第一章10話 どんなに手を伸ばしても
「アイリスの様子を見にきたのに、いないじゃん」
その声は、あまりにも場違いだった。
まるで、散歩の途中で友人を探しているかのような、気の抜けた声。
コツ、コツ。
足音が近づいてくる。
俺たち三人は、声のした方向を見つめていた。
煙の向こうから、一人の少女が姿を現す。
肩まで伸びた淡い色の髪。小柄な身体。年齢は俺たちとそう変わらないように見える。
どこにでもいそうな少女だった。
けれど、その姿を見た瞬間。
「……っ」
隣にいるリリーが息を呑んだ。
オリヴァも同じだった。
二人とも、目の前の少女から視線を外せないでいる。
「ねえ、聞いてる?」
少女が首をこてんと傾ける。
「アイリス、どこに行ったの?」
「……知らないな」
俺が答えると、少女は少しだけ頬を膨らませた。
「そっかぁ。困ったな」
何なんだ、こいつ。
ただ立っているだけなのに、全身が警告を発している。
逃げろ。
今すぐに。
そうしなければ、取り返しのつかないことになる。
頭では分かっている。
でも、足が動かない。
「ねえ」
少女が俺を見た。
「あなた、アイリスと遊んでた子?」
「だったらどうした」
「ふうん」
少女は俺の顔をじっと見つめる。
その視線には敵意も怒りも感じられない。
ただ、興味がある。
まるで珍しいものを見つけた子供のような目だった。
「あなたがアイリスを困らせたの?」
「困らせたかどうかは知らない。あいつを止めようとしてただけだ」
「そっか」
少女は一度だけ頷いた。
そして、笑った。
「じゃあ、あなたが悪いんだね」
「……は?」
その瞬間、空気が変わった。
「伏せて!」
リリーの声が響く。
反射的に身体を動かそうとした。
だが、間に合わなかった。
ドンッ!!
轟音とともに、俺の身体が後方へと吹き飛ばされる。
「がっ……!」
地面を転がる。
何が起きた?
なにをされた?
いつ?
どこから?
「アオ様!」
リリーの声に顔を上げる。
彼女が俺の前に立っていた。
周囲には薄い光の膜が広がっている。
防御魔法だ。
どうやら、俺が吹き飛ばされる直前にリリーが障壁を張ってくれたから、ギリギリ生き残れたようだ。
「リリー!助かった、、、! 大丈夫か!?」
「はい……ですが……」
彼女の声が震えている。
いつもなら、どんな状況でも冷静に振る舞う彼女が。
「何なんだ、あいつ……」
少女は、さっきと同じ場所に立っていた。
まるで何事もなかったかのように。
「えー。今ので終わり?」
少女はつまらなそうに口を尖らせた。
「アイリスなら、もっと楽しそうに遊んでくれるのになー。」
遊ぶ、、、?あの化け物と、、、、、?
「……お前、何者だ」
「ん?」
「名前だよ。お前の名前は?」
少女は少し考えたあと、あっさりと答えた。
「ミラ」
ミラ。
それが、目の前にいる少女の名前らしい。
「あなたは?」
「……アオだ」
「ふーん、、、君が、アオくんね。よろしく」
よろしく。
その言葉が、ひどく不気味に聞こえた。
まるで、これから何度も会うことになるとでも言いたげな口調だった。
「ミラ……あなた、何をしに来たの?」
オリヴァが一歩前に出る。
「アイリスを探しに来たって言ったじゃん」
「アイリスはもういないわ」
「うん。だから困ってるんだよ」
ミラは周囲を見回した。
倒れている住人たち。
立ち上る煙。
そして、俺たち。
「それにしても、ずいぶん派手にやったんだね。街がこんなことになっちゃってる」
まるで他人事のように言う。
「……アイリスの仲間か?」
「仲間?」
ミラはまた首をこてんと倒す。
「そういう言い方はあんまり好きじゃないかな。まあ、知り合いではあるよ」
「なら、あいつがやることを止めろよ」
「どうして?」
「どうしてって……!」
「だって、アイリスが何をしようと、私には関係ないもん」
何を言っているんだ。
こいつは。
「それに、今はあなたたちと遊んでる方が楽しそう」
ミラがこちらを向いた。
その瞬間、再び身体が強張る。
「……っ!」
逃げろ。
頭の中で警鐘が鳴る。
このままじゃ駄目だ。
アイリスとは違う。
今まで何度も繰り返してきたアイリスと、明らかに違う。
それほどの化け物。
俺の知っている戦い方は通用しない。
そもそも、戦いになるのか?
