国王陛下の誕生パーティ
その日、王都は日が昇る前から賑わいの予感を燻らせていた。
いつもと同じように起きたはずなのに、外から漏れ聞こえる音はいつもよりも活気がある。
国王陛下の誕生日をお祝いする五日間が始まる。
人々の熱気が渦巻いているようで、首の後ろがぴりぴりした。こんなことは初めてだった。
なーんて、ぼへっとしていられたのは起き抜けの僅かな時間だけだった。
五日間の始まりの今日は、私も招待いただいているガーデンパーティが開催されるのだ。私が起きたことに気付いたメイがお屋敷のメイドさん達を引き連れて部屋へ入ってきてからは、もはや怒涛であった。
「とてもお似合いです、お嬢様」
「…そう?有難う、皆が手を尽くしてくれたおかげね」
何人がかりでやるの?というくらいたくさんの手が伸びてきて、そういえばちゃんとしたおめかしって時間と人手がかかるものだってことを思い出した。
部屋を出て、メイに支えてもらいながら階段を降りる。階段下のスペースに人影を認めて足を止めた。
「コーネリア」
「アルバート様、フレドリック様」
先に気付いて声をかけてくださったのはアルバート様だ。次いで、フレドリック様が手を広げて迎えてくれる。
ゆっくり階段を降りきり、改めてお辞儀をした。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「私達も今来たところ。コーネリア、とても似合っているよ」
「ガーデンパーティでも注目の的だろうな。お手をどうぞ、レディ?」
に、と笑うフレドリック様が清廉な騎士の正装なのに対して、手を差し出すアルバート様は豪奢な刺繍がたっぷり施された大礼服だった。
二人の雰囲気からしたら逆のようだけど、それがまた新鮮で何よりとても似合っていた。
アルバート様の手を取ると、くるりと回されてスカートがふんわり広がった。
「わ」
「うん、可愛いな」
「あ、これが例の魔石?本当に百合の形をしているね。いい魔力だ」
フレドリック様が髪飾りに目を留め、しげしげと見つめる。
「アナの狙い通りなんだろうな、百合の精が顕現したかのようだ。私たちは差し詰めその御前を守る従者ってところか」
「百合を賜るという栄誉にも預かったことだしな」
不思議なことを宣うアルバート様に首を傾げると、二人がそっと胸元に差した白の手巾を指さした。
「これ、もらった手巾だよ」
「まあ」
「やはりどうにも嬉しくてね。折角の刺繍部分は表に出ないが、つけていくことにした」
リジウェイ夫人に相談しながらようやく完成に漕ぎ着けた手巾を二人に渡したのは少し前だ。
イニシアルは二人の髪色を意識して金糸を使用し、薄い藤色の糸で百合の花を形取った手巾は想像以上の喜びでもって迎えられた。
顔を輝かせたフレドリック様に抱き上げられくるくると回され、アルバート様が見たことがないくらい満面の笑みだったのを思い出して少し照れる。
王家主催のパーティにつけてもらえるほど大したものではないのだが、そんなに喜んでもらえたなら悩んだ甲斐があったと思う。
にゅっと口角が上がってしまうのを必死に堪えていると、フレドリック様に頭を撫でられた。
「でも兄上、エスコート役は本当に責任重大ですよ。これは目を離したら悪い虫がすぐ寄ってきそうだ」
「十分気をつけるよ。フレッド、お前も庭園に変なやつを近づけさせないでくれ。毎年いるんだ、我慢がきかない輩が」
「任せて、と言うには連携が心配だけどね。なんてったって見栄え重視の選抜隊だから」
こら、とアルバート様が睨むとフレドリック様は悪びれた様子もなく口の端を上げた。
「まあ今年は大切なお姫様がいるし、いざとなったら一人ででもどうにかします」
「その儀礼剣で?」
「これを折ったらクライヴが煩そうだからなぁ。誰かに借りようかな」
フレドリック様が肩をすくめた。
フレドリック様はその優美な物腰に似合わず皮肉屋で、そしてフィッツロイの勇猛なる騎士の一人でもあった。
高位貴族ともなると王都の邸宅にもある程度の数の騎士がつめているものだが、彼らはこの数日間について王都の治安維持への協力を国から要請されている。
国を挙げた一大イベントだしね。
そしてフィッツロイからも当然人を出さなければいけないのだが、フレドリック様は前年に引き続きこれに駆り出されるらしい。
聞けば、身元確かで見目のいい者たちが集められ、警備として王城内を巡回するとか。
でも身元確かであればあるほど幹部候補として指揮はとっていても腕っぷしはイマイチな場合が多いらしく、完全に賑やかしなんだそうだ。
集まった者たちの中で指揮権の取り合いも激しいらしい。わあ、面倒くさそう。
「こんなに可愛いコーネリアを連れて歩けるのは羨ましいな。休憩時間に会いにいくからね」
「だといいが。きっと昨年のように御令嬢がばたばた転んでぼとぼと手巾を落とすだろう、忙しいぞ」
「御令嬢の介護は他の奴らに任せるよ。兄上も私がお側にいた方が安心でしょう?」
「…まあ、それは否定しないが」
アルバート様の渋々とした返答にフレドリック様は機嫌良さそうに笑った。
その時、奥の方から扉の開く音がしてお喋りが止まる。
「揃っているか」
奥の廊下から奥様をエスコートした御当主様が現れて、アルバート様は会釈を、フレドリック様は騎士の礼をとる。私もカーテシーでご挨拶した。
御当主様の大礼服には左右の身ごろにそれぞれ大樹の刺繍。これがフィッツロイの紋章、世界樹かな。
奥様は濃紺の生地に金糸のレース。みっちりとした刺繍と宝石が縫い込まれたドレスは豪華絢爛だ。露わになった白い首元が眩しい。
ちなみにクローディア様はお留守番である。
「アルバート」
「はい」
「コーネリアから目を離すな」
「肝に銘じます」
こちらを一瞥してそう告げるご当主様に、そうそう迷子にはならんわ!と心の中だけでツッコんた。




