憂鬱な日
王城の中庭に面した渡り廊下を歩く。空気はひんやりとしていて、雫が屋根を叩く音が響いていた。
城壁に切り取られた空は鈍色で、まるで私の心模様を映しているよう…なんてね。
本日はカザン・バウムハルト氏の授業を受けるためメイとともに王城にお邪魔している。それだけでもため息案件であるが、更に第三王子殿下へ招待状の御礼を申し上げるよう御当主様からご下命を受けているのだ。
端的に言って憂鬱である。
まあどれだけ憂鬱だろうとも行かない・やらないという選択肢はないのであるが。
指定された部屋へ入ると、いつにも増して盛り上がっていた。その中心はもちろん第三王子殿下だ。
「わたくし陛下の誕生パーティははじめて参加いたしますの!殿下、誘ってくださってありがとうございます」
「私は昨年父に連れられて…。すばらしいパーティでした。今年殿下から招待状をもらい父がとても驚いておりました」
「例年はガーデンパーティと聞きました。とても楽しみです!」
「ああ、喜んでもらえたなら良かった。せっかく知り合えたのだし、特別授業の皆さんを誘ってみてはどうかと兄上たちが仰ったんだ」
「まあ、そうなんですか!」
え、あの中に突撃して行って「皆さんなんの話してるんですか〜?え、陛下の誕生パーティのお話?私も殿下に御礼申し上げたくて!招待状ありがとうございました〜!」ってやるの?無理無理、相当ハードル高いよ。
横に立つメイを無言で見上げる。
(帰りでいいですか)
(まあ仕方ありませんね)
メイは微かに頷くと、いつものように部屋の後ろへ向かう。私もご歓談の邪魔にならないよう静かに席につき授業の準備を進めた。
ふと視線を感じ、顔を上げる。
視線の元は王子殿下の後ろに立っていた公爵家の坊ちゃんだった。お前挨拶しないのかよってこと?後でします、という意味を込めて微笑み会釈する。
坊ちゃんは一瞬動きを止めた後、流れるように目礼を返した。
さすが最年長、堂に入った振る舞いだ。他の三人と比べると随分大人に見える。
「…おや、今日はみんな随分元気だね」
そうこうしているうちにカザン・バウムハルト氏がやってきた。
皆が一斉に席に着く。私も背筋を伸ばした。
いけないいけない、私には余所見をする余裕などないのだ。さあ、かかってこーい!
ぐぬぬ、とこめかみを押さえる。
まあ分かってましたけども。
今日の入りは創世神話だった。
神々の友愛と争いにより大地が生まれ、人が生まれた。しかし己の欲を満たさんとする人間はいつしか欺き、争うことを覚え、絶え間ない戦で大地は血に濡れた。
と、いうようなことを文献を引用し、時には古代遺物の発掘結果からの裏付けを用いながら説明するバウムハルト氏。考古学の見識もおありですか、そうですか。
神々が司る事象、その信条をひとつひとつ解説していく。哲学はこう、典礼はこう、といつにも増して淀みなく真摯な語り口に、ああそういえばこの人は聖職者だったと再認識するに至った。
頭良すぎて生徒の力量を把握できないポンコツ鬼教師とか思ってごめん。
そしてそこから、国が乱立し、瞬く間に滅びていく時代の説明へ移る。
古代なんちゃら王国、が多いのなんの。
書ききれない。建国して一年以内に滅びた国はカウントしなくていいんじゃないかな、と思いつつ必死にメモする。
さてそうして戦禍に塗れた歴史の中、ある時後の建国王たるウルニアスが登場する。
ウルニアスは女神マーテスの寵愛をもって古森擁する一大地帯を瞬く間に平定した。具体的には、女神を通じて古森に棲む大いなる魔獣たちの助力を得たらしい。銀色の狼を傍に平原の戦に臨む壁画があるとか。
へえ、古森の生き物が人間の戦に参戦したことがあるなんて初耳だ。森に帰ったら聞いてみようかな。
ウルニアス自身、人心を惹きつけたる傑物だった。多くの優秀な配下を従えた男は平定した土地に大いなる都を築き、後にウルニアス法なる数多の制度をまとめたものを発布した。この都が現在の王国の原型である。
その御世は長く栄え建国王の名は歴史に燦然と刻まれたという。
建国の歴史から、王国では女神マーテスを信奉する者が多いらしい、というのは余話だ。
ううん、歴史系は先立つ知識が全く使えないから辛い、とこめかみを押さえたまま首を傾げた。
建国史はフィッツロイで学んだことがあったためまだ理解が及んだ。初見の情報多すぎだけど。
創世神話は駄目だな、一度しっかり目を通しておいた方がいい。
こうして一度授業を受ける度に学ぶべき分野がどんどん増えていくのは幸せなことなのかな。
そんな風に考えていると名前を呼ばれる。前回の課題の返却だ。席を立ち、バウムハルト氏の元へ向かった。
「フィッツロイさん。…この課題、難しかったでしょ。よく頑張ったね」
紙面を受け取る際ににこりと微笑まれ、私も笑顔で受け取った。胸中は、一瞬の静寂のあと「確信犯か貴様あああ!」と荒れ狂っていたけれど。
「シンバラ語は美しいけれど難解だから王国では使える人が多くないんだ。いいお手本を見つけたのかな?その縁を大切にするといい」
「はい、ありがとうございます」
笑顔を崩さず席に戻る。舌打ちしてやろうか。しないけど。
前回課題をめくり、目を見張った。
え、赤の添削ばっかりですけど!
崩れ落ちそうになるのを根性で堪えた。




