第九十五話 何度目の剣
「世界線外部。」
トーマが紙に書いた言葉を見る。
「別の世界が、本当にあった。」
「クロニクルの記録では。」
レインは答える。
「でも、どうして俺の身体に残ってる?」
別の世界なら。
今のレインが経験したことではない。
北門の戦いも。
雪原で神崎を倒したことも。
今の世界では起きていない。
それなのに。
剣を握る手は覚えていた。
「世界線同士に、何かつながりがあるのかもしれません。」
セレスが言う。
「何が残り、何が残らないのかは分かりませんが。」
◇
「重複している履歴の数を表示。」
【集計を開始】
文字が止まる。
【表示可能範囲を超過】
「二つや三つじゃない。」
「どれくらいですか?」
【概数表示へ切替】
【百年区間:多数】
【完全集計には上位権限が必要です】
具体的な数字は出ない。
「上位権限って、誰が持ってるんだ?」
トーマが尋ねる。
「分からない。」
「神崎蓮なら?」
「可能性はある。でも、クロニクルとの関係は未確定です。」
司書が答える。
名前を見つけたからといって。
神崎が全ての答えを持つとは限らない。
だが。
数えられるほど少なくもなかった。
「神崎蓮は、全部にいるのか?」
【検索を実行】
【名称参照が失われた履歴を含むため集計不能】
【照合可能履歴:複数】
名前が消えた世界もある。
その中に同じ人物がいたかは。
名称だけでは検索できない。
「対象識別で。」
レインは北方の記録を思い出す。
「名前ではなく、同じ人かどうかで探せない?」
【対象識別による照合を実行】
◇
表示を待つ間。
白い爪痕の隔離が進められた。
学院長たちは。
残留情報を失わないよう。
導石の間隔を少しずつ狭めている。
レインも北門へ戻った。
「今日は見るだけだ。」
ガレスに言われ。
剣には触れない。
セレスの水が土を固め。
トーマの風が外側を覆う。
「昨日より動かないな。」
「魔力の流れを迂回させたからかもしれません。」
白い筋は。
静かなままだった。
ただ。
レインが近づくと。
細い光が一度だけ走った。
視界の端に。
別の北門が重なる。
壊れた門。
燃える門。
誰もいない門。
全てが一瞬で消えた。
「また見えた?」
セレスが水を止める。
「三つ。」
「何が?」
「違う北門。」
◇
クロニクルの照合が終わる。
【対象識別:一致する履歴を確認】
【神崎蓮に該当する対象:複数世界線に存在】
「神崎は。」
レインは読み上げる。
「複数の世界線にいる。」
「別人ではないんですか?」
【対象識別:同一】
「同じ人です。」
生まれ直した同じ名前の誰かではない。
対象そのものが一致している。
「記憶は?」
ガレスが尋ねる。
【記憶情報:制限】
【一部履歴で継続反応を確認】
「全部覚えているとは、まだ分からない。」
「でも、一部では前を知っていた。」
雪原で。
神崎はレインの動きを知っていた。
『今回は――』
欠けた言葉。
初めてではないことだけは伝わる。
◇
「レインの方は?」
トーマが尋ねた。
「別の世界にも、俺がいるのか。」
【利用者情報を照合】
【現在名称:レイン・アークライト】
【魂情報:接続制限】
【一致する反応:複数】
今度は。
レインが黙った。
「複数ある。」
「だから剣を覚えていた?」
「可能性はある。」
答えではない。
けれど。
別の世界で握った剣が。
今の身体へ残っているのなら。
夢も。
既視感も。
起きなかった出来事ではなくなる。
「雪原で、神崎を倒した俺は。」
レインは呟く。
「何度目だったんだ。」
クロニクルは。
まだ答えなかった。
答えないのではなく。
今の権限では、数え切れないのかもしれない。
レインの掌に。
剣を握ったことのないはずの痛みが戻る。
一度の戦いでできたものではない。
そんな感覚だけが。
問いへの返事のように残った。




