フィッツロイの百合
「まあ、遠縁なんてそんな淋しいことを言わないで、オーガスト。あなたのお母様とは昔よくお茶をご一緒したものだわ」
にっこりと笑うが、頼りにするには随分と儚い縁だし、その程度の縁すら誇張されている気配。
貴族というのは面子を大事にするけれど、ある程度図太くなければやっていけないのだろう。
「お二人とも寄宿学校をとても優秀な成績で終えられたとお聞きしましてよ。アルバート様は既にお父上のお仕事を手伝ってらしているとか。フレドリック様も、将来的にはフィッツロイの騎士団を取り纏める役目を担われるのでしょう」
「未だ若輩者です」
「そんなご謙遜を!栄えあるフィッツロイの御子息、世の令嬢はみなあなた方に恋焦がれておりますわ。例えば、そう、私の知り合いの娘たちも同じです…あなたたち、いらっしゃい」
オールポート伯爵夫人がさっと目配せすると、たまらずオーガスト様がそれを遮った。
「ヘレナ、挨拶だけと言ったはずです。彼らには本当に世話になっているんだ、これ以上不義理なことをしないでくれ」
「なんてことを言うの、オーガスト。あなたこそ私に恥をかかせると言うの?ねえ、アルバート様、フレドリック様。二人とも本当にいい子なのよ。家柄も確かだし、気立ても…少しだけお話ししてくださったらその良さが分かりますわ」
公爵の息子だろうが二人をまだ年若いと見てぐいぐい押してくるオールポート伯爵夫人。
自分の出番を今か今かと固唾を飲んで見守る後ろの御令嬢二人。
どうするんだろうと思っていると、アルバート様が薄い笑みを浮かべて首を振った。
「オールポート伯爵夫人、大変申し訳ないが我々は父からフィッツロイの百合を守るという大事な役目を申しつけられているんだ。あなたの目に叶った素敵な御令嬢なら数多の紳士が放っておかないだろう。しがない花守ではなくそちらに目を向けてあげるべきだ」
「…まあ、まあ、そうでしたのね。大事なお役目が…」
さらっと断られ、伯爵夫人はこちらを初めて見た。
目を弓形に細める。あ、ふんわりと香る悪意の匂い。
「…ええ、聞きましてよ。なんでもお身内の庶子を引き取られたとか。そう、この子が」
「ヘレナ、もういいでしょう」
「オーガスト、私は心を痛めているの。由緒ある名家が血を汚すおつもりかと噂になっておりましたけれど…あなたも心苦しいわよね、生まれも違うのにこんな天上の集いに呼ばれて、未来ある公爵の御子息を自分のせいでこんな庭園の隅に縛り付けて」
心中察するわ、私だったら耐えられないもの。
あなたの気持ち分かります、と言わんばかりだが、瞳の奥には悪意が滲んでいる。
伯爵夫人の嫌味に比べたらレイラ様のは子供の悪口かな。憐れみを笠に着ている分まあ陰険!