「オリヴァ!」
「ええ!」
オリヴァが手を掲げる。
その周囲に魔力が集まり、俺たちの前方に大きな光の壁が現れた。
「リリー、援護を!」
「はい!」
二人が同時に動く。
俺も遅れて呪文を唱えた。
「ルーバ!」
空気が押し出される。
風がミラへと向かっていく。
だが。
「ん?」
ミラが小さく声を漏らしただけだった。
風は彼女の身体に触れる直前、空気の塊を握って指先でコロコロする。
「これなにー?」
「……え?」
何が起きた?
今のは確かに当たるはずだった。
それなのに。
「今の、あなたがやったの?」
ミラが俺を見た。
「……そうだ」
「へえ。面白いね」
彼女は一歩、こちらへ近づいた。
その瞬間。
バキンッ!
オリヴァの障壁に亀裂が走った。
「なっ……!」
「オリヴァ!」
「…大丈夫…!大丈夫よ!」
彼女はすぐに魔力を注ぎ込む。
しかし、亀裂は広がっていく。
「そんな……!」
リリーの声が聞こえた。
オリヴァの障壁は、相当な強度を持っているはず。リリーの攻撃も耐えれた。
それが、たった一歩近づいただけで壊れかけている。
一体、どれだけの魔力を。
「ねえ、これ壊してみていい?」
ミラが尋ねた。
誰に聞いているんだ。
俺たちにか?
そんなことを聞く必要があるのか?
「……させません!」
リリーが前へ出た。
リリーに光が集まる。
彼女は障壁の隙間から飛び出し、ミラへと接近した。
「リリー!!!!!待て!!!!」
間に合わない。
ミラは、リリーの攻撃を避けようともしなかった。
ただ、手を少しだけ上げた。
それだけで。
リリーの身体が、空中で止まった。
「え……?」
「リリー!」
彼女は何かに押さえつけられているように、身動きが取れなくなっていた。
「な、何……これ……!」
ミラは不思議そうにリリーを眺める。
「へー。あなた、結構強いんだね」
「くっ……!」
「でも、ちょっと邪魔かな」
ミラが指を動かした。
リリーの身体が横へと弾き飛ばされる。
「リリー!!」
俺は駆け出した。
彼女が地面に落ちる前に、何とか受け止める。
「大丈夫か!?」
「は、はい……」
返事はある。
意識もある。
よかった。
まだ、大丈夫だ。
「アオ様……逃げてください……」
「何言ってんだよ」
「この人は……危険です……」
分かっている。
そんなこと、言われなくても分かっている。
だけど。
「逃げるわけにはいかないだろ」
そう言いながら、俺は自分の声が震えていることに気づいた。
逃げたい。
今すぐにでも逃げ出したい。
でも、逃げてどうなる?
オリヴァは?
リリーは?
この街の人たちは?
俺が逃げたら、誰が守るんだ。
「アオ様……」
リリーが俺の服を掴む。
「お願いです。私たちでは……」
「黙ってろ」
思わず、強い口調になった。
リリーが目を見開く。
しまった。
違う。
こんなことを言いたいんじゃない。
でも、今は。
今はそんなことを気にしている余裕なんてない。
「……悪い」
小さく謝る。
リリーは何も言わなかった。
「ふーん」
ミラが俺たちを見ている。
「仲良しなんだね」
「黙れ」
「でも、そんなに大事なら、もっと大切にした方がいいよ?」
「お前に何が分かる!」
「分からないよそりゃ。」
ミラはあっさりと言った。
「だって、私はあなたのことを知らないもん」
その言葉と同時に、彼女が手を振る。
再び、空気が揺れた。
「オリヴァ!」
「任せて!」
オリヴァが俺たちの前に立ち、障壁を展開する。
今度は先ほどよりも厚い。
それでも。
バキッ。
亀裂が入った。
「くっ……!」
オリヴァの表情が歪む。
「オリヴァ、もういい! 逃げるぞ!」
「でも、アオくん!」
「いいから!」
ここで戦っても勝てない。
それだけは分かった。
今は逃げる。
一度距離を取って、体勢を立て直す。
それしかない。
「リリー、立てるか?」
「はい……!」
俺はリリーの腕を掴み、立ち上がらせた。
オリヴァもこちらへ駆け寄ってくる。
「逃がすと思う?」
ミラの声が聞こえた。
その瞬間、足元の地面が揺れた。
「なっ……!」
地面に亀裂が走る。
俺たちの進行方向に、次々と大きな亀裂が広がっていった。
「くそっ!」
止まるしかない。
「ねえ、どうして逃げるの?」
ミラは不思議そうに尋ねた。
「私、まだ何もしてないよ?」
何もしていない?
