第一章9話 光の届かない場所で
もう何回目だろうか。
頭がおかしくなりそうだった。
何度やったって敵のフロラもわからないし、打開策もわからない。
何度やっても、リリーも俺も殺される。
もう、諦めたら楽なのかもしれない。
てろも、目の前で生意気な態度でそれでも時より優しく笑うこいつを、リリーを死なせたくない。
オリヴァだって死なせたくない。
だから、諦めるわけにはいかないんだ。
なんとかしてやる。なんとか、、、
「アオ様、、、、?どうしました?ぼーっとされて、、、」
「ああ!えと、、、悪い。なんでもない」
リリーは不思議そうな顔をしている。
とりあえず、敵のフロラを知りたい。透明化、、とは違う気がする。
透明化なんてチート能力があるなら暗殺でもなんでもできるだろう。
それに、この世界はなんでかわからないがパワーバランスが調整されている。
リリーもオリヴァも強いが最強ではない。
きっとアイリスにも弱点が、、、
、、、、、、、?
そういえば、なんでアイリスは街に火を放つ必要がある、、、?
最強の初見殺しで自分の存在も知られずに殺すことだってできたはず、、、
なのにそれをしなかった。なぜだ。
火…火…火…
煙…………!
もしかして、あいつは透明化してるんじゃなく、煙に紛れることができるとかじゃないのか…?
詳しいフロラはわからないが、もし姿を隠す原理がそれなら、、、
「風を起こせば、、、煙を追いやれる、、、、」
リリーは相変わらず不思議そうな顔をして俺を見つめている
「大丈夫ですか?ついにおかしくなりましたか?」
「なってねーわ。」
試してみる価値はある。
そう考えているうちに煙の匂いがしてくる。
さて、行こうか。
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街の中心部。
そこは、すでに煙に包まれ始めていた。
道端には何人もの人が倒れている。
「リリー。構えろ。敵がくる」
リリーは少し驚いた顔をするがすぐに拳を構える。
「わかりました。」
煙の中から人が歩いてくる。
来た。アイリスだ。
「あららぁ?女の子に男の子、、、カップル〜?」
「私とアオ様がカップルに見えてるならその目は不良品かと。」
煙の濃さ。風向き。建物の位置。そして、アイリスとの距離。
やはり。
透明化ではない。少なくとも、そう考えた方が自然だ。
もし本当に透明になれるのなら、わざわざ煙を発生させる必要はない。姿を消して背後から襲えば、それで終わる。
なら、煙は何のためにある?
姿を隠すため。
それが俺の仮説だ。
「リリー」
「はい、アオ様」
「一つ頼みがある」
「なんでしょう?」
「風を起こすことはできるか?」
「風、ですか?」
「ああ。できれば、あそこの煙を吹き飛ばしたい」
リリーは煙の方へ目を向け、少し考え込んだ。
「強い風を起こすのは難しいですが、短時間なら可能だと思います。ただ、範囲はそれほど広くありません」
「十分だ。頼めるか?」
「もちろんです」
彼女は頷いた。
よし。
これで仮説が正しいかどうか、少しは分かる。
「ふふっ。何を企んでいるのかしら?」
アイリスが首を傾げる。
「教えるわけないだろ」
「あら、残念」
彼女の周囲に煙が集まり始めた。
来る。
「リリー!」
「はい!」
彼女が手を掲げる。
次の瞬間、強い風が吹き抜けた。
煙が大きく揺れ、通りの奥へと押し流されていく。
そして――。
「……っ!」
いた。
煙の中に隠れていたはずのアイリスが、はっきりと見えた。
彼女は一瞬だけ目を見開き、すぐに距離を取ろうとする。
「やっぱり!」
俺は駆け出した。
見えた。
今まで何度も探して、何度も見失った敵の姿が、ようやく目の前にある。
だが。
「ふふっ」
アイリスが笑った。
その身体が、また煙の中へと紛れていく。
「なっ……!」
風が弱まったわけじゃない。
それなのに、彼女の姿が消えた。
煙が完全に吹き飛んでいないからか? それとも、別の条件があるのか?
分からない。
けれど、今の反応は見逃せない。
少なくとも、風を当てた瞬間、彼女は明らかに動揺していた。
「アオ様! 今のは……!」
「まだ分からない。でも、手応えはあった!」
初めてだ。
初めて、こちらの行動に反応を示した。
これならいける。
これなら、何かを変えられるかもしれない。
「もう一度だ! 今度はもっと広く!」
「分かりました!」
リリーが再び魔力を込める。
風が吹き荒れ、煙が通りの両側へと流されていく。
その先に、アイリスの姿が見えた。
今度は逃がさない。
「リリー、あいつに向かって!」
「はい!」
風が一点に集中する。
アイリスの長い髪が大きく揺れた。
「あらぁ……」
彼女の笑みが消える。
その瞬間、俺は確信した。
効いている。
少なくとも、こいつは風を嫌がっている。
「今だ!」
俺は地面を蹴った。
距離を詰める。
アイリスがこちらに手を伸ばす。
だが、間に合わない。
あと少し。
あと少しで、、、、!
