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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
王都 御令嬢いちねんせい編
21/70

ふくふく

練習布を穴だらけにした日からそう経たず、リジウェイ夫人に教えてもらいながらの刺繍の時間二回目が和やかに催されている。


「この鳥はコーネリア様のなかでどんなイメージなのですか?」

「そうですね、…青くて、つやっとしていて、ふくふくしています」

「でしたらこの糸がいいわ。美しいお色でしょう?光沢があるの。ちょっと刺し方を変えたらふくふくになりますから」


ずらっと並べられた多種多様な糸の中から夫人が選んで差し出された一束は、仰るように光沢があって目も覚めるような鮮やかな青だ。


「素敵ですね」

「でしょう。木の実もつやつやなほうが美味しそうではありません?」

「でしたら、この赤が良いでしょうか。熟した果実の色です」

「良いと思いますわ。鳥もきっと食べたくなってしまいますわね」


リジウェイ夫人は穏やかな話し方をされる一方で笑うととても可憐な方で、お子さんが二人いらっしゃるそうだがとてもそうは見えなかった。

それに近づくといい匂いがする。ちょっとどきどきした。


「まずは、鳥からいきましょうか。針を持って、そう、ここから」


リジウェイ夫人の隣で針の動かし方を見ながら同じように動かしているはずなのに、なぜ一刺し目から残念感が漂うのだろう…。


図案を刺繍する際には色々あるようで、どんな縫い方をするか以外にも順番だったり方向だったりを考える必要があるらしい。

その辺りはさっぱり分からないので、夫人のアドバイスを聞きながらひとつずつ進めた。


全てのパーツが糸で埋まり、手巾の端に鎮座する青い塊が完成すると、夫人は休憩しましょうかと優しく言った。

青い塊は小鳥にしては貫禄があって、幸運を運んでくれるどころかエサを与えてくれるのを心待ちにするような太々しさが見て取れた。なんでだ。


メイが淹れてくれた紅茶をいただきながら、夫人と会話をする。


「そう、お二人に。素敵ね、きっと喜ばれるわ」


そのなかでアルバート様とフレドリック様へ刺繍をお贈りしたい旨を告げれば、リジウェイ夫人は目尻を下げて喜ばれた。


「手慰みにもなりますけど、刺繍はやっぱり誰かのことを思って刺すと上達も早いものですから」

「そういうものでしょうか」


これは間違いありませんわ、と夫人が朗らかに笑う。


「図案は何にするかお決めになりましたか」

「夫人にご相談させていただけたらと思っておりました。その…私の力量で挑戦できる範囲でどんな図柄が良いものか、アルバート様たちくらいのご年齢だとあまり可愛らしいのも失礼になるかと思ってしまって」


花や小鳥はさすがに嫌だろう。

かといって獅子やら鷲やら剣やらは貴族家の紋章によく使われるらしく、政治的にも色恋的にも色々な含みを持たせることができるとか。図案の複雑さも含め小娘が手を出していい絵じゃない。

縋る思いで夫人を見れば、夫人は少し思案した様子で唇の下にその細い指を置いた。


「男性だと定番はお家の紋章ですけれど、お二人とも寄宿学校は出られていてもご結婚はまだですものね。あとはイニシアルとか」

「イニシアル」

「ええ。お名前の頭文字を装飾文字にして、その周りに草木を飾ると素敵ですわ」


少しお待ちになって、と夫人は紙とペンを持ってきてもらい、さらさらと図案を書いていく。

優美な曲線で描かれた夫人のイニシアルを、葉を茂らせた蔓が丸く囲んだ上品な意匠だ。即席で描かれた見事なデザインに、思わず見入ってしまう。


「…惚れ惚れしますね」

「ふふ、古くから使われる図案ですわ。でも周りの草木をもう少し華やかなものにしたらきっとお若い方にも合うと思います」


花を選ぶなら花言葉も考慮に入れるといい、というアドバイスに大きく頷いた。


「有難うございます。少し探してみます」

「いいえ、お力になれたならよかった。お二人の反応、是非教えてくださいませね」

「はい」


悪戯ぽい笑顔も大層お可愛らしい。

ひとしきり笑い、もう一杯お茶とお菓子をいただいてから刺繍を再開した。


さて、この日出来上がった刺繍は、丸々と肥えた鳥が更なる木の実を口を開けて待ち、蔦は酔っ払ったように踊り出す、という何かの童話を模したような狂気を感じる出来栄えだった。


夫人は褒めてくれたし「あとは慣れですわ」と仰っていたが、完成した刺繍を見た時ちょっと口元が笑っていた。手で隠していたけれど、私は見た。


まあ何はともあれ一通り刺繍できたから、後は本当に数をこなすばかりだ。夫人が刺された同じデザインとも見えない美麗な刺繍は無理を言っていただいた。見本にするんだ。

アルバート様とフレドリック様の図案ももう少し練ろう。


初めての刺繍が完成して嬉しいはずなのに、何故かしょんぼりする。

メイはその日いつもよりゆっくり歩いてくれたし、お風呂には私の好きな香りのアロマを用意してくれた。

…き、気にしてなんかないんだからねッ!

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