これで?
障壁を壊し、リリーを吹き飛ばし、地面を揺らしておいて?
「……ふざけるな」
「ふざけてないよ」
ミラは笑った。
「本当に、まだ何もしてないもん」
その言葉が、頭の中にこびりついた。
まだ何もしていない。
つまり、これが本気じゃないということか。
そんな馬鹿な。
アイリスですら、俺たちにとっては手も足も出ない相手だった。
そのアイリスのさらにその上を行く少女。
どうすればいい?
どうやって勝てばいい?
そもそも、勝てるのか?
考えろ。
考えろ。
考えろ。
いつもみたいに、何か手がかりを探せ。
相手の能力。
弱点。
攻撃の条件。
何かあるはずだ。
でも、何も分からない。
何も。
「アオ様!」
リリーの声に我に返る。
ミラがこちらに手を伸ばしていた。
「ルーバ!」
反射的に呪文を唱える。
空気が押し出される。
今度は、さっきよりも強い。
「おっ」
彼女の身体がわずかに後ろへ傾く。
効いた。
そう思った。
けれど、次の瞬間。
「それ、もう一回やってみて」
ミラが笑った。
また、魔法が止まる。
俺の魔力が消えたわけじゃない。
「……は?」
「うん。やっぱり面白い」
ミラは俺の方へ手を伸ばす。
「ちょっと見せてね」
まずい。
何か来る。
そう思った時には、もう遅かった。
全身が重くなる。
膝が地面についた。
「ぐっ……!」
何だ。
身体が動かない。
立ち上がろうとしても、まるで全身に重りをつけられたように動けない。
「アオ様!」
リリーも同じだった。
彼女は必死に身体を起こそうとしているが、腕すらまともに動かせていない。
オリヴァも、片膝をついていた。
「そんな……私の魔力が……!」
ミラは俺たちを見下ろしている。
「うん。やっぱり、変わった力だね」
「……何をした」
「んー?」
「何をしたんだよ!」
「秘密」
ミラは楽しそうに笑った。
「ねえ、アオくん」
彼女が一歩近づく。
「あなた、さっきからずっと何かを考えているよね」
「……」
「どうしたら勝てるか、とか?」
答えられなかった。
「どうしたらみんなを助けられるか、とか?」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「でもね」
ミラはしゃがみ込み、俺の目を覗き込んだ。
「あなたじゃ、誰も助けられないよ」
「……黙れ」
「だって、何もできてないじゃん」
「黙れ!」
「アイリスにも勝てなかったんでしょ?」
息が止まった。
なぜ、それを知っている?
「それなのに、今度は私に勝とうとしてるの?」
ミラは笑った。
「無理だよ」
その一言が、やけに鮮明に聞こえた。
「……やってみなきゃ分からないだろ」
「そうかな?」
彼女は立ち上がった。
「じゃあ、やってみてよ」
その瞬間、身体にかかっていた圧力が強くなる。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
指先すら動かせない。
息が、、、でき、、、、ない、、、
「ほら」
ミラが言う。
「やってみて?」
何もできない。
呪文を唱えようとしても、声が出ない。
魔力を集めようとしても、うまくいかない。
俺の力は、こんなにも簡単に封じられるのか。
「アオ様!」
リリーが叫ぶ。
「お願いです……! アオ様に手を出さないでください!」
「え?」
ミラがリリーを見る。
「どうして?」
「私が相手になります! ですから……!」
「駄目だ!」
やっと声が出た。
「リリー、やめろ!」
彼女は俺を見る。
その目には、恐怖があった。
それでも、俺を守ろうとしている。
まただ。
また俺は、誰かに守られている。
守りたいと思っているのに。
守られている。
何もできない。
何も。
「へえ」
ミラはリリーの前に立った。
「あなた、優しいんだね」
「……アオ様を、傷つけないでください」
「うーん。どうしようかな」
ミラは少しだけ考える。
そして、にっこり笑った。
「ねえ、アオくん。」
「……何?」
「あなたが大人しくしてくれるなら、この子には何もしないよ。助けたいんでしょ?」
その言葉に、思考が止まった。
「……本当か?」
「うん」
「アオ様! 駄目です!」
リリーが叫ぶ。
「そんなことを信じてはいけません!」
分かっている。
信じるべきじゃない。
こんな相手の言葉を、簡単に信じてはいけない。
それでも。
リリーが助かるなら。
俺が何もしなければ、リリーは助かるのか?
オリヴァも?
この状況を乗り切れるのか?
