」
王女殿下の声にはどこか挑発するような響があった。
アルバート様が前に出て一礼する間に、フレドリック様に手を引かれて更に後ろに引き込まれる。殿下方が視界から消え、アルバート様の背中しか見えない。
フレドリック様の顔を見上げると、思いの外厳しいお顔をされていて驚いた。
「先ほどのお誘いの件、コーネリアは未だ行儀作法も覚束ない身でございます。尊き方々の前に出るには些か懸念も残ります故、誠に残念ではありますがご容赦願いたく存じます」
「まあ、私はコーネリア様に伺ったの」
「保護者ではなく6歳の子供の意見を尊重されると仰る?」
「保護者だというならフィッツロイ公爵でしょう?持って帰るくらいしたらどうなのかしら」
「父の意向を汲んでの発言と捉えていただければ」
少しの沈黙の後、今度はどこか優しく聞こえる声で王女殿下が続けた。
「内々の集まりよ。マナーもうるさくないし、何より同じ年頃の子達と交流を深めた方がコーネリア様の将来にとってもよろしいのではなくて?」
「我が妹の将来までもお気遣いいただき誠に有り難く。本来では公領にて少しずつ学ぶべきところ、格別のご高配により王城で学ぶ機会を賜りました。そのご縁にてこうしてこの場にもご招待いただいております。なればこそ、今一度公領にてフィッツロイに連なるものとしての学びを充実させてやりたいと考えておりますので」
揺らぎなくアルバート様が言い切ると、苦々しい声が聞こえた。
「…そう。残念だわ」
「お声がけ頂きましたことは父に申し伝えます」
「きっと陛下に苦情が来るのでしょうね。勝手を言って申し訳なかったわ。…行きましょう、ハロルド」
「はい、姉上」
苦笑混じりの声が聞こえる。私このままフェードアウトでいいのかな。
アルバート様は暫く殿下方を見送っていたようだったけれど、ざわめきが落ち着いてくるとこちらを振り返った。
「コーネリア」
ぽんと頭に手を置かれる。
「よく迂闊な返事をしなかったね。いい子だ」
アルバート様もフレドリック様も表情が硬い。近付いてきたオーガスト様は苦笑いしている。
「コーネリア嬢への純粋な興味か、アルバート様への当て付けか判断に迷うところですね」
「どちらにせよ声をかけられたことに変わりはないし、声をかけられた事実は消えない。父と相談だな」
晴れ渡った空、気持ちの良い風が庭園を優しく吹き抜ける。
離れた場所にいる殿下方の方をアルバート様は感情の読めない目で見つめていた。




