次なるミッション
「皆が優秀なものだから、どこまで行けるか試したくなっちゃってね。この前の授業はさすがにやりすぎだって色々なところからお叱りを受けちゃったよ」
壇上に立ったバウムハルト氏はにこにこ笑って言った。
まあ、と鈴を転がすような笑い声が聞こえる。
私は真顔だ。もはや絶対笑ってなるものかとすら思っている。
「授業は大陸語でやれ、建国史以外は話すなってうるさいったら。でも皆も今日くらいが聞きやすいのかな」
バウムハルト氏は反応を確かめるようにぐるりと室内を見渡した。
「そっか。まあ物足りなくなったら、おいで。特別に教えてあげよう。…それじゃ、また次回」
礼をしてあっさりと退室するバウムハルト氏を見送る。
部屋は先ほどのバウムハルト氏の言葉でざわめいていた。主に後ろに控えているお付きの方達であるが。
「バウムハルト様が優秀だとお認めに…」
「これは旦那様にお伝えしなければ…」
話には聞いていたが、バウムハルト氏の影響力の片鱗が見えた。あの一言がこんな波紋を生むのか。
子供たちは驚いたような、誇らしそうな顔をしていた。横顔の王子殿下もなんてことない顔をしているが、お耳がちょっと赤くなっていますよ。あら可愛い。
純粋に嬉しいんだろうな。あまりに微笑ましい光景に、よかったねぇ、すごいねぇ、と言いたくなるが、落ち着こう。いつもの流れで王子殿下に皆が集まる前に次のミッションに取り掛からなくては。
「殿下、よろしいでしょうか」
「…コーネリア嬢?」
ほわほわしていた王子殿下にそっと声を掛けると、勢いよく振り向かれ驚いたように名前を確かめられた。
こんなタイミングで申し訳ない。コーネリアで合っています。慌てたような雰囲気は察するが、ちょっとゴリ押しさせていただこう。
「この度は国王陛下の誕生パーティへのご招待状、有り難うございました。当日を楽しみにしております」
「あ、ああ。きみはあまり王城にも来ないし、他の集まりでも顔を見ないから…その、迷惑かもしれないと思ったのだけど」
「とんでもございません。お気遣いいただき義父も感謝しておりました」
「そう…」
迷惑かと聞かれれば迷惑であることには違いないが、朝の話を聞くにこの授業のメンバーは全員個別に招待状をもらっているようだ。
せっかく会ったんだし、パパのお誕生日会にみんな来ない?みたいな感じなのかな。あらまあ。
一通り言うべきことを言って、僅かに沈黙すると後ろから「お嬢様、お時間です」と助け舟が入る。
何の約束もないが、助かった。自分の雑談力のなさにちょっと絶望したところだったから。ありがとうメイ。
「ええ、ありがとう。…それでは殿下、皆様、失礼致します」
「あ、こっ…」
あこ?
深々とお辞儀をした際に何か聞こえた気もしたが、気のせいだろうと流す。変に喉が鳴っちゃうときとかあるよね。聞き返したりしたら可哀想だ。
いつものように後ろに控えているお付きの方達にも一礼してすたこら部屋を脱出した。
廊下を二人で歩いていると、メイが抑えた声で私を呼んだ。
「…お嬢様、先ほど誰か…そう誰かが何かを言いかけていませんでしたか」
「そう?気が付かなかったわ」
「そう、ですか。ええ、気のせいかもしれません」
そんな言い聞かせるように言わなくても。
まあ何はともあれこれにて本日の課題は終了だ。午後は書籍館に行こうと決めいていた。
「サイキ、シュパルド」
「…シュパルディカル、フィッツロイ様」
書籍館の双樹の間で控えていたサイキさんに声を掛けると、ちょっと困ったように笑いながら挨拶を返してくれた。
シュパルド、はシンバラ語でこんにちはの意。サイキさんが返したシュパルディカル、はその貴族詞、つまり地位の高い人へ言う時の丁寧語みたいなものだ。
シンバラ語の課題は終了したものの、せっかく近くにシンバラ語に詳しい人がいるのだし、とサイキさんから簡単な言葉を教えてもらっていた。
ええ、本日バウムハルト氏が言っていた「その縁を大切にするといい」は言われる前から実践中だ。正しくは、言われる前から実践中だボケェ!
ちなみにずっとサイキ様と呼んでいたけれど、とうとう先日「どうかお許しください」と頭を下げられ呼び捨てとなった。公爵家の令嬢に様付けされるストレスを汗と涙混じりに切々と訴えられたら、ごめんねと言うしかないだろう。
「サイキ、建国神話について書かれた絵本のようなものと…それから刺繍の図案集を持ってきてもらえますか」
「承知致しました」
さっと身を翻すサイキさんを見送って、私はソファに腰を下ろした。
メイに持っていてもらった鞄から、本日返却された課題の赤ペン回答に目を通す。
一通り確認し、そのまま目を瞑った。
今までの課題もそうだが、本当にひとつひとつ丁寧に添削してくれるのだ、バウムハルト氏は。
回答をしっかりと読み、私の意図を察した上でのコメントが並んでいる。ごもっともな指摘もあれば、そうなんだと思うような説明もあった。授業よりよほど雄弁に書かれた文字列たちは、一個人として認識されていることを強く訴えかけてくる。
これでモチベーションが上がってしまう単純な自分よ…。
正直カザン・バウムハルト氏への好感度は地にめり込んでいたが、子供の宿題相手にこれだけ手間をかけて添削してくれたことを考えると怒り続ける方が難しかった。
それがまた腹立たしいのはもうしょうがない。
いっそのこと、添削は別人がやっていたりしないだろうか。




