適当に飲み食いして過ごせ
王城までは馬車に乗る。パーティ参加者ではなくスタッフ扱いのフレドリック様は一足早く向かっていた。
窓から覗くメインストリートはそこかしこに色とりどりの薔薇が飾られていた。
「…コーネリアの薔薇も、王城に飾られているよ」
私の視線の先に気付いたのだろう、アルバート様がこそっと耳打ちしてくれた。
王城内は、授業で訪れた時とは比にならないほどの人で賑わっていた。
御当主様の後ろを少し離れてアルバート様に時折り背中を支えられながら歩く。
驚いたことに、こちらを全く振り返らない御当主様はそれでもこの小さい体躯の歩幅をご存知のようで、私は休み休みの小走りくらいでどうにか着いていくことができていた。
いや、走らなきゃ追いつけないんだけどね!もうちょいスピード落としてくれないかなぁ!
まあしかし、御当主様が選ばれる通路は人通りがぐんと少なくて助かった。同じように歩く人々は身なりもそれなりで、城内を一般公開しているとはいえやはり貴族専用道みたいなものがあるのかもしれない。
そんなことを考えながらスカートの下で忙しなく足を動かしていると、大扉の前で御当主様たちが立ち止まっている。
「こっちだ、コーネリア」
華やかな軍服を着た門番に御当主様が招待状を突きつけていた。もはやあなたは顔パスなんじゃ…?
緊張からか御当主様の面相に怯えているのかやけにきびきびした様子の門番を眺めていたら、アルバート様がそっと手を引いたので慌てて視線を戻す。
アルバート様が招待状を渡すと門番はそれにさっと目を通し礼を返す。それを見た別の兵士が大扉を開け放した。
「…わ」
薄暗い城内から一気に陽の光が差し込み、思わず手を上げ光を遮った。
目が慣れてみれば目の前には広大な庭園が広がっていた。そして各々の礼装を纏った沢山の人々。
彼らはグラスを手に取ったり、知人と話をしたりしていて、思い思いの時間を過ごしているようだった。
「驚いた?出席者はもう少し増えるはずだ」
「そうなのですか…すごいですね」
レイラ様はこのガーデンパーティのことを選ばれた者しか入れない特別な式典と言っていたけれど、その割にはとんでもない数の人、人、人だ。
参加しているのはこの国の貴族だけじゃないのかもしれない。
「それでは、わたくしはあちらへ」
「ああ」
奥様は庭園を見渡し、御当主様に楚々と顔を寄せて何某かを伝えた。御当主様が頷くとするりと手を離して微笑み、人混みの中へ消えていく。
一方、御当主様が前に進めば、それに応じるように人混みの中から背の高い痩せ気味の紳士が近づいてきた。お屋敷で見たことがある。側近の方かな。
それにしても息の合った連携プレーだとぽけっと見惚れていると御当主様がこちらを振り返った。
「今回は顔繋ぎなど不要だ、適当に飲み食いして過ごせ。寄ってくる奴らは追い払え。しつこければ私の名を出して構わない。挨拶をしたらさっさと退出しろ。分かっているな?」
「ええ。後ほどフレッドも合流したいと言っていました」
「余計な取り巻きを連れて来たら承知しない」
「流石に考えていますよ。朝コーネリアを見て、危機感を感じたみたいですから」
「ならいい。コーネリア」
御当主様の冴え冴えとした瞳にじっと見つめられ、背筋がぴっと伸びる。
「アルバートから絶対に離れるな。誰に、何を言われようとも、何を与えられようとも」
「はい」
御当主様、さっきから注意事項しか口にしていない。流石に子供じゃないんだから知らない人に着いて行くような真似はしませんて。
あ、6歳児か私。
「…フレドリックが合流したなら、少しだけ散策することを許す。それまでは大人しくしていろ」
「はい」
念を押すようにしてアルバート様にも再度注意を促し、御当主様は痩せ気味の紳士と一緒に庭園の中ほどへ進んでいった。すぐに人に囲まれて見えなくなる。
うひゃあ、と心の中で呟いた。
「さて。心配性な父上の仰る通り、どこか端で大人しくお茶でも貰うか」
あー…。
辺りを見回すアルバート様に、今更罪悪感が…。
いや、正確にはアルバート様を熱く見つめる無数の視線に、だろうか。
アルバート様は、御当主様と離れるや否や近づこうとした面々を威圧で牽制し、それを掻い潜って挨拶をしにきた方とも長くお話することなく早々に切り上げている。
なかには本当に仲の良い方もいただろうに。
私がいるからだ。折角パーティに来たのに、子供のお守りをさせて申し訳ない。
アルバート様もフレドリック様も、私のことを妹として扱ってくださっている。振舞いの端々にそれが滲んでいるし、折に触れ言葉にしてくれている。私の様子を見ながら少しずつ距離を縮めようとしてくれている。
嬉しいし、多分貴族の世界ではとても珍しくて、恐れ多いことだ。
でもさ。いくら妹だからって、準成人扱いの男の人がこんな華やかなパーティだというのにお子ちゃまの面倒見るのにかかりきりなんて切なすぎやしないだろうか。
ねえ、もうすごい熱視線だよ。特に御令嬢とそのお母様たちなんて食い入るようにアルバート様を見ているよ。
「…申し訳ありません」
アルバート様とそれからアルバート様を遠巻きに見ている御令嬢たちに向けて小さく謝ると、アルバート様は目を丸くして、そしてなんとも優しい顔で笑った。
「謝る必要なんてないな。何も気にせずコーネリアとお茶ができることに、私は少し浮かれているから」
おいで、と手を引かれ、ベンチソファが並ぶエリアまで来るとそっと座らされる。隣にアルバート様も腰を下ろした。
給仕の方がさっと近づき、あっという間に温かいお茶がサーブされた。
「お腹は空いている?お菓子でも貰おうか」
「いえ、いえ」
あれ、おかしいな。断ったはずなのにアルバート様がクッキーが並ぶ皿を手に持っている。
「城下でも有名な店の菓子らしい。朝はゆっくりできなかっただろうから、たくさん食べるといい」
「…有難うございます」
「ああ。気に入ったなら教えて。うちでも取り寄せよう」
アルバート様が楽しそうに頬杖をついてこちらを眺めている。
時折り悪戯な手がクッキーをつまみ私の口元へ運んだ。期待した目に負けて、渋々口を開いてクッキーの端を齧る。
益々楽しそうに目を輝かせるアルバート様の餌やり行動はしばらく続き、このパーティが終わったら捌かれて食われるんじゃないかと私は背を慄かせた。




