第九十四話 世界の外側
【最新参照:百年目】
「開きますか?」
セレスが尋ねた。
「全員で確認できる形にできるか、先に調べます。」
レインはクロニクルへ問いかける。
【記録形式:履歴情報】
【音声出力:不可】
【映像出力:不可】
【利用者への記憶接続:可能】
「俺にしか見られない。」
「危険は?」
【負荷:不明】
安全とは表示されない。
レインはすぐに開かなかった。
「白い爪痕へ触れた時は倒れかけました。」
セレスが言う。
「ここで見るなら、先生たちがいる時にしてください。」
「そのつもりです。」
◇
治療室ではなく。
禁書庫前室の床へ座る。
背中を壁へ預け。
倒れても頭を打たないようにする。
「少しでも返事が遅れたら切る。」
ガレスが言う。
「どうやって?」
「お前が写しへ置いている手を離す。」
神崎蓮の名前を書いた紙。
その上へ。
レインは指先を置いた。
「始めます。」
【百年目の履歴へ接続】
【現在履歴の外部情報を参照します】
外部。
意味を尋ねる前に。
視界が暗くなった。
◇
雪が降っている。
黒衣の男が立っていた。
白銀の剣は。
その手にはない。
レインが握っている。
「神崎、蓮。」
呼ぼうとした。
声にならない。
この時の自分は。
まだ名前を知らなかった。
剣を構える。
身体が前へ出た。
黒い影が揺れる。
一撃。
剣と何かがぶつかり。
白い火花が散った。
神崎の手には。
刃のない、黒い光が集まっている。
レインは横へ回る。
足元から黒い線が伸びた。
跳ぶ。
空中で身体をひねり。
剣を振り下ろす。
神崎が受ける。
雪が円を描いて吹き飛んだ。
◇
強い。
それでも。
動きは知っている。
次にどこへ立つか。
どちらの手を上げるか。
考える前に分かった。
神崎も同じだった。
レインの剣が届く場所から。
最初から半歩だけ外れている。
二人とも。
初めて戦っている動きではなかった。
神崎が左へ動く。
レインの身体は右へ踏み込む。
互いに次を知っているため。
剣は届かず、黒い光も当たらない。
同じ動きを繰り返してきた者同士のように。
攻撃より先に、回避が始まっていた。
「どうして。」
雪原のレインが尋ねる。
何を尋ねたのか。
その先は聞こえない。
神崎の唇が動く。
『今回は――』
音が欠けた。
黒い光が弾ける。
レインは剣を地面へ突き立てる。
光を受け流し。
そのまま距離を詰めた。
白銀の刃が。
黒衣を貫く。
『……遅かったな。』
◇
「レイン!」
肩を掴まれた。
指が紙から離れる。
禁書庫の前室へ戻った。
息ができない。
剣を握っていない手が。
何かを突き刺した形のまま震えている。
「何が見えた。」
ガレスの声。
「雪原で。」
レインは息を吸う。
「俺が、神崎蓮を倒した。」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
「夢と同じですか?」
「同じ場面です。」
ただ。
夢より長かった。
神崎も。
レインの動きを知っていた。
「今回は、って言った。」
「今回?」
「続きは欠けてた。」
今回という言葉は。
一度しかない戦いには使わない。
◇
クロニクルの表示が戻る。
【参照履歴:現在履歴ではありません】
【記録位置:世界線外部】
「世界線。」
レインは初めて表示された言葉を読む。
【異なる選択と結果を保持する世界履歴】
同じ百年が。
一つの世界の中で巻き戻ったのではない。
別の選択。
別の結果。
別の世界として残っている。
「履歴Aは。」
セレスが言う。
「今とは別の世界だったんですか。」
【肯定】
起きなかった戦いではない。
今とは別の世界で。
確かに起きた戦いだった。
今のレインが知らない世界で。
今と同じ二人が出会い。
そしてまた、間に合わなかった。




