大人しく過ごす日々
書籍館から帰ったその日こそバタバタとした足音が響いていたが、お屋敷はすぐにいつも通りの厳粛な毎日を取り戻した。
まあ私の毎日は当面の間今まで通りとはいかなくなってしまったが。
とりあえず、心配されていた腕や頭の痛みは全然大したことなかった。
熱も出ず、痣もない。元気なものである。
しかしどれだけ全快をアピールしても、メイは屋敷どころか部屋を出ることさえいい顔をしない。
今度こそ何があってもお守りしたいと思っているのですよ、とクライヴは笑っていた。
メイドにあそこまで心配されるような振る舞いを少し見つめ直したらいかがですか、とも言われた。ひえ。
騒動の翌日には、自室へなんとアルバート様とフレドリック様が訪ねてらした。初めてのことでびっくりしたが、お二人とも騒ぎを聞いて心配してくださっていたらしい。
特にレイラ様がご自分へ執着していることをご存知のアルバート様は非常に気に病まれていた。二度と勘違いする気も起きないよう引導を渡してくる、と冗談に見えない目をして言うものだから、必死で取りなした。
待って!たぶん今レイラ様のメンタルは瀕死だから!
同じ失敗を踏むつもりか、と御当主様には言われそうだが、アルバート様の前でのあの恋する女の子の表情を思い出したら追い討ちは勘弁してあげてと言いたくもなる。
最終的には、お詫びと気晴らしも兼ねて、シーズンが終わってフィッツロイ公領に帰ったらピクニックに連れて行ってもらうという約束をしてご納得いただいた。
シェフにお弁当を作ってもらおう、とか、きれいな泉を見に行こう、という話で盛り上がった。ピクニックへ話を誘導してくれたフレドリック様に感謝した。
リジウェイ夫人からはお手紙をいただいた。
私の気持ちと怪我の具合を慮った文章はお人柄通りの優しさで溢れていた。
レンフィールドの名は一切出ていないが、経緯はある程度ご存知なのだろう。
己が分を知る者は、誇りこそあれど他者を蔑みはしないもの。教養に難ある者ほどよく吠える。困ったものですね、と書かれていてそわそわしてしまったが。
お礼の気持ちを込めてお花とカードを贈らせていただいた。今度お会いしたら刺繍の手解きの件も含めきちんとお礼を言おう。
という感じで各方面にご心配をおかけした手前、ここ最近は専ら部屋に引きこもり、読書か刺繍をする日々である。
毎日入っていた各種レッスンも以前ほどのみっしりとしたスケジュールではなくなっていて、最初は暇を持て余したものだがようやく時間をうまく潰せるようになった。
今まで知りもしなかったのだが、このお屋敷なんと図書室があるらしい。蔵書数はそれほど多くはなく偏ってもいるらしいが、さすが公爵家。
本の保護のため部屋は薄暗く、危ないからと入室の許可は得られなかったが開架の本は自由に読んでいいと言われた。
歴史書や地理関係のあたりは潤沢で、幸いにもカザン・バウムハルト氏の課題に挙げられていた書籍がいくつかあったから、メイに頼んで借りてきてもらっている。
「よし、できた」
刺繍枠から手巾を外し、広げてみる。
クローディア様へ贈る手巾はこれで4枚目が完成した。青い鳥は相変わらず貫禄があるけれど、蔦はちゃんと酔いから醒めて未来に向かって伸びているように見える。社会復帰してよかったよ。
お手本にはほど遠いけれど、まあ許される範囲なんじゃないかな。この一番出来がいいやつを贈ろう。
「メイ、これをクローディア様のお誕生日の贈り物にしたいのだけど」
「お預かりします。洗濯して鏝を当てましょうか」
「お願い。それからリボンを用意してもらえる?」
メイに手巾を預け、伸びをした。
月を跨いでしまうかと思ったが、無事間に合ってよかった。怪我の功名、と言ったら怒られそうだけど、とにかく肩の荷が下りた気分。
いやしかし、まだアルバート様とフレドリック様への刺繍が残っている。
机から図案の紙を引きずり出した。
以前リジウェイ夫人に教えていただいた構図をもとに考えたもので、手巾の角にイニシアルを配置しそれを挟む二辺に植物を這わせるつもりだ。
植物を何にするかはまだ決まっていない。
フィッツロイの紋章は双子の世界樹らしい。え、世界樹ってなんだろう。葉っぱとか花の形が分かればそれにするんだけど。
「メイは、アルバート様とフレドリック様がどんなお花をお好きか知っている?」
手巾を丁寧に畳んでいたメイに聞いてみた。
メイは小さく首を傾げる。
「…お花ですか。坊ちゃん達が好きな」
「そう。何か知らない?」
「お二人と花が結びつかないですね。贈られるのでしたら、花よりも食べ物の方が喜ばれると思いますが」
麗しき公爵家の御子息をそんな腹ペコ扱いしなくても。でもメイは至って真面目な顔である。
「ええと、生花を贈るのではなくて、ほら、刺繍の図案よ」
ぺらりと紙を見せれば、メイは納得したように頷いた。
「でしたら、百合がよろしいのでは」
「百合?」
「お二人とも、お嬢様がお好きな花が刺繍されていた方がお喜びになります」
…なんだか、ドレスの一件でもそうだけど、メイの中で私は無類の百合好きになっているみたいだ。いやまあ好きだけどさ。
「百合?でも、男性にお贈りするのに可愛らしすぎないかしら」
「妹から貰ったんだ、と自慢げに周囲に説明する姿が容易に浮かびます」
きっぱり言われ、悩んだのは僅かな時間だった。
まあいいか。恥ずかしかったら使わなければいいだけのこと。お二人のハンカチがこれしかないなんてことはないのだから。
「そうね、百合にします。有難う、メイ」
そうと決まれば、とデザインを完成させるべく植物図鑑を持ってきてもらうよう頼む。
刺繍の図案集、もしかしてお屋敷の図書室にもあるのかなあ。




