軽妙な男
立ち上がったサイキさんはアルバート様とフレドリック様にも深々とお辞儀をして待っている仲間たちの元に戻っていった。
どういうこと!?と悲鳴のような声が聞こえる。
「肌の色からして南部の出かな。それにしては訛りがなかったけれど」
「語学に堪能のようで、シンバラ語の課題の時には大層助けていただきました」
「ああ…カザン先生のやつ?」
頷くと、書籍館職員て底が知れないんだよね、とフレドリック様がため息をついた。
大陸でも有数の蔵書数を誇る中央書籍館は過去様々な出来事を経て治外法権の扱いとなっているらしい。
書籍館の職員も国ではなく館長が個人的に雇っているそうで、たまにびっくりするくらいの経歴を持つ者がいるとか。そして皆が皆館長を崇拝していて、引き抜くこともできないんだそうだ。
「まあいいだろう、害意は感じられなかった」
「会えてよかったです」
「ねぇ、なんだっけ、シュパルド?あんな笑顔の君、見たことなかったなぁ」
フレドリック様にしみじみと言われ、人目を忘れた振る舞いを恥じる。いつもあの部屋の中で会っていたからなあ。ちょっと気を抜き過ぎた。
「アルバート様、フレドリック様、参りましょう」
今更だが淑やかに振舞ってみる。
密やかな笑い声が聞こえたが、勿論聞こえないふりをした。聞こえませんったら!
その後ゆっくりと残りの見学コースを一回りし、再び休憩用のベンチソファへと戻ってきた。
私を挟むようにお二人が腰を下ろすと、さわさわっと空気が揺れる。悩ましいため息がそこかしこで聞こえた。
途中、あの集団にいるのだろう、何人かに声をかけられたが、ぎょっとするくらい塩対応だった。
あんな明らかな愛想笑い、大丈夫なの?居た堪れなくて気を遣ったわ!
「もうすぐ王家の皆様が台臨される。それまで少しゆっくりしようか」
給仕の人が持ってきてくれた冷えた果汁がとても美味しい。クッキーはもういいです、と言えばアルバート様が楽しげに笑った。
「フレッド、お前時間は?」
「まだ平気です、五日間分の休憩前借りしてますから。それより陛下へのご挨拶はどうされるんです?」
「代表して父上が。招待状の送り主にはコーネリアを行かせないとだが、それ以外は今回は免除だそうだ」
「…随分警戒しているね」
小声で交わされる会話を小耳に挟みつつ、私はこのえぐみのない果汁はどのようにして絞られるのかという考察に集中する。めっちゃ美味しかった。お屋敷でも是非いただきたい。
その時だった。
「色男は深刻な顔をしても絵になるな」
揶揄うような声が聞こえた。
「…深刻な顔をしているのに堂々と声をかけられる君を尊敬するよ、オーガスト」
「可憐な花が隣で咲いているというのに何を深刻になる必要があるのかと思ってね」
ぱちり、と音がしそうなウィンクを見せたのは、フレドリック様のご友人であるオーガスト様だった。
フレドリック様は呆れたように笑いながら差し出された手を握ると親密そうに上腕を叩いた。
「やあオーガスト。相変わらずだな」
「こんにちは、アルバート様。サンダーズの夜会以来でしょうか」
アルバート様と挨拶を交わしたオーガスト様は、次いで私の方へ体を向けた。
「妖精が迷い込んできたのかと思った。ドレスとても似合っているよ、コーネリア嬢」
「ご無沙汰しております、ヘザリントン様」
「…前はオーガスト様って呼んでくれていたのに!フレドリック、余計なことを言ったのはお前か」
「顔見知り程度の男を家名で呼ぶのは一般常識だよ」
オーガスト様はフレドリック様が寄宿学校で知り合ったご友人で、私が初めてお会いしたのは今のお屋敷だったけれど、公領の本宅にも遊びにいらしたことがあるらしい。
陽気で軽妙、いるだけで場が明るくなるような人だ。
オーガスト様は芝居がかった様子でフレドリック様の肩にもたれた。
「城内を三人で散策していたんだろう?随分噂になっている、フィッツロイの貴公子二人に挟まれたあの妖精は誰だってね。…姫を守ることに徹するというなら、挨拶したらさっさと退出した方がいい」
「ちょっと目立ち過ぎたか。庭園は避けたんだけどな」
「この見目だ、何を如何したって目立つさ。ただ、これだけ手をかけたドレスを纏って二人がぴったり傍につく、その意味を理解できる奴ばかりじゃない。…残念ながらうちの身内もその類でね」
「何を…?」
怪訝そうに眉を顰めるフレドリック様から離れたオーガスト様は大袈裟に頷いた。
「そうか!できればこの機会に旧交を温めたいと思っていたんだけどね。今日は公爵からお姫様を守るよう言われているなら仕方ない。また次の機会にでも」
「まあ、オーガスト。その方達があなたの言っていたご友人?」
それじゃあな、と言いかけたオーガスト様の言葉は、途中で被せるように割って入った艶やかな声にかき消された。
オーガスト様の口がへの字に曲がるのが見えた。
静かに近づく人影は三つ、先頭の扇を持った御婦人が先程の一声の主だろう。後を追うように続く二人の年若い御令嬢が頬を上気させている。
「ふん…?」
「あー…申し訳ない、本当に申し訳ない」
何かを察したように鼻を鳴らすアルバート様に、オーガスト様は頻りに謝った。
「オーガスト、お前はもう屋敷出入り禁止だな」
「そうしてくれ。もう夢見る阿保な親類が多くて嫌になる」
微笑みを浮かべながら小さくため息をつくオーガスト様を尻目に、御婦人がにこにこと近付く。少し離れたところで期待を隠せずそわそわする御令嬢たちの姿を見て、私も遅まきながらようやく理解した。
オーガスト様を餌にアルバート様とフレドリック様に近付くという作戦か!
うわあ、肉食ー!!!
御婦人はお二人の冷めた眼差しをものともせず話しかけた。
「いつもオーガストが親しくしていただいているとお聞きして、是非ご挨拶申し上げたいと思っておりましたの」
「…オーガスト、こちらの御婦人は?」
「…私の遠縁の親戚でヘレナ・オールポート伯爵夫人だ。ヘレナ、知っていると思うけど、こちらはアルバート・フィッツロイ様とフレドリック・フィッツロイ様、そしてコーネリア・フィッツロイ様」
アルバート様に水を向けられ、渋々とお互いを紹介するオーガスト様。
オールポート伯爵夫人は優雅にカーテシーを披露すると扇をはためかせた。




