ちょっと怒られてほしい
結局サイキさんのお言葉に甘え、部屋の後片付けを全て任せて私達も裏口から帰らせてもらった。
部屋の外が依然としてざわついていたためだ。
最悪の選択だとは思ったけれど、この事態を華麗に解決する妙案なんて振っても出て来やしない。御当主様、すみません。
屋敷に戻るとクライヴが出迎える。
クライヴは、メイに抱きかかえられた状態の私を見て表情を変えた。
「何が…メイ、報告を」
メイは私を抱きかかえたまま、はい、と首を垂れた。
「書籍館の双樹の間にレイラ・レンフィールド様が訪ねて来られました。レイラ・レンフィールド様は終始お嬢様に対し激昂されており、悪様に詰り、扇でお嬢様の頭部を殴打しお嬢様は転倒されました。私はお側におりませんでした、申し訳ございません」
概ねその通りなんだけど、自責で捉えすぎている。
私はメイの腕の中からクライヴに向けて手を挙げた。
「クライヴ、待って違うわ。私がメイを外に出したの。命令だと言って」
「それでもお側を離れるべきではありませんでした。…頭部に外傷を確認、腕と頭部を強打しています。医者を」
「分かりました、そのまま部屋へ」
オーウェン医師へ連絡を、とクライヴが別の使用人へ指示を出しているのを聞きながら運ばれる。
倒れたままだったのは動かなかっただけであり、実際問題なく動けると主張したが、転倒した時床に頭を打ちつけたことを知るとメイは聞き入れてくれなかった。
私は結局書籍館から一度も地に足をつけることなく自室のベッドに横たわることとなった。
「クライヴ、ごめんなさい。騒動を不特定多数に聞かれた可能性があります」
顛末がバレるのも時間の問題、さっさと白状しておく。
内々で処理できる範囲を超えてしまったということだ。フィッツロイにとっては降って沸いた厄介ごとだろう、大変申し訳ない。
とりあえず書籍館へも謝りに行きたいが、私個人が謝って済む話なんだろうか。
心配する私に薄掛けを被せ、クライヴは宥めるように笑った。
「何も心配されることはありません。医者はもうすぐ来ます。じきに旦那様も王城から戻られますから、今はお休みを」
その言葉で胃の痛みが…。
御当主様戻られたら休んではいられないってことですかね。そうですよね、はい。
お腹を丸めるように寝ていると、メイにそっと起こされた。医者が到着したらしい。
フィッツロイの専属医であるおじいちゃん先生は、状況の説明を聞いていくつか質問をし、小さな切り傷を丁寧に消毒した。打撲箇所は触診する。大事ないだろうと頷いた。
ただ打撲については夜以降痛みや熱が出るかもしれないとのこと。貼り薬を渡し、吐き気や眩暈などがあればすぐに呼ぶようクライヴに話をすると帰っていった。
そして、帰ってらした御当主様への釈明のお時間へ突入である。
メイに抱かれて執務室へ入ると、もうすでに概要の報告を受けていたらしい御当主様は表情を変えることなく尋ねた。
「容体は」
「問題ありません」
即答したらため息を吐かれた。
「…クライヴ」
「倒れた時に右腕と頭部を打っているようでこれから痛み・熱が出るかもしれません。暫く安静です。扇を打ち付けられた時にできた左側のこめかみ付近の切り傷については痕は残らないとの見立てです」
こうやって説明しろよ、という目で見られましても。
結局のところ問題なしの範疇だし間違ってないと思うんだけどな。
「レンフィールドには厳重な抗議を入れておく。…今度こそな」
今回ばっかりはなあ、と思ったから黙って聞いていたら、御当主様が片眉を上げた。
「またどうこう言うほどのことはない、とでも言い出すのかと思ったが」
「形式上でも何某かの罰を与えなければ、侮られましょう」
分家から御当主様が、あるいは他家からフィッツロイが。
一応私、フィッツロイの子供であるからして。
普通なら貴族のお嬢様の癇癪、という説明で片が付きそうなものだけど、一連の聴講者が推定多数なのが痛い。場所も双樹の間だし、フィッツロイが知らぬ存ぜぬでは通せない。
レイラ様にヒステリーの冠を被ってもらうのとは別にお家同士のけじめが必要なのは理解できた。
レンフィールドについては分からないけれど、年頃の娘さんとしてはけじめ云々よりも一時的とはいえ不名誉なレッテルの方が余程ダメージ大かもしれないな。とはいえ、人の口に戸は建てられないのだから公共施設でやらかした分の痛みは甘んじて受けてもらうしかあるまい。
考えを巡らせ、結局私ではどうにもならない事態にため息をついた。
まあ個人的には今回に限ってはレイラ様に心底びびらされたので、ちょっと怒られて欲しいと思っています。
そう言えば、御当主様は呆れたような顔でこちらを見た。
「件の娘に対し実的な処罰も視野に入れていたが、随分寛大だな。報告を聞く限り、侮蔑的な言い回しもあったようだが?」
「大多数が思っていることでしょうから。そもそも前回の時点で私が余計な口を挟まず、レンフィールドへしっかりと釘を刺していればこんな事にはならなかったかもしれないとも思うので、レイラ様ばかりを責めるわけにも」
「さてな、結局同じ事態を引き起こした気もするが…まあいい。娘を甘やかしていたレンフィールド、事態を静観していたフィッツロイ。ともに対応が甘かったと、それでいいということだな」
今回の件の落とし所ということか。抗議のみで手を打つかってこと?
それでいいです、と頷くと、私を抱くメイの手に僅かに力が込められた。
まあまあ落ち着いて。両成敗に怒ってくれているんだね、ありがとう。
「…そういえば、双樹の間がぐちゃぐちゃになってしまいました」
残っていた懸念事項を口に出すと、御当主様は落とし所が決まってもはや興味がなくなったのか机の書類を手に取っていた。
こちらを見ずに頷く。
「書籍館には修繕費用を含む寄付を送っておく。…人目もある。暫くは屋敷で大人しくしておけ」
「はい。有難うございます」
あの部屋も書籍もお金でどうにかなるものだといいのだけど。
サイキさん、本当に申し訳ない…。
何か個別にお詫びを考えないとなぁ。




