城内散策
「いたいた。ソファを遠巻きにしている一団がいると思ったら、これかあ」
撫でられながら口元のクッキーを無心で頬張っていると、悪戯ぽい声がかけられた。
フレドリック様だ。
どこかできゃあと興奮を押し殺した悲鳴が聞こえた気がした。
「フレッド。随分早いな」
「気になってしまって、つい。休憩時間を前倒しでもらいました。兄上たちはしばらくここで?」
アルバート様は組んでいた足をほどき立ち上がった。
「大人しくしていろという父上からのオーダーだ。お前が合流したら庭でも城でも見に行くかなと思っていたんだが」
「じゃあ行きましょう。陛下たちがいらっしゃるまでまだ時間があるはず」
名を呼ばれ、手を繋ぐ。フレドリック様の手はごつごつしていた。剣を握る人の手なのだろう。
こんなに麗しい物腰なのに、と顔を上げると、フレドリック様は可笑しそうに私の顔を覗き込んだ。
「クッキー美味しかった?口の端に付いているよ」
「………!」
しゅぱっと口の周りに手をやればざりっとした感触がして目を剥いた。
つ…ついてる!!
絶対アルバート様にクッキーを押し付けられた時だ!
「なんだ、取ってしまったのか。可愛かったのに」
「こんな人目があるところでレディを揶揄っちゃだめですよ、兄上。…どうせなら家でやりましょう、私も参加したい」
「…………!?」
しかも口の端にクッキーの粉をつけていると知りながら放置されていたのか!一体いつから!?
顔が瞬時に熱くなり、フレドリック様の言葉で涙すら出てきた。
意地悪だ!この弄ばれている感!モテ男はこれだから!
「あ、今度は赤くなった。ぷるぷるしてる」
「すまなかった、コーネリア。少し揶揄いすぎたな」
笑い混じりに頭を撫でられ、謝られるが全然誠意を感じない。
ちょっと!「可愛くて、つい」と言っておけば丸く収まるとか思ってない!?
楽しんでるの伝わってるわ!
しかし怒りの炎は長続きしなかった。
二人のエスコートによる城内散策が思いの外興味深かったからだ。
「この城はかつて要塞の役目を果たしていた。防衛機能の一つとして、敵の侵入を想定し城内は入り組んでいる。例えば、ほらここを曲がると先程の回廊に繋がる」
「…本当ですね。なんだか化かされたような」
「こうして公開してはいるけど、実際のところ色々仕掛けがあるって噂だよ。全貌を知っている者がいるのかいないのか」
古森にいた頃から方向感覚には自信があったのにな。
でも確かに、集中してみれば踏みしめている床や壁の模様にほんの僅か違和感を感じた。傾斜がついているのかな。視界も柱や壁に遮られていて惑わされる。
こういういやらしい仕掛けがたくさんあるのだろう。
二人の説明を聞きながらぽてぽてと歩いていると、人混みの多い通路と交差したところで見知った横顔を見つけた。
サイキさんだ。制服じゃないけど、髪型もちょっと違うけど、サイキさんだ!
国の行事だし、書籍館もお休みなのかな。
レイラ様の一件以来、今に至るまで書籍館には行けずじまいだった。もちろんサイキさんに会うのもあれが最後だ。
魔石を同封したお詫びの手紙は送ったし、それに対して丁寧な御礼の返事はもらったけれど、直接謝ることができていないことは心に残っていた。
「サイキ!」
「…フィッツロイ…様?」
「……へあっ」
名を呼び、彼の視線がこっちを向いた。
会えてよかったと駆け出そうとした瞬間、腹に手を回されぐんと視界が動いた。
すぐ近くにフレドリック様の金髪が見えて、ああ抱き上げられたのだと気づく。
「こーら。急にどこ行くの」
呆れた顔で鼻をつつかた。
「すみません…」
「彼は?」
フレドリック様は私をアルバート様に渡すと、その前を守るように立った。
明らかに貴族然とした三人に見つめられたサイキさんはびしっと背筋を伸ばした。周りの人垣は少し距離を置いている。好奇心はあるがトラブルに巻き込まれまいとしているかのようだ。
「書籍館の…双樹の間の従僕です。ええと、この前も助けていただきましたし」
「…ああ、君が石を送ったっていう?」
合点したように頷くアルバート様に対し、フレドリック様はふうん、とサイキさんを上から下まで無遠慮に眺めた。お二人はサイキさんと面識がないのかな。
サイキさんの表情が益々強張る。
「ちゃんと御礼も謝罪もできていなかったので気にかかっていたのです。少しだけお話しても良いでしょうか」
「…君がそう言うなら。私達もそばにいるけどいいかい」
「勿論です。長くはなりませんから。…サイキ、シュパルド!」
アルバート様に降ろしてもらい硬直したままのサイキさんに笑いかけると、サイキさんはぎこちなく頭を下げた。
「…シュパルディカル、フィッツロイ様」
サイキさんの後ろで、知り合いなのかな、幾人かの男女がえー!?という顔をしてサイキさんと私を見比べている。それに対してサイキさんは戸惑った表情が抜けきれていない。
…声掛けるにしてももっとタイミング見計らえば良かったかな。完全に迷惑だよね。いやしかし、このままだと暫く会えないし。
「サイキといったか。こちらへ」
「は、はい」
アルバート様に声をかけられ、サイキさんはぎくしゃくと人通りの少ない通路の方へ足を踏み入れた。
通りがかる者たちが興味深そうにじろじろ眺めるが、話は聞こえないくらいの距離まで離れる。
なるほど、さすがアルバート様だ。私じゃそこまで気が回らなかった。
「妹が世話になったそうだな。助けてもらったと聞いたよ」
「とんでもない…恐れ多いことでございます」
アルバート様にぽんと肩を叩かれ、私も一歩前へ進み出た。
「サイキ、きちんと会って言いたくて。騒動に巻き込んで申し訳ないことをしました。あれから、あなたに何か悪いことは起きていない?」
「いいえ!公爵様からも館長宛に言葉添えをいただきまして、私は変わりなくやらせていただいています。フィッツロイ様はその…お加減の方は…」
お加減、の辺りでさらに声を絞る。気を遣ってくれているのか。
「私はこの通り、大丈夫です。あなたが助けてくださったからだわ。あの時は本当に有難う、感謝しています」
「いいえ、いいえ。本当に、もっと早く動くべきだったと…それに数々のご厚情こちらこそ有難うございました。あ、あのこれも」
サイキさんがごそごそと首からたらした紐を持ち上げる。紐の先についたチャームを目にして、嬉しい気持ちがパッと弾けた。
送った魔石だ。台座をつけた魔石が紐の先で輝いていた。
「使ってくれているのね。私が用意できるものはそれしかなくて、大したものじゃないのだけど」
「そんな…これほど美しい石は初めて見ました。優しい香りがして、そう、破邪の祈りをつけてもらいました。大切にします」
「ええ。暫くは書籍館には行けないのだけど…またシンバラ語を教えてね」
本当に暫くは行けないのだ。この国王陛下の誕生を言祝ぐ数日を最後として、多くの貴族はそれぞれの領地へ帰る。もちろんフィッツロイも同じだ。
次王都へ戻ってくるのは季節を二つ過ぎた頃だろうか。
そう言うと、サイキさんは眩しいものでも見るような顔をした後回廊の床に膝をついた。目を丸くする私に笑いかける。
あ、目線の高さを合わせてくれたのか。
「どうかお健やかにお過ごし下さい。またお会いできる日を心待ちにしております」
「有難う。サイキもね」
「はい」




