家令と仕立て屋の密談
「まさか、噂の掌玉に会わせていただけるとは思いもしませんでしたわ」
メイとともにおっかなびっくり布見本を手に取ったコーネリアを見守るクライヴの背に静かな声がかかる。
コーネリアには届かないくらいの小声だ。クライヴも表情を変えず応える。
「噂ですか。さて、あまり良いものではなさそうですが」
仕事柄仕立て屋は高位貴族の家に出入りすることが多い。自ずと見聞きする様々な情報を、シアーの店はフィッツロイに提供する。先々代から続くそれは、気まぐれに、且つ対価を必要としないくらいのささやかなものだ。
「クリスティアン様の庶子を引き取られて、めっぽう可愛がってらっしゃるとか。お会いしてみれば、閣下が大切になさるのも納得するお可愛らしさですわね」
それはどうだろう、とクライヴは思う。
主人があの養い子を大切にしていることは確かだが、愛らしいから可愛がる、という言葉がどうにもそぐわない。
それは、コーネリアが単に愛らしいという一言では終わらない特殊さを持っているためか、主人が可愛がるという言葉とは程遠い性格のためか。
先日の百合の魔石の騒動を思い出し小さく笑う。
コーネリアの特殊さと主人の堅苦しさが浮き彫りになった面白い一件だった、と言ったら方々から叱られてしまいそうだ。
「魔力形質を目当てに孤児を引き取ったのでは、などと口さがなくお話される方もいましたけれど、その辺りは陛下の誕生パーティで消えますでしょうね」
「ああ、面影があるでしょう」
「ええ。不思議ですわね、髪の色も瞳の色も、性別すら違いますのに」
「女の子は父親に似ると言いますから」
本人の口から父親の話は出てこない。記憶にないと言う。肖像画は時たま眺めているようだがその横顔は凪いでいた。
けれど本人にいくら自覚がなくとも、主人をはじめ屋敷のもの、親類ですら彼女が確かに彼の人の血を継いでいるのだと認めざるを得ないほど、彼女の容貌は幼き頃の彼の人によく似ていた。
「それに、聡明でいらっしゃる。噂以上に」
「未だ6歳とも思えぬ落ち着いた受け答えでしょう?」
続いた賞賛にクライヴは思わず自慢するように囁いた。
まだ今日は警戒して言葉数こそ少ないが、それでも言葉の端々から聞いて取れる理知的な響きは隠しようがないのだろう。
時折り顔を出す世故に長けた会話はコーネリアの特殊性の一つでもある。
本人もこれには自覚があるのか、可能な限り口を開かないようにしているようだったが、もしかしたらパーティを見据え近いうちに釘を刺さねばならないかもしれないと顎を触る。
…個人的な意見としては少し残念だが。
内と外を明確に線引きできるほどこちらに信を置いているとも思えない。気を張る必要はない相手だと思ってもらえれば重畳だが、それも暫く先であろうからして。
そんなことを思っていたら視線を感じ、アナの方を見た。
アナは口元を押さえぱちぱちと瞬きをしていた。
「…なにか?」
「いいえ。閣下の掌中の玉ではなく、フィッツロイの、と訂正した方がいいのかと。お付きのメイドといい、コーネリア様に随分入れ込んでらっしゃるのですね」
「否定はしませんよ。お嬢様がいらしてから屋敷が随分明るくなった。使用人として喜ばしい限り、今暫くはこのまま旦那様の機嫌を損ねることは起きてほしくないのです」
ビーズを手に取り見惚れた様子のコーネリアを見つめる。
「だからこそ、誕生パーティの衣装を貴女に依頼したのです。フィッツロイの姫としての衣装を。侮られ、付け入れられる隙のない完璧な衣装を」
「…責任重大ですわね。承知致しました。非才なる身ですけど、全力を以って挑ませていただきますわ」
アナの応えに、クライヴは満足そうに頷いた。
どうやら思いがけず大仕事になりそうだとアナは背筋を改めて伸ばす。
フィッツロイの姫と称された少女をしっかりと目に焼き付けようとし、挨拶した時に感じた驚きを思い出した。
「…あれほど美しい紫の瞳を私見たことがございません。ああも濃い瞳ともなれば、尊き方々も興味を持たれるのではありませんか」
「さて。いくら公爵家のご長女とはいえ庶子の扱いですからね」
そう嘯く。
公にはコーネリアは公爵の弟であるクリスティアン・フィッツロイと名も知らぬ平民の娘の間にできた子供とされている。平民との庶子を公爵家に迎え入れたとして大層面倒な時期もあったが、それも大分下火になった。
広めた情報が事実とは異なることを知っているのはフィッツロイのなかでも一握り。主人の意思に従い、それを口に出すことはしない。
平民との庶子であるという出自が、どれだけ貴族社会を生き難くさせるものか知っていたとしても。
とはいえ、代を経るごとに王家及び公爵家が持つ魔力形質は薄まりその力を失っているのは公然の秘密だ。王家こそ未だ紫の瞳を維持しているが、コーネリアほど濃くはない。
魔力形質は優先事項ではないにしろ、コーネリアが公爵家の娘である以上何らかの形で取り込みを考えてもおかしくはなかった。
その辺りを面倒に感じていたのもあって、主人はその幼さを理由にコーネリアの社交も必要最小限に抑えていた。それがめっぽう可愛がっているという妙な噂に繋がったのだろう。
しかしそんな主人の意思表示を他所に、あれよあれよと一年もしないうちから王宮通いをすることとなり、その縁で此度のパーティにも出席することとなってしまった。
カザン・バウムハルトの特別授業への出席要請が来たと話す主人は少なくとも王族のことを話す顔ではなかった。パーティの招待状を見た時もだ。
主人は非業の死を遂げた実弟の娘、それもその面影を色濃く残す娘を政略の只中に置く気はないようだった。
それでもいいとクライヴは思う。
フィッツロイには既に嫡男がおり、フレドリックはアルバートを支える姿勢を示している。クローディアも健やかに育っていてコーネリアが家を繋ぐ役割を担う必要はないのだ。
それに何より、といつかの授業の一幕を思い出す。
冒険者という制度に明らかに興味を惹かれていた姿は主人にも報告済みであり、主人の眉間の皺を増やすのに一躍買っていた。
そう、隠しているようだけれど、彼女は大人しく貴族社会に腰を据える気はなさそうだ、というのがクライヴの見解であり、それはそう間違っていないと思うのだ。