「どうする?」
ミラが尋ねる。
俺は答えられなかった。
「早くしてね。私、あんまり待つの得意じゃないから」
どうすればいい。
どうすれば。
俺が抵抗したら、リリーが傷つくかもしれない。
俺が従ったところで、全員が助かる保証なんてない。
それでも、今は。
「……分かった」
口から出た言葉は、自分でも驚くほど弱々しかった。
「俺は抵抗しない。だから、リリーには手を出すな」
「アオ様!!」
「いいから!」
リリーの声を遮る。
「頼む……」
ミラは俺を見つめた。
それから、少しだけ笑った。
「うん。いいよ」
彼女が指を動かす。
その瞬間、俺の身体を縛っていた圧力が消えた。
「……っ」
身体が軽くなる。
俺はゆっくりと立ち上がった。
「アオ様!」
「大丈夫だ」
そう言って、リリーを見る。
大丈夫。
今度こそ、助ける。
そう思った。
けれど。
「じゃあー。」
ミラの手が、リリーへ向けられた。
「……は?」
「お前……!」
頭の中が真っ白になった。
「……約束が違うだろ」
「約束?」
ミラは首を傾げる。
「私、希望に満ちた顔から絶望に叩き落とすの、大好きなんだぁ」
その言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかった。
こいつは。
最初から、俺を騙すつもりだったのか。
「……ふざけるな」
「ふざけてないよ?」
ミラは笑う。
俺は、こいつの言葉を信じた。
信じてしまった。
まただ。
また、俺は何もできなかった。
「やめろ!」
俺はミラに向かって駆け出した。
身体が重い。
それでも、足を動かす。
「ルーバ!」
風を起こす。
今度は、狙いなんて定めていない。
ただ、目の前の少女を吹き飛ばしたかった。
この手で。
この力で。
今度こそ、誰かを守りたかった。
けれど。
風はミラに届かなかった。
彼女が指を鳴らす。
それだけで、俺の身体は再び地面に押しつけられた。
「ぐっ……!」
「駄目だよ、アオくん」
ミラは少し困ったような顔をした。
「抵抗しないって言ったのに」
「うるさい……!」
「約束は守ろうね?」
「お前が……言う……な……!」
彼女がリリーへと向き直る。
「やめろ……やめてくれ……!」
声が震える。
何度も何度も、同じことを繰り返してきた。
リリーが倒れるところを見た。
何もできずに、ただ見ているしかなかった。
もう嫌だ。
もう、あんな思いはしたくない。
リリーに手を伸ばす。
「リリー……!」
「アオ様……」
彼女が俺を見る。
その表情は、どこか悲しそうだった。
「大丈夫です」
また、その言葉。
大丈夫。
何が大丈夫なんだ。
何も大丈夫じゃない。
俺は何もできない。
「私が、何とかしますから」
「やめろ……」
その言葉を聞きたくなかった。
俺が守るんだ。
俺が助けるんだ。
俺が。
「もう、いいよ」
ミラの声がした。
次の瞬間。
リリーの身体が大きく揺れた。
「……っ」
彼女の目が、俺を見た。
何かを言おうとしたのが見える。
けれど、声は聞こえなかった。
そして、その身体がゆっくりと地面へ倒れていく。
「…………え?」
何が起きた?
今、何が。
「リリー……?」
返事はない。
彼女は地面に倒れたまま、動かなかった。
「リリー……!!」
俺は必死に身体を動かそうとした。
「リリー……?リリー!!!」
何度呼んでも返事がない。
いつもなら、ここで彼女は目を覚ます。
少し時間が経てば、また俺に話しかけてくれる。
いつものように、少し生意気なことを言って。
いつものように、優しく笑って。
そうだろ?
