第八十二話 同じ声の始まり
『ここは、どこだ。』
日本語の音声を。
導石へ写す。
「何と言ったんですか?」
セレスが尋ねる。
「ここが、どこか聞いてる。」
「場所を知らなかった?」
トーマが言う。
「そう聞こえる。」
「でも、目を覚ました直後なら。」
「アルディアの人でも同じことを言うかもしれない。」
日本語を話した。
それだけで。
日本から来たとは断定できない。
誰かに教わった可能性も。
残っている。
「日本語を話せる人が、他にもいた可能性は?」
学院長が尋ねる。
「あります。」
「俺が知らないだけで。」
「日本から来た人が、複数いたかもしれない。」
日本語を使う人物が見つかったことと。
蓮という人物が日本から来たことは。
まだ同じ事実ではなかった。
◇
「三つ目の声と比べましょう。」
司書が二つの導石を並べた。
『ここは、どこだ。』
『俺の名前は――ざき、蓮。』
一方は若く。
一方は低く、疲れている。
同じ言葉を使っていても。
声の印象は違った。
「同じ人には聞こえないな。」
トーマが言う。
「百年近く離れているなら、声も変わる。」
「百年近く生きたと決まったわけではありません。」
セレスがすぐに直す。
「到来時の人物と、魔王になった人物が同じなら、です。」
「分かってる。」
「今は、声だけを比べる。」
レインがクロニクルへ尋ねる。
「話者照合。」
【音声情報を解析】
【経年差が大きいため補正を実行】
【発声特徴:一致項目あり】
【話者照合:判定保留】
高一致ではない。
別人とも表示されない。
保留。
「若い声と、年を重ねた声。」
セレスが二つの記録を見る。
「同じ人なら、その間に長い時間があります。」
「声が変わるほどの時間。」
「百年全部とは限らない。」
ガレスが言う。
「到来した年も、三件目を残した年も不明だ。」
分かっているのは。
一方が世界暦以前の記録群に含まれること。
もう一方の時期が参照できないことだけだった。
◇
「一致した項目は?」
【呼吸間隔】
【母音形成】
【発声時の魔力振動】
「魔力振動は、前の三件とも比べられる?」
【照合を実行】
【記録番号0001:一致項目あり】
【記録番号0002:一致項目あり】
【記録番号0003:一致項目あり】
【対象確定には不足】
同じ可能性はある。
だが。
完全な名前がなければ。
クロニクルも対象へ接続できない。
「逆じゃないか?」
トーマが言った。
「同じ人だと分かれば、名前を探せると思ってた。」
「名前が欠けてるから、同じ人だと確定できない。」
「鍵と扉が、互いの向こう側にあるみたいだ。」
◇
レインは。
二つの日本語を文字へ起こした。
『ここは、どこだ。』
『俺の名前は――ざき、蓮。』
言葉の使い方を見る。
最初の音声は。
考えずに出たように聞こえる。
場所が分からず。
問いかけた言葉も通じていない。
それでも。
最初に日本語を使った。
「この人にとって。」
「日本語は、後から覚えた言葉じゃないと思う。」
「理由は?」
ガレスが尋ねる。
「混乱した時に、最初に出たから。」
「推測だな。」
「はい。」
レインは推測の欄へ書く。
『日本語を普段から使っていた可能性。』
「クロニクルは、母語を判定できる?」
【音声一件のみでは判定不能】
万能な答えは出ない。
だから。
到来直後の音声を、もっと探す。
「同じ参照番号に続きは?」
【連続記録:一件】
【閲覧条件:到来記録との照合】
必要なのは。
この声の人物が。
どのように勇者と呼ばれるようになったか。
言葉を知らなかった人物が。
誰と出会い。
どのように役割を与えられたのか。
その間の記録には。
名前だけでなく。
一人の人間が勇者になるまでの時間もある。
同じ声の始まりと終わりを。
一つの記録へつなぐことだった。




