百合のドレス
美しい所作にはある程度の筋力と柔軟性が必要だというのを、痛感している。
背筋は伸ばして、顎は引き気味に。歩くときも吊られているように、頭の位置は動かさない。
お辞儀は片足を引いて膝を曲げるカーテシー。優雅に見えるよう指先にまで神経を通す。
椅子の出入りは左から。背もたれと背中の間は隙間を開けて。
茶器は音を立てないように気をつけて、カップはつまんで持つこと。
マナーレッスンの時間はこれらを延々と繰り返す。反復練習し、身体に教え込ませることが大事だからだ。
ガーデンパーティではお茶の席に呼ばれる可能性もあるらしく、そのうち茶会のマナーもやらなくては、と講師の方が張り切っていた。
「コーネリアお嬢様、シアーの店からデザイン案が届きました」
「…見てもいいの?」
「この中からお好みのものをお選びください」
レッスンを終え自室に戻ると、クライヴが数枚の紙面を持ってやってきた。
おや、と思い聞いてみるとにこやかに机に紙面を広げられる。
デザイナーのアナさんが屋敷にいらした翌日には、百合をモチーフにしたドレスのデザイン案とやらが送られてきたらしい。伝聞系なのは、私はその話をメイから聞いただけで現物を見ていないからだ。
てっきりクライヴとメイで妥当なドレスを選んでくれるのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。
「わぁ…」
広げられたデザイン案は三つ。
それぞれドレスの形や色合いが違う。
百合をモチーフと言っていたけれど、雰囲気だったり形だったり生地自体に百合の柄をあしらったものだったりと芸が細かい。
「お気に召したものはございますか」
「ドレスの良し悪しは私にはよく分からないのだけど」
「三着とも作らせましょうか」
「…選びます、少し待って」
にこやかに言うクライヴに口の端が引き攣った。
改めてじっとデザイン案を見比べる。
貧困な想像力のせいでこれが似合うかもとかこれを着てみたいといった感想は湧かない。アナさん本当に申し訳ない。
だから単純に絵柄の好みで選んだ。
「…これにします」
机の上を滑らせるように前へ押し出したのは、白と緑を基調とした一枚だ。
胸の下で切り替わり直線状に広がった形をしている。胸元から膨らんだ袖口までを緑のレースで飾っているように見えた。
クライヴは満足気に頷くとその一枚を恭しく受け取った。
「よくお似合いかと」
「そう?」
「ええ。このドレスはアナ曰く、夜に咲く白百合のイメージだとか」
瞬間、古森の月夜を思い出した。
泉に反射する月の光がきらきらしていて、水辺の百合はぼんやり発光するかのように暗闇から浮かび上がって見えた。
水と土と緑と、百合の匂い。
戯れるように母がくるりと舞った姿は、丸く広がった裾が淡く光っていてまるで百合の花弁のようだと思った。
ああ、このドレス確かに
「確かに、母様みたいね」
あ、と思った時には口から出た後だった。
それを聞いたクライヴは少しだけ目を見開いて、そのあとすぐにそれを微笑みで押し流した。
「…白い百合は女神に捧げられる花であり清らかさの象徴ですが、威厳も併せ持ちますから。そこまで感じ取っていただけたのなら、アナも喜びましょう」
「…そう」
…ねえ。クライヴはふんわり受け流してくれたけど、さっき、私、なんか言ったよね。
「他にご要望があれば申し伝えますが、如何されますか」
「いえ、十分よ」
「では、このデザインで進めるようシアーの店に連絡いたします。次の予定は採寸ですね」
「ええ。日にちが決まったら教えてください」
承知致しました、と一礼をして去っていくクライヴの背中を見送りながら、私は今更自分の口を掌で塞いでいた。
いやああああ、と内なる自分がもんどり打って倒れていた。心中は大荒れ、少し前に戻って自分の頭を叩いてやりたい。
かかか「母様みたいね」って!!
あああああ!
例えるならそう、学校の先生をおかあさんと読んでしまった時のような恥ずかしさ!
そのまま手で顔を覆い、ソファの上で小さくなった。
ああ恥ずかしい。クライヴのことだから誰彼構わず吹聴するってことはしなさそうだけど、御当主様あたりには言いそうだ。
なんと報告するのか。
夜に咲く白百合をイメージしたドレスのデザイン画を見て「まるで母様みたい」と言ったって?
いやだああああ!私どんだけ母様大好きっ子なのさ!
いや好きだけど!とても美しいと思っているし、感謝もしているけど!それをこんな形で公表されるのはいやああああ…。
結局その日は、特別授業の復習もこつこつ進めている刺繍にも手をつけることなく早々に布団の中に潜り込んだ。布団の中で結局むごむご言って眠れやしなかったのだけど。