「……残念」
彼女の姿が消えた。
「は?」
目の前にいたはずの女が、忽然といなくなっていた。
風はまだ吹いている。
煙も、さっきよりずっと薄い。
なのに、どこにもいない。
「どこだ……?」
背後か?
横か?
それとも、もう遠くへ移動したのか?
「アオ様、上です!」
リリーの声に反応して顔を上げる。
煙の向こう、建物の屋根の上。
そこに、アイリスが立っていた。
「ふふっ。面白いことを考えるのねぇ」
「お前……!」
「でも、少し惜しかったわね」
彼女が指先を軽く振る。
その動きに合わせるように、煙が再び街へ広がっていった。
風で押し返したはずの煙が、またこちらへ戻ってくる。
いや、違う。
風が弱まったわけじゃない。
煙の流れそのものが変わった?
それとも、彼女が別の場所から煙を発生させている?
考えろ。考えろ。
今の現象を説明できるものは何だ。
「アオ様、煙が!」
「分かってる!」
苛立ちが声に出た。
リリーが一瞬だけこちらを見る。
しまった。
「……悪い」
「いえ。大丈夫です」
大丈夫。
その言葉が、今はひどく嫌だった。
何が大丈夫なんだ。
俺たちはまだ何も解決していない。
ようやく掴んだと思った手がかりも、すぐに逃げていく。
また失敗するのか。
また、あの声を聞くのか。
また――。
「ねえ、坊や」
アイリスの声がした。
今度は、すぐ近く。
「そんなに焦らなくてもいいじゃない」
「うるさい」
「せっかく遊んでいるんだから、もっと楽しみましょう?」
「遊びだと……?」
「ええ。だって、あなたたちも楽しそうじゃない」
何を言っている。
ふざけるな。
こっちは遊びじゃないんだ。
何度も、何度も、何度も。
何度も失敗してきたんだ。
「お前のせいで……!」
思わず一歩踏み出す。
「アオ様、待ってください!」
リリーの声が聞こえた。
けれど、止まれなかった。
目の前の煙が揺れる。
そこにいる。
今度こそ、そこにいるはずだ。
俺は腕を伸ばした。
だが、拳が触れたのは何もない空間だった。
「ふふっ」
笑い声。
俺の近くじゃない。リリーの、、、背後
「まずはこの子から、、、私の名前は、、、」
やられる。
リリーがまた、、、殺される、、、、
いやだ。いやだいやだいやだいやだ。
少ない時間ではあるがリリーと過ごした時間が走馬灯のように俺の頭の中を駆け巡る。
諦めない。絶対に諦めたくない。
助ける。俺が、、、俺が助けたい、、、!
「ルーバ!!!!」
意図したわけじゃない。ただ、気づいた時には口からその呪文が出ていた。
俺の気持ちに呼応したのか、さっき練習したように地面に落ちていくことはなく、まっすぐアイリスの方に空気が押し出される。
「、、、っ!」
アイリスはバク転してそれを避ける。
「せっかく名前を教えてあげようと思ったのに、、、すごく残念。」
アイリスは着地すると、乱れた髪を指先で整えた。
その顔には、先ほどまでの余裕が戻っている。
けれど、ほんの一瞬だけ見えた驚きの表情を、俺は見逃さなかった。
「……今のは何かしら?」
「さあな」
自分でも分からない。
地面に落ちることもなく、狙った方向へうまく打てた。
なんで打てたんだろうか、、、
いや、考えるのは後だ。
今は、リリーを守ることが先だ。
「リリー! 無事か!?」
「は、はい! 私は大丈夫です!」
彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに構え直した。
よかった。
本当に、よかった。
あと少し遅れていたら、また同じことになっていた。
また、目の前で彼女が倒れるところを見ることになっていた。
そう考えただけで、膝が震えそうになる。
「……ふふっ」
アイリスが笑った。
「坊や、今のはあなたがやったの?」
「だったらどうした」
「あらあら。ずいぶん面白いことができるのねぇ」
彼女の視線が、俺の手元へと向けられる。
何かを探るような目だった。
「でも、今の一発で私を倒せると思ったら大間違いよ?」
「分かってる」
分かっている。
今の一撃は、たまたま当たっただけかもしれない。
けれど、そんなことはどうでもいい。
今は、アイリスをリリーから遠ざける。
それだけだ。
「リリー、俺の後ろに!」
「ですが、アオ様!」
「いいから!」
リリーが一瞬だけ迷い、それから俺の後ろへ下がった。
俺はアイリスを睨みつける。
「次は外さない」
「あら、怖い怖い」
アイリスは両手を広げた。
すると、周囲に漂っていた煙が、まるで生き物のように動き始める。
風が吹いているはずなのに、煙は散らない。
むしろ、風に逆らうように俺たちへと迫ってくる。