なあ。
「……嘘だろ?やめようぜ…?タチの悪い冗談だろ…?なぁ…!」
ミラが俺を見下ろしている。
「眠ってるんじゃないよ」
その言葉で、頭の中が真っ白になった。
「……は?」
「この子、もう起きないよ」
「……嘘だ」
「本当だよ?」
「嘘だ……」
「どうして?」
ミラは不思議そうに首を傾げた。
「あなたが何もできなかったからだよ」
「……黙れ」
「守るって言ったのにね」
「黙れ……」
「大切だったんでしょ?」
「黙れぇ……!」
叫ぼうとしても、声がうまく出ない。
身体も動かない。
目の前にいるのに。
手を伸ばせば届く距離にいるのに。
何もできない。
何も。
「……リリー」
ようやく、身体の拘束が解けた。
俺は這うようにして彼女のもとへ向かった。
そして、抱き起こす。
「おい……リリー……」
返事はない。
「起きろよ……」
頬に触れる。
いつもと同じ顔だった。
少しだけ眠そうで、今にも目を開けそうな。
だから、余計に信じられなかった。
「なあ……冗談だろ?」
俺は彼女を抱きしめた。
強く。
もう二度と離さないように。
「……頼むよ」
声が震える。
「いつもみたいに、俺のこと馬鹿にしてくれよ」
何も返ってこない。
「アオ様は本当に頼りないですね、って……」
何も。
「……なあ」
頬に何かが伝った。
自分が泣いているのだと気づくまで、少し時間がかかった。
「俺、なんのために……」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
「どれだけ手を伸ばしても…どれだけやっても…結局…」
彼女の身体を抱きしめる腕に力が入る。
「なんで………なんでだよ……」
どうして。
どうして俺だけが覚えているんだ。
どうして何度も同じことを繰り返さなければならないんだ。
どうして、守りたい人を守れないんだ。
「……リリー」
名前を呼ぶ。
それだけしかできない。
「ごめん……」
ごめん。
ごめん。
ごめん。
何度謝っても、彼女は返事をしてくれない。
「俺のせいだ……」
俺が弱かったから。
俺が馬鹿だったから。
俺がミラの言葉を信じたから。
俺が何もできなかったから。
全部、俺のせいだ。
「……もう嫌だ」
もう、嫌だ。
何度も何度も失敗して。
何度も何度も大切な人を失って。
そのたびに、最初からやり直して。
それでも何も変えられない。
「もう……無理だよ……」
その時だった。
「ねえ、アオくん」
ミラの声が聞こえた。
俺は顔を上げる。
「何度も同じことを繰り返してる……ううん、夢で見てるって感覚なのかな。」
「……」
「なのに、まだ諦めないんだね」
ミラは笑っていた。
「すごいね」
何がすごいんだ。
何もできなかった。
大切な人を守れなかった。
何も。
「でも、いつまで続けるの?」
答えられない。
「次も失敗したら?」
やめろ。
「その次も失敗したら?」
やめてくれ。
「その次は?」
「やめろ……」
「いつまで?」
「やめろ……!」
「ねえ、アオくん」
ミラが一歩近づく。
「あなたは、何回失敗したら諦めるの?」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!!!」
叫んだ。
もう何も聞きたくなかった。
何も考えたくなかった。
「……そっか」
ミラの声が遠ざかる。
「じゃあ、またね。どうせこれも君にとっては夢の世界なんだから。
そして。
俺の意識は、闇に沈んだ。
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目を開けた。
見慣れた景色。
見慣れた空。
そして。
「アオ様……?」
すぐ隣から聞こえる声。
俺はゆっくりと顔を向けた。
そこには、リリーがいた。
「……え?」
生きている。
目の前にいる。
いつものように、俺を不思議そうに見つめている。
「どうしました? そんな顔をして」
俺は何も答えられなかった。
手が震えている。
息がうまくできない。
さっきまで動かなかった身体が、今は何事もなかったように隣に立っている。
「リリー……?」
「はい?」
「お前……」
言葉が続かない。
生きている。
生きているんだ。
そう思った瞬間、俺は彼女を抱きしめていた。
「わっ……!?」
リリーが驚いた声を上げる。
「ア、アオ様? いったいどうされたんですか?」
答えられない。
ただ、抱きしめる。
もう一度。
もう一度だけ。
この温もりを確かめるように。
「……よかった」
声が漏れた。
「本当に……よかった……」
リリーは困惑していた。
それでも、しばらくすると俺の背中にそっと手を添えてくれた。
「……何かあったんですね」
その言葉に、胸が苦しくなる。
何かあった。
お前が死んだ。
俺の目の前で。
俺は何もできなかった。
そして、今はこうして生きている。
それを伝えたかった。
けれど、言えなかった。
「……なんでもない」
嘘だ。
なんでもないわけがない。
「少しだけ、このままでいさせてくれ」
「……はい」
リリーはそれ以上何も聞かなかった。
ただ、俺の背中に手を添えていた。
その優しさが、余計に苦しかった。
どれくらいそうしていただろう。
俺はようやくリリーを離した。
彼女は少し頬を赤くして、服の乱れを整えている。
「……急にどうしたんですか?」
「悪い」
「いえ……別に嫌だったわけではありませんけど」
いつもの口調。
いつもの表情。
いつものリリー。
それが、たまらなく愛おしかった。
そして、同時に恐ろしかった。
また失うかもしれない。
また目の前で倒れるかもしれない。
その可能性を考えただけで、身体が震える。
そういえば、、、ここはどこだ、、、?
周りを見渡すと寒気がする。
アイリスを退けてすぐ、、、か、、、
絶望は、終わらない。