とりあえず何を言っているんだか分かりませんって顔をして笑みを浮かべながら小首を傾げた。クライヴに教えてもらった絡まれた時のいなし方のひとつだ。
伯爵夫人は悲しそうな素振りを期待していたんだろうな、可愛くねえなこいつ、と表情に出ている。
さらに追撃しようと伯爵夫人が息を吸い込んだ。
「ねえアルバート様、フレドリック様。この子、きっとお二人を自分に付き合わせていることに罪の意識を感じていますわ。私には分かります。この子のためにも、お二人は少しパーティを楽しむべきよ」
「ヘレナ、お願いだから」
「なあに、オーガスト。そう、お父上に叱られてしまうならオーガストがこの子を見ていますわ、それなら」
「申し訳ないが、オールポート伯爵夫人」
微塵も揺るがない微笑で、アルバート様が伯爵夫人の演説をぶった斬った。
「大きな誤解があるようだから訂正しておこう。コーネリアはね、引き取られた庶子ではなくて、フィッツロイ公爵が認めたフィッツロイの姫であり、私とフレドリックの紛うことなき妹だ」
おいで、とフレドリック様の腕に抱き上げられる。
「百合の花のように美しいだろう?虫が寄ってくるのを許せないから傍にいるだけだ。他の誰にも代わるつもりはないし、悪意を以って接するならフィッツロイとして然るべき対応をとる。そこを、よく覚えておいてほしい」
そこまで言って、アルバート様は表情を変えた。
御当主様によく似た、冷たい、厳しい眼差し。次期公爵の責務を負う、支配者としてのお顔だ。
「それから、最近はあまりなかったからうっかりしていた。弟の友人の縁を食いものにされるのが私はどうも許し難くてね。オーガストから聞かなかったか?かつて、彼を介して私達に近づこうとした姑息な輩のことを。それとも親類だから斟酌されると?」
アルバート様の銀の瞳に藤色の揺めきが混ざる。感情が昂っているのだ。
「あなたの話は聞くに耐えない。私の前に二度と顔を見せないでくれ給え」
伯爵夫人とその後ろにいる御令嬢を面倒そうに睥睨し踵を返すアルバート様には取り入る隙なんて全然ない。
ブ…ブリザード…。
怒りからか羞恥からか顔を赤くする伯爵夫人と泣き出してしまいそうな御令嬢を気にする様子もなく、アルバート様は心配そうな顔でフレドリック様に抱き抱えられた私を覗き込んだ。
ああ、銀色に戻っている。
「…嫌な思いをさせた。大丈夫か、コーネリア」
「私はなにも。でも少し離れていた方が良かったのだろうと反省しています。ごめんなさい、ヘザリントン様のご親戚の方だというのに」
「違うよ、コーネリア嬢。挨拶だけと言われて断りきれなかった私がそもそも悪い」
悄然と肩を落とすオーガスト様に、フレドリック様の冷たい視線が刺さる。
「本当に暫く出入り禁止だからね」
「え、それで許されるの?コーネリア嬢を巻き込んでおいて?」
「父上やクライヴのいる場じゃなくて良かったな。下手したら取引止められていたよ」
「…息の根も止まるやつだそれ。親父にもお袋にも重々言っておく、親戚を調子づかせたら親父の代でヘザリントンが終わるって」
オーガスト様は深いため息をついて威儀を正すと、深々と頭を下げた。
「親戚が迷惑をおかけして大変申し訳なかった。暫く領地に引っ込んでいた人らしくてね。世情に明るくない割に世話焼きみたいで、仲介を頼まれて張り切ってしまったんだ。コーネリア嬢も本当にごめん。君がフィッツロイに大切にされていることなんてこんなに明らかなのにな」
「貸しだな。コーネリアが泣いていたら叩き斬っていたよ」
「未だ腹立たしいが、フレッドの顔に免じて許そう」
「お二人が気にされないのでしたら私に否やはありません。謝罪をお受けします。ヘザリントン様、お顔をあげてくださいませ」
三者三様の言葉に、ヘザリントン様は肩を震わせフレドリック様を大きく抱きしめた。
私も一緒だ。
「オーガスト!どさくさに紛れてコーネリアを抱きしめるな!」
「うわあああん!よかった!今回ばかりは終わったと思った!本当にコーネリア嬢天使!俺も守るからね!」
「要らん。離れろ!」
冗談のような大袈裟な抱擁に思わず頬が緩んだ。
そもそも私たちに話しかけた時から、オーガスト様がどうにか穏便に接触を終わらせようと声を張り上げていたしね。
家格的にも逆らい難かったんだろうな。やりとりを見つめながら、しがらみで動けないご自身を責めているようだったし。
こうして抱擁する手も、微かに震えているのだから。
フレドリック様にとって得難い友情なのだろうから、無事落ち着いてよかった。
「でも、ちょっと好奇の視線を集めすぎてます。離れてくださいませ」
「ええ!?そんな…いやしかし冷たいコーネリア嬢もいいな!」