「……やっぱり、煙を操っているのか?」
小さく呟く。
だが、まだ断定はできない。
煙を操っているのか。
煙を発生させているのか。
それとも、煙の中を自由に移動できるだけなのか。
今のところ、分かっているのは、煙が彼女にとって何らかの意味を持っているということだけだ。
「アオ様、私も攻撃します!」
「待て。今は防御に集中してくれ」
「ですが、先ほどの風なら……」
「俺もまだよく分かってないんだ。無理はするな」
リリーは少し不満そうな顔をした。
いつもなら、ここで何か言い返してくるところだ。
けれど、今は何も言わずに頷いた。
そのことに、少しだけ胸が痛む。
彼女を守りたい。
そう思っている。
でも、本当は彼女の力に頼りたいだけなんじゃないか。
彼女がいなければ、俺は何もできない。
そんな考えが頭をよぎる。
……今はそんなことを考えている場合じゃない。
「ルーバ!」
再び、呪文を唱える。
空気が押し出され、目の前の煙を吹き飛ばした。
しかし、アイリスはすでにそこにはいなかった。
「またかよ……!」
「上です!」
リリーの声。
見上げると、屋根の上にアイリスがいた。
「坊や、ずいぶんと元気になったわねぇ」
「お前を倒すまではな」
「あら。そんなに私が嫌い?」
「当たり前だろ」
「ふふっ。嬉しいわ」
何が嬉しいんだ。
こいつは、どこまで人を馬鹿にすれば気が済む。
アイリスは屋根から飛び降りると、地面に着地した。
そして、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「ねえ、坊や」
「なんだ」
「あなた、さっきからずっと私のことを見ているわね」
「それがどうした」
「でも、見ているだけじゃ駄目よ?」
彼女が微笑む。
「目の前にあるものしか見えていないんじゃないかしら」
その言葉と同時に、背後で何かが倒れる音がした。
「……っ!」
振り返る。
そこには、煙に包まれた人々がいた。
まだ倒れていなかった人たちまで、次々と地面に崩れていく。
「まさか……!」
アイリスの狙いは俺たちだけじゃない。
街全体だ。
俺が彼女を追いかけている間にも、被害は広がっている。
「アオ様! あちらにも人が!」
「分かってる!」
どうする。
アイリスを追うべきか。
それとも、人々を助けるべきか。
どちらも必要だ。
でも、今の俺たちには両方をこなす余裕なんてない。
また俺のせいで誰かが死ぬ。
そんなのは嫌だ。
誰も失いたくない。
リリーも、オリヴァも、この街の人たちも。
「アオ様!」
「今は、敵を追うより、全員の安全を!」
「……ああ」
そうだ。
迷っている時間はない。
俺は逃げるアイリスに背を向ける
アイリスの姿が、また煙に溶けていく。
「あなたがどんな顔で眠るのか、楽しみになってきただけよ」
もう少しだった。もう少しでアイリスを捕えられたのに、、、
ただ、こいつが無事でよかった。
俺はリリーを抱きしめる。
「よかった…無事で。」
リリーは少し戸惑った後いつもの口調で
「そんなことより、街の方々を。」
「はい。すいません。」
よかった。俺の望んだ現実がやっと来たんだ。やっと。
「行くぞリリー。全員救って、屋敷に戻るんだ。」
リリーはこくりと頷く。
全員の安全を確保するため、ひとまずオリヴァと合流する。
そのためには、まずオリヴァと合流しないと。
俺たちはオリヴァと別れた街の入口方向へと走り出す。
入口の方向に向かうと、オリヴァが住人を避難させている。
「オリヴァ!」
俺が声をかけるとオリヴァは少し驚いた顔をする。
「2人とも大丈夫だったの?中心部からすごい魔力を感じたけど、、、」
「少し厄介な奴がいてな。」
リリーがこくこくと頷く。
「とりあえず、無事でよかった。避難はほとんど済んでいるわ。私のお屋敷に避難してもらっているの。あとは、街の中心部にいる方々を避難させれば大丈夫よ。」
「ただ、街の中心部の人たちはみんな眠って、、、、」
俺がそう言いかけた時、オリヴァとリリーが震えている。
「、、、?どうした?オリヴァ。リリー。」
「、、、逃げましょう、、、アオ様、、、、とてつもない魔力が、、、こちらに迫ってきてます、、、、」
「え、、、?さっきのやつじゃなくてか、、、?」
オリヴァの額を冷や汗が伝っている。
「さっき中心部にいた人の比にならないほどの魔力よ、、、、早く、、、早く逃げないと、、、」
「アイリスの様子を見にきたのに、いないじゃん。」
コツコツと足音が聞こえる。
その音が絶望であること。特に俺にとっては最悪であることに、この時は気がついていなかった。




