近づく
綺麗だなぁ、と口にはせずに鼻を寄せる。
うーん、いい匂い。もちろん無言。変なことを言って百合のように張り切られても困るからね。
「お嬢様の株も元気に育ってます。美しい花が咲くでしょう」
庭師さんに笑いかけられ、そうだと嬉しいですね、と返した。
お嬢様の株、とは国王陛下への贈り物とするための薔薇のことである。といっても私自身は何もしていない。
元々薔薇が植えてある区画の一部がコーネリアの薔薇ゾーンと認識を変えられただけで、日々のお世話の全てが庭師の方たちのお仕事であることに変わりない。
僭越にもほどがあろうというものである。
申し訳なくて都合がつく限り毎日顔を出していたら、よほど花が好きなんだろうと誤解をされていた。
さらにメイが方々で「お嬢様は百合がお好きなのです」と言って回っているらしく、庭に百合の花がどんどん増えていった。いや、いいんだけどさ。
国王陛下の誕生パーティが近づき、準備も一層ばたばたしている。
この前は当日に着ていくドレスの仮縫いが終わったとアナさんがドレスを見せに来ていた。
ウエストの高い位置から始まるスカートは柔らかなひだを作ってしっとり、ふんわりと膨らんでいる。
首元から袖、胸元、背中までを飾っているレースは見入ってしまうほど繊細だ。
グリーンのレースがスカートの薄く透け感のある白い生地に印影を落とし、まるでグラデーションのようになっているのも見事。
切り替え部には黄色の花が散らされていて、たぶん宝石だろう、キラキラした石が縫い付けてあった。
もうね、私の貧困な語彙じゃ言い表せないくらい美しいドレスです。
あのデザイン画がこんな風になるんだとちょっと感動もしたし、こんなすごいものが私のサイズを元に作った私だけのドレスってことに尚更衝撃を受けた。
公爵家すごいな!
アナさんもドレスの出来栄えに満足そうにしていた。
マナーレッスンにはお茶会での作法のほか、他家とのご挨拶の仕方も追加となった。
基本は御当主様やアルバート様がそばにいるからその指示に従えばいいだろうけど、誕生パーティは長丁場。もしもの時に備えてとのことらしい。
侮辱のいなし方はクライヴ直伝だ。万が一身の危険を感じることがあった時には、と護身術まで習っている。
カザン・バウムハルト氏の授業で集まった時も子供達の話題はパーティ一色だ。
レイラ様の一件で何か言われたりするかなとも思っていたんだけどそんな様子もない。
授業は安定の鬼授業だけど、それが終わればドレスの話だったり王宮の庭園の話だったりで皆満面の笑みである。
楽しみなことがばんばん伝わってきて、思わず顔が綻んでしまう。それを公爵家の坊ちゃんに見られ、ぎょっとされたけれど。
ちなみに、いつも授業の後に行っていた書籍館については、御当主様から許可が下りていないため未だにお預けだ。
御当主様がお約束してくださった迷惑料のお支払いは滞りなく受け取っていただけたようだ。
あとは私個人の謝罪と感謝の気持ちとして、百合の魔石を進呈することとなった。
あの、圧迫面接の原因となった魔石である。
一番形が整っていて大きいものをメイに渡したため、それがそのまま髪飾りになったのだが、そのほかに蕾だったり花弁が欠けたものだったりが残っていたのだ。
それを自首した時の御当主様のあの冷たい目線よ…。
「もう一度、お前には、きちんと諭す必要が、あるか?」
一言ずつ区切られた重低音に震え上がり、必死で弁解した。
私の練りに練られた言い訳を聞き流しながら、御当主様とクライヴはルーペのようなもので魔石を検分し、ため息をつきながら頷いた。
曰く、蕾の魔石については当主預かりとする。
花弁の欠けたものについては、加工し原型が分からない状態にしてから私に戻す。
私の手元に戻った魔石については、取り扱いは私の好きにしていい。ただしクライヴの承認を得ること、ということだ。
私は一も二もなく頷き、戻された魔石をその場でペキペキッと割って(御当主様が唖然としていた)加工に回してもらった。
そして戻ってきた小粒の丸い魔石を、当初の目的であったメイと、そして書籍館の従僕サイキさんへ届けてもらったのだ。
魔力が結構つまっているらしいし、小さくても何かに使えるでしょ。綺麗だから宝飾品に加工し直してもいい。
だからこれからもどうぞよろしくね、そんな思いを込めて。買収?いやいや、ほんの気持ちですよ。




